103「ユミリアの夏」クランリーテ


 スツ劇団のライブマジックショー。最終公演が始まった。

 招待された私たちは、二階の右端、ボックス席に案内された。

 端とはいえこれはこれですごい席なのでは? こんな席に座ってしまっていいものか、恐縮してしまう。ナナシュは感動していたけど。


 結局あのあと、ユミリアはリハーサルで呼ばれてしまい、最後なにを言いかけたのかわからず終い。でも、


「いってきます。みなさん、最後の公演楽しみにしていてくださいね」


 そう言ったユミリアはどこか吹っ切れた顔をしていて、もう迷いはないように見えた。


 ステージの端から見るショーは正面から見るのとはまた違い、新鮮だった。

 同じ公演でも二度楽しめた感じがする。


 そしていよいよ、ユミリアがステージに立つ。

 衣装は前と同じで、白いワンピースにレースのベールを被っている。最近は着物や浴衣姿で見慣れていたから、まるで別人のように感じてしまった。


 ステージが僅かに暗くなり、ユミリアが歌い始め――


「ラララ――♪」


 あれ――前に見た時と違う?

 明るい歌声と共に、ユミリアが魔法を使う。

 手のひらから光属性魔法で客席に光を走らせていく。いや、これはもしかして……。


「ふおぉ……ヨリちゃんだよ、あれっ」


 小さな声をあげるアイリン。光は猫の形を照らし出していた。

 明るく楽しげな歌声と共に、猫は客席を駆け回る。

 ユミリアもステップを踏みながらステージを動き回り、まるで猫を追いかけているみたいだ。

 最後に劇場の一番後ろからステージに真っ直ぐ駆け寄り、ユミリアのもとに辿り着いたところで――再び薄暗くなる。


 そして今度は、天井からユミリアに青い光が当てられた。

 さっきとは打って変わって静かに歌い始める。

 右手をスーッと横に払うと、それに沿って水が宙に浮かぶ。

 左手で弧を描けば、同じように水も弧を描いた。

 ユミリアは舞う。水で宙に絵を描くように。くるくると、ふわふわと、舞い歌う。

 まるで――そうだ、水の中を泳ぐように。


 そう思った瞬間。無数に浮かんだ水が動き出した。

 ユミリアの動きに合わせて右に左にゆらゆらと。


「おぉ……」


 観客のあちこちから同じ声が上がる。

 これだけの水を浮かべる魔法のコントロールは簡単ではない。高度な技術と練度が必要だ。


 でも、そんなことはどうでもよくなってしまうくらいに、ユミリアの歌と踊りは素晴らしくて、圧倒的で、思考も気持ちもなにもかも、ステージに釘付けになっていく。


 前に見たステージとはまったく違う演技に驚かされ、感動して……。

 さすがに、気付いてしまった。きっとみんなもわかったはずだ。

 どうして内容を変えたのか。この演技が、なにを表現しているのか。


「ララララ――……」


 無数の水が、ぱしゃんと弾けて消える。

 天井の灯が青から赤に変わる。

 ユミリアはゆっくりと、ステージを――夕陽の中を歩く。

 そして歌いだす。楽しげなのに、どこか郷愁を誘う切ない歌を。


 私たちはこの歌を知っている。

 あの日の帰り道に、ユミリアが歌ってくれたから。


 今日の彼女の演技は、全部。

 私たちと出会ったこの夏を表現しているんだ。


「ユミリア……」


 ユミリアは最後に私たちの方を見て笑いかけてから、正面を向き、深くお辞儀をする。

 私たちは誰よりも早く立ち上がって、誰よりも大きな拍手を送った。

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