84「風鈴の音」サキ


 暑い。家の中は日差しを遮ることはできるけど、外から熱せられているせいでもうどこにいても暑かった。部屋に氷柱を作って魔法で風を吹かせているけど……あまり効果を感じられない。それくらい今日は暑かった。


「はぁ……。みんな、心配してるわよね……きっと」


 一昨日、みんなと通話魔法で話していたのに、途中でテレフォリングを外して魔法を切ってしまった。その上、昨日は最初から付けず、テレフォリングが光っても手に取らなかった。

 どうしても、みんなと話をする気になれなくて。


「……喉、乾いた」


 あたしは自分の部屋を出て、台所でコップに水を汲んで一気に飲み干す。

 ぬるい。いつもなら魔法で少し冷やして飲むのに、忘れて飲んでしまった。

 水を入れ直そうとして……やっぱりやめて、台所を出る。


 うちの居間には、足の短いテーブルと小さな棚があるだけ。よく言えば片付いている。悪く言えば殺風景。

 あたしは座り込み、テーブルに突っ伏す。少しだけひんやりして気持ちがいい……。


 この家はあまり大きくない。あたし用の部屋や両親の寝室はあるけど、全体的にこぢんまりとしている。

 父さんと母さんがあまり物を置かないから、窮屈に感じたことはない。……あたしの部屋以外では。

 あたしの部屋は物だらけ。魔法道具の素材でいっぱいなのよね……。どれだけ整理しておいても、物量だけはどうにもならないから。


 なにもすることがないのなら魔法道具でも作っていればいいんだけど、それすらもやる気になれない。

 暑さに耐えながら、ゆっくりと時間が過ぎるのを待つだけ。


「静かね……。一人だと、本当に」


 三日前から、父さんと母さんは二人で出かけている。


 父さんの実家の……スツへ。

 毎年のことだ。父さんは必ず、この時期にスツへ帰る。


 独特な文化を持つスツ地方。

 中でもこの八の月の中旬に行われる行事は、他の地方には見ない特殊なものだ。


 死んだ親しい者の魂を呼び、慰め、送る。


 他の地方では死んだ人間の思念が地に残ると言われているけど、スツではそれを魂と呼び、より人格を尊重し礼を尽くしている。


 ユミリアの劇団のように外に出る人たちは七の月に。スツを出て他の地方に住む人は八の月に。スツに帰り、魂を慰撫する。


 それがスツ地方の『三夜さんや御魂みたま送り』。


 ……本当はあたしも行くべきなんだけど。もう何年も行っていない。


 チリーン。


 窓辺に吊るされた風鈴が音を鳴らす。

 この家にはスツ由来の物が多い。このガラス細工の鈴もそうだし、居間という呼び方も、椅子を使わずに床に座るのも、スツ地方のもの。


 風鈴の音を聞くと思い出す。

 最後にスツへ行った、小学二年生の夏。

 当時はバスが無かったから、八の月になるとすぐに馬車で旅立っていた。


 その頃はまだスツに行くのが楽しみだった。

 向こうには、ひいお祖母ちゃんがいたから。

 あたしはひいお祖母ちゃんにべったりで、一緒に遊んでもらって……。


 チリーン。


 ひいお祖母ちゃんの部屋には風鈴が吊してあった。

 遊び疲れた時は、風鈴の音を聞きながらお昼寝をしていた。


 全部、覚えてる。畳と呼ばれる床板。イグサの香り。縁側と、小さな庭。あそこの岩の影には大きなカエルが住んでいたっけ。

 それから――


 チリーン……。



 ――ひいばあちゃんのそばには、いつも黒猫がいた。

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