104「ユミリアの決心」クランリーテ


 スツ劇団、最終日の公演は、大盛況の内に幕を閉じた。

 その後は劇場に併設された式典ホールを借りて打ち上げを行うらしく……。

 私たちはそれにもお呼ばれしてしまった。

 さすがに遠慮しようかとも思ったのだけど、ユミリアの強い願いもあって参加させてもらうことにした。


 ユミリアがなにをしようとしているのか、わかってしまったから。


「団長さん。父様、母様。お話があります」


 ホールの一番奥にいた三人の前に立つ、白いステージ衣装のユミリア。私たちはその後ろから見守る。


 長く白い髪の男性と、同じくらい長い黒髪の女性。あれがユミリアの両親みたいだ。

 背が高く、ビシッとした格好の髭の男性が団長さん。


「ユミリア君。今日の歌、とても素晴らしかったですよ。……その顔は、例の件の答えが出たようですね」

「ありがとうございます。はい、この夏の公演の後、どうするか。私は……」


 学校を辞めて、本格的に劇団の巡業について行くのか、それとも……。

 私たちは固唾を呑んで見守る。がんばって、と心の中で応援する。


「……私はまだ、巡業にはついて行けません。申し訳ありません」


 ユミリアのその答えに、私は驚かなかった。

 あの演技を見たから。たぶんそう答えるんじゃないかって思っていた。


 でも……本当にいいんだろうか。

 彼女にとって、ライブマジックショーは将来の夢のはずなのに。


「ユミリア。理由を聞かせてもらってもいいかい?」


 ユミリアのお父さんが、優しげな声で尋ねる。


「はい。私、スツの学校でやりたいことができました」

「まあ……。どんなことをやりたいのかしら?」

「母様。私は部活を、合唱の部を立ち上げたいのです」


「えっ……合唱の部?」


 思わず声を上げてしまうと、ユミリアはちらりと振り返って、頷く。


「私の、歌と魔法による演技。あれを一人ではなく、複数人でやってみたいのです」

「ほほう……」

「そのために合唱の部を立ち上げます。芸を磨き、合唱と魔法の演技が完成したその時に。スツ劇団の入団試験を受けさせてください」


 ……それが、ユミリアの決心。

 学校で、仲間と一緒に創り上げたい。

 私たちを見て、そう思ってくれたんだね。だったら。


「団長さん。私たちからもお願いします」

「一人でもあんなにすごい演技だもんねー」

「複数人でやれば、もっといいものになるはずよね」

「ユミリアちゃんなら、今よりも素晴らしい演技にしてくれるはずです」

「ぜーったい、ユミリアちゃんは成し遂げると思いますっ! だから――」


『お願いします!』


 私たち五人、団長さんに向かって揃って頭を下げる。


「っ……みなさん……」

「……ふむ」


 団長さんが腕を組み、考え込む始めると――。


「団長、いい考えなんじゃないっすか?」

「オレは賛成だな。なんでもやってみるべきだ」

「私も学校卒業してから劇団に入ったし」

「仲間を作っておくのも大切なことよね。なにより若手が増えるのは嬉しいわ」


 いつの間にか、劇団の人みんなが私たちを囲んで、話を聞いていた。

 ほとんどがユミリアの決心に好意的だ。


 あとは、ユミリアの両親と団長さんだけ。

 お父さんが、団長さんの方を向く。


「……団長」

「わかっています。ユミリア君。このスツ劇団の入団試験がとても厳しいものだということは知っていますね? それをパスできるこの話を、無かったことにする。その意味と重さも承知の上だと言うのですね?」


「はい」


 ユミリアは、即答した。


「きっと、私のことを笑う人がいるでしょう。チャンスを不意にした愚か者だと。ですが、それでも私は……やりたいのです! ここにいる魔法学校のみなさんは、力を合わせて不可能を可能にしてみせました。やればできる。成し遂げることの素晴らしさを教えてもらいました。私たちは彼女たちに憧れてしまった。だから……もう、止まることはできません」


 ユミリア……。

 熱く、感情を乗せて語るユミリアの背中に。

 ……わたしの方こそ、憧れてしまいそうだった。



「あなたの決心、伝わりましたよ。ではそうですね……将来、入団試験を受ける際に、一つ条件を付けましょうか」

「……はい。なんでしょう」

「合唱の部を立ち上げるのなら。あなたで終わらせないようにしてください」

「私で、終わらせないように……ですか?」

「演技を完成させただけで終わらせてはいけません。後輩に指導し、演技をしっかり伝えてください」

「それは……」

「あなたの都合のためだけの部など、部ではありません。演技を伝え、部を存続させていく。そのための基盤を作る。それが部を立ち上げるということです」


 部を存続させていく……。

 私は思わずアイリンを見てしまう。彼女は目を見開き、ハッとした顔になっていた。


「……はい。わかりました。ありがとうございます」


 ユミリアはそう返事をすると、団長さんに頭を下げる。

 そして、両親の方を向く。


「僕たちは最初から反対するつもりはないよ」

「やりたいと思ったことをやりなさい、ユミリア。私たちスツ劇団の団員は、みんなそうして芸を磨いてきました」

「父様……母様。ありがとう、ございます……」


 両親にも頭を下げるユミリア。二人が近付いて、そっと肩を抱き締めた。


「うぅ、よかったです。ユミリアちゃん……」

「だねー。いやぁ、なかなかすごい決心したなーユミちゃん」

「そうね。きっと、今すぐ劇団についていくよりもずっと険しい道になるわ」

「だとしても、ユミリアなら大丈夫だよ」

「きっと学校で仲間を作って、ぜんぶ成し遂げるよ。……わたしたちみたいにね!」

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