96「黒い壁の部屋」クランリーテ
「な、なんだろう、ここ……」
それは、奥に長い四角い部屋だった。
中は明るくて……天井が白く光ってる? 魔法、なのかな……。
壁と床は真っ黒で、見たことのない材質だ。指で軽く叩いてみると、キン……という甲高い音が響いた。
「『黒い壁』だー。これは本物だよ!」
「黒い……壁?」
「古代遺跡でよく見付かる、未知の材質でできた壁のことをそう呼んでるんだよ」
「そうなんだ……。じゃあやっぱり、ここは古代遺跡なんだ」
大きさは部室くらいしかないから、あまり遺跡という感じがしなかったけど……。
光る天井に、黒い壁。ここは間違いなく古代文明が作った部屋なんだ。
それに……。
「この台は、なにかしら?」
部屋の中央に円柱状の台がある。大きめのお皿が一枚置けるくらいの大きさ。これも黒い壁と同じ材質でできていて、床と一体化している。
上にはなにも乗ってないし、模様もない。なんのためのものかわからなかった。
「見てください。部屋の隅にリジェが生えています。こんなところにも生えるのですね」
「ほんとだ~。あ、ナナシュちゃん見て。ここ、壁と床にちょっとだけ隙間があるよ。そこから生えてるんだ」
「本当です。リジェの繁殖力はすごいですね……」
ナナシュたちの会話を聞いて後ろから覗き込んでみると、確かに薬草リジェが生えている。山でたくさん見たから私でもすぐにわかった。
カン、カン。
「んー、魔剣で叩いてもなにも起きないなー」
「ちょっとチル! いきなりそういうことしないでよ!」
慌てて振り返ると、例の台をチルトが魔剣で叩いていた。
これはサキじゃなくてもビックリする。
魔剣が扉の鍵になっていたから、これももしかしたら……というのは私も思った。でも、
「チルト、予告も無しに試すのはやめて。なにか起きたらどうするんだよ……」
「へへっ。いやー好奇心に勝てなくってさー」
「まったく……。――っ! ひっ」
チルトたちの後ろの入口から、ぬっ、と大きな人影が!
「んんー? なんだぁ? この部屋は」
「これは……。キミたちが見付けたのか?」
「あ……」
……ワドルクさんだった。ミルレーンさんも後ろから入ってくる。
二人ともまだ空洞にいたんだ。
思わず上げてしまった悲鳴は聞こえなかったみたいで安心する。
「どうした? クランリーテ。なにかあったのか?」
「い、いえ! すみません、説明します。えっと……」
「この部屋を見付けたのはあたしたちというより、クラリーです。ここの壁がおかしいことに気付いて」
「……え? 渦の中心を見付けたのはサキでしょ」
「鍵になってたのはチルちゃんの魔剣だよね!」
「壁に当ててみようって提案したのはアイちゃんだよー」
「うぅ、私だけなにもしていません……」
「なるほどな! ならばやはり五人で見付けたというわけだ!」
「魔剣が鍵か……。興味深いな」
ワドルクさんたちはそう言って、部屋を見て歩く。やはり気になるのは中央の黒い台。ミルレーンさんが色んな角度から見ているけど、首を傾げるだけ。やはりなんだかわからないらしい。
私もこっそり感覚を広げてマナの動きを見てみたけど……この台にはなにも感じなかった。代わりに周囲の壁はマナが複雑な動きをしていて、見ているとまた気持ち悪くなりそうだったから急いで感覚を閉じる。
「しっかし、本当に見付けちまうとはな。クラリーと言ったな。どうしてそこの壁が開くとわかった?」
「いえ、開くなんて思いませんでした。ただ、マナの流れがおかしくて……」
「待て、マナの流れだと? そういえば渦の中心がどうとか言っていたな。クランリーテ、どういうことだ?」
あ、そっか。まずそこを説明しないと……。
「……クラリーちゃん」
そっと袖を引っ張られ、振り返ると、不安な目をしたアイリン。
みんなも……少し心配そうな顔をしている。
マナの動きを人よりも感じることができる。それを言ってしまっていいのか、心配してくれているんだ。
「大丈夫だよ」
別に隠すことじゃない。古代遺跡調査の役に立てるかもしれないんだし。
私はワドルクさんとミルレーンさんに、私が見えているもののことを話した。
「ほう……そいつは、すげーな」
「マナの流れ、か。……実際にこの部屋を見付けているからな。本当なんだろう。だとしたら……」
「よく話してくれたな。感謝するぜ、クラリー」
「い、いえ……」
「お礼に、お前たちが気になっている話をしてやろう。ここを再び大捜索することになった経緯だ」
「えっ……い、いいんですか?」
「やったねクラちゃん! いやぁボク、自分で調べようと思ってたんだよね。だから助かるなー」
「騎士長! しかし――!」
「いいだろ? どうせすぐに公になる。……それにだ。この部屋を見付けるのに、お前の団員が何人必要だった? いや、そもそも見付けられたか?」
「それはっ……」
ミルレーンさんは黙って俯いてしまう。
「そういうことだ。これはここを見付けてくれた報酬ってことで、聞いてくれ」
「はい!」
チルトが元気よく返事をする。
……私も気になっていたから、ドキドキしてきた。
「先日、未開の大陸である発見があってな」
「未開の大陸! いったい、なにがあったんですか!」
「落ち着け、魔剣の嬢ちゃん。……『文字』だよ」
ワドルクさんの言葉を聞いた瞬間、チルトは飛び上がり、よろよろと私に寄りかかってきた。
「も、文字……? 文字って言った!?」
「チルト……。確か、今まで発見された古代遺跡って」
「文字が一つも無かったのよね?」
「わたしでも知ってる! 古代遺跡最大の謎は文字が残されていないことなんだよね?」
「私も聞いたことがあります。……では、初めて文字が見付かったということですか?」
「あぁ、そういうことだ。つっても、短い文章でな。岩に刻まれていたんだが、掠れて殆どが判別不能だ。辛うじて読めたのはたったの四文字」
「そ、それは……?」
「『マナ■拒絶』だ。真ん中は読めなかった」
マナ、拒絶? それって……?
「ワドルクさん! 質問です!」
「なんだ、嬢ちゃん」
「今まで文字が発見されていなかったのに、どうして読めたんですか?」
……あ。チルトの言う通りだ。どうしてわかったんだろう。
「ああ、それか。なに、簡単な話だ。書かれていた文字はオレたちが使っているものに似ていたんだ」
「えぇ!? そ、それってじゃあ」
「嬢ちゃんは魔剣を持ってるだけあって、色々詳しいようだな。この発見によって、ある説が有力なものとなった。オレたちの祖先は……滅んだ古代文明人の生き残りだった。というな」
古代遺跡から似た文字が発見されたということは、そういうことになる。
生き残りがいて、文字を引き継いだんだ。
……古代文明は完全に滅びたわけではなかった?
でもだったらどうして、文明や魔法は途切れてしまったのだろう。
「ま、もともと可能性の高い説ではあったからな。で、だ。話を戻すが、ここを大捜索をしようとした理由だが」
「ここの遺跡や空洞にも、文字が残されているかもしれないから……ですか?」
「ハッハッハ! 察しがいいなクラリー。そいうことだ。今回発見された文字は黒い壁ではなく普通の岩に刻まれていた。これだけ広い空洞だからな、さすがの探検家もそこまで調べ切れていないだろう。ということで再調査だ」
「そっかー。それもそうだよね。遺跡自体はしっかり調べても、その周りはざっとしか調べないよ」
「もっともこの隠し部屋の発見で、探すのは文字だけじゃなくなったがな。ミルレーン、わかってるな?」
「……はい。これは総動員しなければなりませんね」
「他の隊の協力も仰ぐぞ。探検家への協力要請はオレがやろう。……あそこへの依頼はお前が頼む」
「それは騎士長がするべきでは……」
「がっはっは! とにかく一旦地上に出て、詰めるとしよう」
「了解しました。キミたちもそろそろ日が暮れる時間だ。外に出た方がいい」
「わ、もうそんな時間!?」
「結構時間経っていたのね……」
「まー、ここもこれ以上は調べようがないかー」
ワドルクさんたちが部屋を出るのに続いて、私たちも順に外へ。
「……ナナシュ? 外、出るよ?」
「うん……。あのね、クラリー。ずっと気になっていたんだけど、これって」
振り返ると、ナナシュは部屋の一番奥でしゃがみ込んでいた。
どうやら隅に生えているリジェを見ているようだ。
「リジェがどうかしたの?」
「葉の形が、少しだけ違うんです」
「……形が? うーん……」
私には違いがよくわからなかった。同じに見える。
でも、普段から薬草を扱っているナナシュにはわかるみたいだ。
「もちろんリジェにも派生種があります。でも、これはそのどれとも違うような……」
「おい、キミたち。どうかしたか?」
「あ、いえ、なんでもないです。すぐ出ます」
入口からミルレーンさんの声がかかる。外に出なきゃ。
「ナナシュ、気になるなら」
「うん。そのつもりだよ」
見ると、すでにナナシュは生えていたリジェ(?)を三本ほど根っこから引き抜いていた。さすが、手際がいい。
ナナシュはそっと鞄にしまって、私たちは一緒に部屋を出た。
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