82「帰り道の歌」クランリーテ


「まさかニニアちゃんにそんな才能があるなんてね。驚いたよ」


 水魔法シューティングドームを出ると思ったより時間が経っていて、帰り支度を済ませて出口に向かう頃にはもう日が暮れ始めていた。


「クラリーさんありがとうございます! でも薬屋の娘としては複雑なんですよ。細かいコントロールができないので」

「あぁ、なるほど……」


 魔法で薬を精製する時、細かいコントロールが必要になるとナナシュが言っていた。

 マナを大量に取り込めると、それだけコントロールが難しくなる。

 ニニアちゃんのは一つの才能だけど、薬屋には不向きだ。

 いまの感じだとニニアちゃんもお店の手伝いをしたいみたいだし。自分の才能のこと、あまりよく思っていないのかもしれない。


「ナナシュさん。先ほどのはニニアさんとの合同魔法ですよね?」

「はいっ! さすがユミリアちゃん。わかるんですね」

「……あれ? でも合同魔法って」


 同じ魔法を二人で行う。イメージはもちろん、使うマナの量も揃えないといけないはずだ。


「クラリーさんがご存じなのは、複数人で一つの魔法を発動させ、範囲、威力を上げる合同魔法ですね?」

「う、うん。そうだけど……他にもあるの?」

「はい。一人が魔法を使い、一人がそれをコントロールする。ナナシュさんが行ったのはこの合同魔法です」

「へぇ……。そういう方法もあるんだ」

「ですが、範囲や威力を上げることはできません。それでもイメージを揃えないといけないので、あまり二人でやるメリットがないのです」

「なるほど。でもニニアちゃんたちの場合、意味がある」


 マナを大量に取り込めるニニアちゃんと、コントロールが得意なナナシュ。

 仲の良い姉妹だからイメージを揃えるのもバッチリ。

 分担する合同魔法がピッタリなんだ。


「昔から、こういうことができたらいいねってニニアと話してて。遊びながらやってみたら、すぐにできるようになったの」

「お姉ちゃんのコントロールが上手いからだよ。いいなぁ、いつかあたしもコントロールできるようになるかな? どう思いますかクラリーさん!」

「ニニアちゃん、心配しなくていいよ。毎日コントロールの練習を続けていれば、私たちくらいになる頃には、きっとね」


 魔法のコントロールも、結局はイメージ次第だ。

 いまは扱うマナの量が多すぎてイメージが難しいだけ。

 練習を続けていれば、必ず上達する。


「わぁ……! はい! がんばります!」


 満面の笑みのニニアちゃん。私はそっと頭を撫でてあげた。


「ふふっ。よかったね、ニニア」

「うんっ! えへへ…………ふわっ、ととと」

「あれ? ニニちゃん、なんか急にフラフラしてきたね。眠いの?」

「は……い。気が抜けてしまいました。少し、疲れて……」


 さっきまで元気に話していたのに。我慢してたのかな?

 歩きながらうつらうつらしている。


「じゃあボクがおぶってあげるよ!」

「チルトちゃん? でも……」

「いいからいいから。ナナちゃん気にしないで! さ、ニニちゃん!」

「すみません……チルトさん。ありがとうござい、ます」


 ニニアちゃんは素直にチルトの背中に乗る。

 チルトはあれだけ動いたのにまだまだ元気そうだ。


「ありがとう、チルトちゃん。……やっぱり、みんなで会うの楽しい」

「あー、それボクもわかるなー。テレ……みんなの顔見ながら話すの、いいよね!」

「……確かに、そうかもね」


 ユミリアが首を傾げているけど、私たちクラフト部のメンバーはナナシュとチルトの言いたいことがわかった。

 テレフォリングだと顔が見えないから、みんなの反応がわかりづらい。

 私はさほど気にしていなかったんだけど、今日全員で会ってみて、その違いの大きさに気付かされた。

 会って話すと全然感じ方が違って楽しい。


 もちろん、アイリンの通話魔法を否定するわけじゃない。それであの魔法を使わなくなるわけじゃない。やっぱり、家にいながら話せるのは便利だから。

 家でくつろぎながら……っていうか、寝っ転がって話してるの私だけじゃないよね?



「それで? クラリー。人が魔法を使うタイミングがわかるとか言ってたけど、そろそろ詳しく教えなさいよ」

「あ、そうだった。私もユミリアに教わったんだけど――」


 サキたちにも、マナの流れを注視することで魔法を使う瞬間がわかる、という話をした。


「あー、だからボクに魔法を当てられたのかー」

「マナの流れ……ね。ちょっとナナシュ、なにか魔法を使ってみて」

「わかりました。私も気になるから、サキちゃんもお願い」


 サキたちが実際に見えるのか確認し合っている。

 三人ともマナの流れは読めるはずだから、すぐにわかると思う。


「わたし、マナの流れを見るのって苦手なんだよね……」

「そういえばアイリンはそうだった。いまサキたちが魔法使ってるけど、まったく見えない?」

「うーーーん……。ぼんやりとしか。吸収してるとかはわかんないよ~。クラリーちゃんはハッキリ見えるんだよね。羨ましいなぁ」

「見えるというか……その、どうも私はマナの流れを読む『感覚』が、思っていた以上に強いみたいなんだよね」

「クラリーさん、まさか。マナの流れが見えただけじゃないんですか?」

「うん。見ていなくても、マナの動きを感じることができるみたい」

「ふおおお! すごいね? クラリーちゃん。どんな感じでわかるの?」

「なんとなく、あそこでマナが動いたなってわかる感じ。気配っていうか……音とかがするわけじゃないんだけど動いたのがわかって…………これ、伝えるの難しいな」


 目を向けなくてもマナの動きを感じる。でも、感じようとしなければわからない。スイッチを入れるというか、閉じている窓を開くって言えばいいかな。それでようやくわかるようになる。

 常に感じていたらあちこち気になって仕方がなかったと思う。……あ、だから無意識に窓を閉じていたのかも。


「でもこれ面白いよね。ほら、よーく集中して見ると、より細かいマナの流れがわかるよ」

「より細かいって、クラリーにはなにが見えてるのよ……」

「なにがって……今二人が魔法を使った時も、ナナシュは小刻みにマナを吸収してたし、サキは綺麗な渦を巻きながらだったでしょ?」

「……え?」

「一人一人、マナの吸収の仕方が違うね。個性みたいで面白い」


 と、私は見たままを伝えたんだけど……何故かみんなぽかんとして立ち止まってしまう。


「……ちょっと待ちなさいよ。誰か、そんなのわかった人いる?」

「ううん、ボクもマナの動きに関しては自信あるけど……みんな同じように見えたよ」

「私もです。サキちゃんもチルトちゃんも、すーっと周りのマナが無くなるだけだったよ」

「あ、あれ? そうなの?」

「一人一人違うというのは私も初めて聞きました。劇団の中でも、そこまで見える人はいないでしょう」

「そう、なの? これも……みんなには見えてないんだ」


 目を向けなくてもマナの動きを感じられるのは、私の感覚が強いからだって漠然と思っていた。この感覚は普通じゃないってわかっていたんだと思う。

 でもこの目で見ているマナの吸収の仕方が、みんなと違って見えているとは思わなかった。

 だけど間違いない。一人一人マナの吸収の仕方が違う。


 私はさっき思ったそれ以上に。マナを感じる能力があるらしい。そしてそれは、



(……マナ欠乏症だから……)



 いや、そうは考えたくない。

 私は一瞬思い浮かんでしまったことを打ち消すように、頭を振る。


「ま、まぁ、私の話はこれで終わり。早くしないと日が暮れちゃうよ。帰ろう」


 まだ少し動揺していたけど、そう言うとみんな歩き出してくれた。

 だけど一番後ろのアイリンが、


「マナの吸収の仕方、かぁ……。わたしにはまったく見えないけど、でも……」


 顔を上げて、私の側に駆け寄ってくる。


「ね、クラリーちゃん。その話あとでもーっと詳しく教えてね!」

「え? い、いいけど。なんで……?」

「もしかしたら、通話魔法の研究に役立つかもしれないから」

「……! わかった。そういうことなら、いくらでも話すよ」

「ありがとう、クラリーちゃん!」


 どうするつもりかわからないけど……。

 魔法の研究に役に立つなら。私はアイリンの目になるよ。

 そう決意すると、さっき感じた不安なんてどこかにいってしまった。


 アイリンは笑顔で前に駆けていって、みんなの真ん中に飛び込む。


「やっぱり今日みんなでプールに来てよかった! ナナシュちゃん、誘ってくれてありがとね!」

「どういたしまして。でも、私もみんなに会いたかったから。ユミリアちゃんともね」

「はい、私もみなさんと一緒に遊べてよかったです。とても良い息抜きになりました。明日からの巡業も頑張れそうです」

「忙しそうだね。ユミリア、頑張って」

「ありがとうございます。クラリーさん」

「あたしも応援してるわ。またあの歌、聴けるといいんだけど」

「そうだ、ユミちゃーん! いまちょっと歌ってよー」

「って、なに言ってるのよチル! そんなの無茶ぶり――」

「構いませんよ。門の手前までなら、人も少ないですから」

「やったっ! ありがとユミちゃん!」

「え、えぇ? ユミリアがそう言うなら……。あたしからも、お願いするわ」

「むにゃ……ユミリアさんの、歌……? 聴く……」

「ふふっ。ニニアはユミリアちゃんのファンだもんね」

「それは嬉しいです。……では――」


 私たちは夕陽の中を歩く。

 ユミリアの歌は、明るくて、楽しそうで……でもどこか切ない。


 それは、みんなで会うことの楽しさ。

 ここで別れなくてはいけない寂しさ。


 楽しいけど、しんみりする。だけどまた、会えるから。


 ユミリアの歌声は、私たちの想いを綺麗に写し出してくれていた。

 最後には笑顔になれる。優しい歌で。


 夏休みもそろそろ後半だけど。またみんなで、どこか行きたいな……。




未分類魔法クラフト部

クラフト12「サマープールは眩しくて」

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