85「夏の日の記憶」サキ


「ソラ、今日もここで寝てるね」

「ここはソラのお気に入りなのよ」

「あたしもひいばあちゃんのお部屋、おきにいり!」

「ふふ……。サキちゃんは嬉しいことを言ってくれるわね」


 チリーン。


 風鈴の音と、ひいばあちゃん。そして、黒猫のソラ。

 スツに来るとあたしは毎日、ひいばあちゃんの部屋で遊んでいた。

 大好きなひいばあちゃんと、大好きなソラと一緒に。


 でもここに来てからいっつも、ソラは縁側で丸くなって寝ている。


「ソラ、去年はもっと一緒に遊んでくれたよ」

「この子もおばあちゃんだからねぇ」

「そうなの? ひいばあちゃんよりも?」

「ほほっ……。ばあちゃんよりは若いわ。ばあちゃんはひいばあちゃんだからねぇ」

「お母さんのお母さんのお母さんだもんね!」

「ねぇサキちゃん。ソラのこと、好き?」

「うん! 大好きだよ!」

「そう……。ならサキちゃん。もしもの時はソラをよろしくね」

「もしもの時って?」

「その時になればわかるわ」

「うー……わかった! ひいばあちゃん、約束する! ソラをよろしくする!」

「ありがとう。サキちゃんは本当に、良い子ね……」


 そう言って、ひいばあちゃんは優しく頭を撫でてくれた。



 もしもの時はソラをよろしく。

 この時のあたしは、それがどういう意味なのかわかっていなかった。

 でも大好きなひいばあちゃんが、その時にわかると言ったから。

 今はわからなくてもいい。ひいばあちゃんを信じて、約束をした。



 三夜の御魂送りが終わり、あたしはまだまだスツにいたかったけど、馬車に乗って城下町に帰る。


 でも、家についてすぐのことだ。

 スツから速達が届き。あたしたちは慌ててスツへ戻ることになる。


 速達の内容は、ひいばあちゃんの具合が突然悪くなった、というものだったのに。

 あたしたちがスツに着く頃には……ひいばあちゃんはどこにもいなくなっていた。


 説明されなくてもすぐにわかった。

 ひいばあちゃんは、死んじゃったんだ。


 あたしは泣いた。お母さんが慰めてくれる。お父さんが涙を流しながら抱きしめてくれる。それでもあたしは泣き止まなかった。ずっと、一晩中泣き続けていた。


 泣き疲れて眠ってしまったあたしは、朝早くに目を覚まして。

 いつも通り、ひいばあちゃんの部屋に行く。

 そこでひいばあちゃんがもういないと思い出して、泣き出しそうになって……。


「にゃあ」


 猫の鳴き声に、ハッとなる。



『サキちゃん。もしもの時はソラをよろしくね』



 ひいばあちゃんの言葉を思い出す。

 もしもの時って……こういうことだったんだ。


「ソラ!」


 黒猫のソラは、ひいばあちゃんの部屋の外、小さな庭の真ん中で座っていた。

 じっと、こっちを見ている。


「ソラ……。だいじょうぶだよ、あたしがいるから。あたしと一緒に……」


 ソラをよろしくね。

 あたしがひいばあちゃんの代わりに、ソラと一緒にいる。

 目に溜まっていた涙を拭い、ソラに手を伸ばす。

 泣いてる場合じゃない。ひいばあちゃんと約束したもん。


「……なぁぁ」


 なのに。ソラはそうやって一鳴きすると、まるで頭を下げるように地面に鼻を付けて、後ろの塀を跳び越えてしまった。


「え……待って! ソラ! ソラ!!」


 あたしの声を聞いて、お父さんが駆けつけてくれた。事情を話して一緒にソラを探す。

 家の周りにはどこにもいなくて、近所の人にも手伝ってもらったけど……。


 結局、ソラが見付かることはなかった。

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