89「近付きたい」クランリーテ


 サキの家からの帰り道。私とアイリンは並んで歩いていた。


「わたし、サキちゃんがあんなに悲しいことを抱えてるなんて思わなかったよ」

「……そうだね。なにか悩みがあるなら聞こう、くらいに思ってた」


 サキはあんまりそういうのを言わないだろうから。

 少しくらい強引にいかなきゃって思って押しかけたんだけど……。


 ひいお祖母ちゃんと、黒猫のソラ。


 悲しくて、切ない話だった。


 あの後、泣きじゃくるサキ(と、一緒に泣いていたアイリンとナナシュ)が落ち着くのを待ってから帰ろうとすると、


「待ちなさいよ。……ご飯、まだでしょ? 軽く用意するから待ってなさい」


 そう言って、サキが料理を始めた。

 アイリンのお母さんと違って魔法をフル活用して手際よく料理をする。手伝おうと思ったけど、かえって邪魔になりそうだったから大人しく待っていた。

 出てきた料理は豚肉の生姜焼き。ご飯と味噌汁。ご飯を炊くのに少し時間がかかっていたみたいだけど、それでも本当に手早く作ってくれた。


「はい、どうぞ。さすがにこの居間に五人は狭いけど、我慢しなさい」


 確かにあまり広くはなくて、肩と肩をぶつけ合いながら食べることになったけど……これはこれでちょっと楽しかった。

 そして、美味しかった。サキって料理もできるんだ、と感心した。


 どうして急にご馳走してくれたのか聞くと、


「心配させたお詫びと……話を聞いてくれたお礼よ。遅くなのに来てくれて、ありがとね」


 ちなみに来るのが夜になったのは、チルトの口を割らせるのに時間がかかったからだ。

 もうサキの家に押しかけるしかない、とりあえずアイリンがニィミ町から馬車に乗った、となったところでようやく観念して話してくれた。

 チルトは本当に口が固かった。それだけ、サキのことを大事に思っているんだ。


 そんなわけでサキの家でご飯を食べて、今度こそ解散。

 先にナナシュを家まで送り、アイリンは……最初からニィミ町に帰るのは諦めていて、うちに泊まることになっている。

 そして、


「…………」

「……あのさ、チルト? なんでずっと黙ったままなの」


 チルトはみんなを送ると言って、私たちの後ろを歩いている。

 サキの話を聞いてから、ほとんど喋っていない。


「ん…………なんか、悔しくてさ」

「……悔しい?」

「どういうこと? チルちゃん」


 ようやく口を開いたチルトに、私たちは立ち止まって振り返る。


「だってさー。ずっと聞けなかったことなのに。クラちゃん、あっさり聞いちゃうから」

「それは……しょうがないよ」

「チルちゃんはサキちゃんの側にずっといたから聞けなかったんだよね?」

「アイリンの言う通り。チルトはサキのことを誰よりも解っているから、聞けなかった」


 聞けば、サキを傷付けることになるから。

 それを心配してチルトは踏み込めなかった。


 私たちはそこまではわからなかったから。

 ただ、心配で。悩んでいるなら話を聞きたかった。

 そういう想いだったからこそ、踏み込むことができた。


「むー……。だとしてもだよ。それでもやっぱり、ボクが聞くべきだったんだ」

「チルト……」

「ていうかサキも! 真っ先にボクに話してよ! そんなことがあったなら、その時に話してくれたらよかったのに! なんで話してくれなかったんだよ! サキのバカ!!」

「わ、わわ、チルちゃん?」

「落ち着いて、チルト……」


 道の真ん中で大声を上げるチルト。人通りは少ないけど……もうここは住宅街。近くの人はなにごとかと思っただろう。


「すぐに話してくれなかったことも悔しい! すぐに聞けなかったことも悔しい! あーもう全部悔しいよ!」


 顔をあげて、叫んで。

 チルトはゴシゴシと目元を拭う。


「チルト――」

「ね、チルちゃん。わたしたちはもういいから、サキちゃんのところに戻ってあげてよ」

「……え?」

「だって今の気持ち、サキちゃんに直接言わなきゃ」

「で、でも、そんなの……なんか恥ずかしいっていうか」

「私たちに言うのはいいの? ……それにさ、悔しいと思うなら、同じこと繰り返しちゃだめだよ」

「同じって…………あ」

「クラリーちゃんの言う通りだよ! 今の気持ち、すぐに言わなかったこと。きっと後悔するよ」

「なにより、サキもさ。チルトがその気持ちをすぐに言ってくれなかったこと、悔しいって思うんじゃないかな」

「……うん。そうかも。クラちゃん、アイちゃん。今日は本当にありがとう。ボク、サキのところに戻るよ。今日はもうずっと一緒にいる」

「チルちゃん! そうしてあげて!」

「よしっ、そうと決まれば全速力だ! いってくるね!」

「いってらっしゃい、チルト。――おわっ」


 チルトは私たちに抱きついてから、手を振って――本当に全速力で駆けていき、あっと言う間に見えなくなってしまった。



「アイリンに先に言われちゃったな」

「うん? なにを?」

「サキのところに戻ってあげてって。直接言わなきゃって。私が言おうと思ったのに」

「だって! 二人のことを考えたら普通そう思うよ!」

「ま、そうだよね。……私たちも、サキとチルトのこと。わかってきたってことかな?」

「うん! これからもーっと、みんなのことを知りたい!」


 笑顔のアイリンを見て、私は思う。


 知りたい。

 みんなの気持ちの内側を。


 知って欲しい。

 私がいつも思っていることを。


 誰かに対してこんなにも強い気持ちを抱いたのは、初めてかもしれない。




未分類魔法クラフト部

クラフト13「黒猫ソラと約束」

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