92「ナハマ山脈の景色」クランリーテ


 翌朝。山の方は雲一つ無い青空。

 城下町より全然涼しい。それどころか森の中はひんやりしている。空気が澄んでいる感じがした。


「気持ちがいい……」


 私たちは今、ナハマ山脈のハイキングコースを歩いている。空洞へは午後に行く予定だから、午前中は山に登ろうという話になった。

 もちろん山頂を目指すわけじゃない。ナハマ山脈は中心ほど険しくて、知識も経験も装備も無い私たちが挑んでいい場所ではない。麓から二時間あれば往復できる緩い山道のコースだ。


「山の中って気持ちがいいよね~。パンも美味しかったし」

「いやアイリン、今はパンのことは……。美味しかったけど」


 宿屋自家製パン。もちもちしていて素晴らしく美味しかった。

 裏に窯があり、付きっきりで魔法を使ってもちもちに焼き上げたらしい。

 火の加減が難しいみたいで、あのもちもちは経験によって作られている。

 同じ窯を使っても魔法の使い手が違えばこのもちもちはできない。

 毎日毎日焼き続けて辿り着いたもちもちだ。

 と、宿屋の主人は熱くもちもちについて語ってくれた。


 魔法のコントロールやイメージとは違う。経験から来る技術。

 私は素直に感心してしまった。


「わぁ、すごい大きなリジェです。ナハマ産のはとてもいい薬になるんですよ。上の方にはブラトーの樹がたくさんあるそうで、今から楽しみです」

「ナナシュちゃん張り切ってるね~」

「完全に薬屋モード入ってる。ナハマは薬草の宝庫だって話だから」


 この辺りは背の高い木々が生い茂っている。前にニィミ町の森に入ったけど、あそこは低木が多かった。印象が全然違う。

 薬草として有名なリジェは地面いっぱいに生えている。ナナシュの言う通り、かなり葉が大きい。注視してマナを見てみると……なるほど、この辺りはマナが濃い。良質のマナを吸い取って、大きく育っているんだ。


 風が吹くとリジェの葉が一斉に揺れて、朝露が光る。草の香に混じって、水の匂い。近くに川があるのかな?

 山道をもう少し登っていくとその答えがあった。湧き水だ。岩からチョロチョロと流れ出ている。飲んだりはできなかったけど、触れると冷たくて気持ちがよかった。


 さらに登っていくと、突然開けた場所に出た。中腹……まではいかないかな。三分の一くらい。だけど、


「おぉ……」

「ふおおおお! きれいな景色ー!」

「すごい、です……」


 そこには、麓町が一望できる開放的な景色が広がっていた。


「みてみて! あれターヤ城だよね?」

「本当です。うっすらと見えるね。ということは、隣りにあるのが……」

「私たちの学校だね」


 ターヤ中央区高等魔法学校。こうして遠くから全景を見渡したことがなかったけど、やっぱりデカイなぁ。本校舎はもちろん、四つの研究塔が目立つ。


 夏休みももうすぐ終わる。またあそこに通う日々が始まるんだ。

 ……その前に、やることが残ってるけど。


「クラリー、アイリンちゃん。後ろに休憩所があるよ。あそこで休んでいきましょう」

「あ、ほんとだ。ここで折り返すのがちょうどいいかもね」

「ソフトクリーム売ってるよ! みんなで食べよう~!」


 さっき朝ご飯食べたばかり……と、思ったけれど。

 山道を歩いて疲れていた私は、甘い物の誘惑に抗うことができなかった。

 なので……。


「はぁぁ……美味しい」

「ふおおぉ……クラリーちゃんが珍しくゆるーい顔してる……」

「はぅ……気持ちはわかりますよ。雄大な景色を見ながら、ソフトクリームを食べる。とても贅沢……」


 私、そんなに緩い顔してたかな。いまの二人のがよっぽどだと思うんだけど。

 でも……まぁ、いっか。アイリンとナナシュ相手に今さら気を張ってもしょうがない。


 ここで一休みして下山したら。午後はサキたちと合流して、ナハマ空洞だ。

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