91「あの頃の私って」クランリーテ


 麓の宿屋に入って受付を済ますと、もう日が暮れる時間になってしまい、私たちは食堂でご飯を食べてお風呂に入ってきた。


「いいお風呂でしたね」

「温泉、露天風呂……サイコーだった~」

「いい所だよね。結構ギリギリだったのに予約できてよかったよ」


 私たちが泊まるこの宿屋、ターヤ城下町で予約ができた。向こうにも親族が経営している宿屋があって、そこで受付ができるようになっている。

 チルトが教えてくれて急いで受付に行き、次の日には予約が確定した。


 便利だなぁ、と思うと同時に。

 通話魔法があればもっと円滑に進められると思った。

 ……最近はもうことある毎に「通話魔法があれば」って感じるようになってしまった。


 私たちの部屋は三人部屋。ベッドが三つ並んでいるから、あんまり広くはない。あとは小さなテーブルがあるくらい。

 それぞれのベッド(奥からナナシュ、私、アイリンの順)に座ってくつろいでいた。


「ふわぁ……あ……。わたし、もう眠くなってきちゃったよ」

「アイリンちゃん、朝からずっと元気だったから」

「はしゃぎすぎだよ。でも早めに寝て朝から動いた方が――っ」


 最後まで言うことができなかった。

 胸の辺りに感じる違和感。


 ――来る。


 喉が締まる感覚。

 私は咄嗟に、テーブルに置いておいた薬に手を伸ばし、


「クラリー! 発作ですね」


 ナナシュが素早く薬を取り、私のベッドに乗っかって口元に持ってきてくれる。

 私はそれを飲んで――


「っ……かはっ! ……あ、ありがとう、ナナシュ」

「どういたしまして、クラリー。……よかった」

「く、クラリーちゃぁん!? 大丈夫? マナ欠乏症?」

「うん。でも、ほら。すぐに薬を飲めば大したことないんだよ」


 若干胸の辺りが気持ち悪いけど、それを言っても無駄に心配させるだけだ。私は笑顔でそう応える。前に学校で発作が起きた時ほどじゃないのは本当だし。

 あの時は薬を飲むのが遅かったから、発作が治まったあとも辛かった。


「はぁ~、よかったよ~。でもナナシュちゃんさすがだね。バッ! ってベッドから飛び降りて、ババッ! っとテーブルの薬を取って、バババーッ! ってクラリーちゃんに薬を飲ませる! すごく冷静で驚いちゃったよ」

「ふふっ。治療する人間が慌てたらダメだから。……今になってドキドキしてるよ」

「ナナシュは私が発作を起こすところ、何回か見てるから」


 私は起き上がり、水差しからコップに水を注いで、ググッと飲み干す。

 ふう……冷たくて気持ちいい。これでスッキリしたかな。


「そっか~。二人はわたしたちと会う前から友だちだったんだよね。……ねっ! 出会った頃のこと教えてほしい!」

「クラリーと出会った頃……ですか?」

「アイリン眠かったんじゃないの?」

「今ので目が覚めちゃったよ~。ねね、いいでしょ?」


 アイリンがこっちのベッドに乗っかってきて、袖を掴んでせがむ。


 ナナシュと出会った頃か……。私はちょこっとだけ、思い出してみる。

 私がナナシュのお店に行くようになったのは、中学二年の頃で――



                  *



「今日も……いつもの薬、お願いします」

「はい。そろそろだと思って、用意しておきましたよ」

「…………」

「クランリーテ……さん?」

「あ……すみません、ちょっとぼーっとして。お金ですよね」

「はい、ちょうどです。ありがとうございます」

「……では」

「あっ、あの! クランリーテさん!」

「……なんですか?」

「えっと、その……マナ欠乏症、辛い……ですか?」

「…………」

「ご、ごめんなさい! ……いつもうちに来るとき、暗い顔をしているから。心配で、その……」

「…………薬買う時って、どうしても病気のこと考えちゃうから。将来のことも……。だから、こっちこそごめん」

「将来のこと、ですか?」

「知ってるよね。マナ欠乏症って、治らないんだよ。大人になっても、ずっと発作に悩まされる。……私は自分がどんな大人になるのか、想像ができないんだよ」

「クランリーテさん……」

「あ……。ごめん、変なこと言って。それじゃ」



                  *



「……そんなだったっけ? 私」

「そんなだったよ、クラリー」


 まぁ、ナナシュの薬屋に行くときはいっつも暗い気分だったのは覚えているんだけど。

 そんなにやさぐれた感じだったかな?


「そっかぁ、クラリーちゃん大変だったんだね」

「ちょうど二年くらい前ですね。懐かしい。あの時思い切って話しかけて良かった」

「確か、それがきっかけで少しずつ話すようになったんだっけ」

「ふぉぉ、いいね! ナナシュちゃん、もっともっと聞かせて!」

「うん、それからね」

「す、ストップ! ここまでにしておこう! 明日も早いよ!」


 これ以上はいけない。私が恥ずかしくてダメだ。


「え~? もっと聞きたいよ~」

「そ、そのうち。そのうちね」

「ふふ。でも、そうですね。きっと長くなっちゃうから。明日起きられなくなっちゃうよ、アイリンちゃん」

「ナナシュちゃんがそう言うなら……。しょうがないなぁ。約束だよ、クラリーちゃん! 絶対今度話してね!」

「わかったよ…………あ」


 返事をしてから、別に話さなきゃいけないわけではないと気が付く。


 しょうがないなぁ。……なんて思いつつも。

 ナナシュと出会った頃の話。恥ずかしいけど、ちゃんとみんなに聞いて欲しい気持ちもある。

 だけどそれはまた今度。私が覚悟を決めてから。

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