80「水魔法シューティングドーム」クランリーテ


 私は魔法を使い、プールの水を手のひらに集めていく。そして泳いでいるチルトに狙いを定めて――水球を飛ばす!


 バシャン!


「おっと、危ない危ない」


 チルトは水飛沫を上げ、急激な方向転換で水球を避ける。

 あれは……水中で風属性魔法を使ったんだ。


「さすがチルト、上手く避けるなぁ」

「チルちゃん動きが速すぎるよ~。ぜんぜん当てられない!」


 水魔法シューティングドーム。

 ここはプールの中で水属性魔法を使い、水を掛け合う場所だった。

 ドームのガラスは魔法でコーティングされていて、魔法が当たっても割れないようになっているらしい。

 ……もっとも、そこまで強力な魔法は使用禁止だけど。


 ちなみにこの遊び、特に決まったルールはないらしい。

 より水をかけられた人の負け。判定は自己判断。

 せっかくだから私たちはチーム戦にしてみたんだけど……。


「チルトの運動神経はわかってたけど、後ろでサキがなにかしてるっぽい」


 後方、サキは水中に腕を入れて、たぶん魔法を使っている。チルトのサポートをする魔法だと思う。

 あの二人、このゲーム初めてじゃなさそう。完全に勝ちに来てる。……組ませたのは失敗だったかも。


「クラリーさん。サキさんは細かく魔法を使っていますよ」

「そっか。なにをしているか予想は付いたけど……ユミリア、サキを狙ってみる?」

「いえ……さっきと同じようにチルトさんを攻めてください。今度は私も狙います」

「わかった、やってみるよ」


 こっちのチームは私とユミリア、アイリン。

 向こうはチルト、サキ、そしてナナシュとニニアちゃん。

 ナナシュたちは基本ペアで一緒に動いている。私たちに比べてニニアちゃんは魔法のコントロールが不慣れ。でも参加はしたい、ということでそうなった。


「アイリンちゃん、私たちもいるからね。ウォーターショット!」

「うわぁ、やられた! もうナナシュちゃん! わたしも……えい!」

「きゃっ! はう……大丈夫? ニニア」

「うん! たのしー! お姉ちゃんもっと頑張って! アイリンさんに負けちゃだめだよ!」

「わ、わたしも負けないよーニニアちゃん! あはは!」


 ……向こうは平和そうだなぁ。こっちはなんか本気になっちゃってるのに。

 しょうがない、目の前に集中しよう。



「よし。今度こそ当てるよ、チルト!」


 私は水の中から腕を上げると、ほぼノータイムで魔法を撃ち出す。これならさすがのチルトも反応できないはず!


「甘いよクラちゃん!」

「っ……うそ!?」


 チルトの反射神経が予想を上回る。水飛沫を上げて直角にターンを――


「そこです。放て、蒼の水槍」

「えっ! しまった――ぶはっ!」


 チルトが曲がるのと、ユミリアが魔法を放つのは同時だった。いや、若干ユミリアが速かったかもしれない。

 私の魔法を避けたチルトの顔に、一直線に水が当たった。


「すごい、ユミリア!」

「おぉ~! ユミリアちゃんナイス!」


 ちゃんと一部始終を見ていたのか、アイリンが戻ってきて一緒にユミリアを褒める。

 今の、どうやって当てたんだろう……。


「私はただマナを……あっ、クラリーさん危ない!」


「油断したわね? 呑み込め、海神の蛇!」


「えっ……うわっ!!」


 私のすぐ横で水が柱のように持ち上がり、倒れこんでくる。まさに蛇のように! 頭から私を呑み込んだ。

 ぐぶぶぶ……サキの魔法だ!


「っぷはぁ! あーもう……頭からかぶっちゃったよ」

「さっすがサキ! ボクは顔面だったけど、クラちゃんは頭から全身。ボクたちが勝ってるね!」

「くっ……」


 悔しいけどその通りだった。向こうがリードしている。

 なんとか反撃しないと!


「クラリーさん、サキさんは水流でチルトさんの動きをサポートしているようです」

「しかも今みたいに攻撃に転じることもできる。繊細でよく練られた魔法だよ。……って、そうだ。アイリン、サキの魔法を複製して!」


 こっちにはアイリンがいる。同じことように水流でサポートしてくれれば……。


「えっと、クラリーちゃん……あのね、わたしのアレは見ないとできないんだよ~」

「……え?」


「ふっふっふ。やっぱりそうなのね! アイリンは! 思った通りだわ!」

「まさか! サキは最初からアイリンを警戒して……!」


 水流の動きなんて、プールに潜っても見ることはできない。サキがずっと水中で魔法を使っていたのは、アイリンに見られないようにするためだったんだ。


「やっぱりサキを狙おう! アイリンも私たちの魔法を複製して、一緒に」

「あはは! クラちゃんわかってないなー。一番の弱点はクラちゃんなのにさー」

「……えぇ? じゃ、弱点?」

「だってクラちゃんそこから動いてないよ。どこから魔法がくるかわかってれば、避けるの簡単だよねー」

「……!!」


 言われてみれば……。

 私は泳げない。プールの中を歩こうとするとどうしても遅くなる。だからずっと動かずに魔法を使っていた。


「そっか、私のせいで……」

「……騙されないでください。クラリーさん」

「ユミリア……?」


 私の側に寄り、そっと耳打ちをしてくるユミリア。


「今のタイミングで、チルトさんがクラリーさんの弱点を教える理由はなんでしょう?」

「理由……? そんなの……あれ?」


 無い。わざわざ教える理由なんてなかった。

 うっかり漏らした、というのはチルトらしいと言えばらしいけど……でも、それならこういう時サキがツッコミを入れる。なんで言っちゃうのよ! みたいなのが。だけどサキは黙ったままだ。


「そっか、私たちがサキを狙おうとしたから?」

「おそらく。クラリーさんの魔法は当たらない。サキさんを狙っても無駄。そう思わせるためではないでしょうか」

「……なるほど」


 だったらやっぱりサキを狙おう。チルトに乗せられたフリをして、サキを集中攻撃。

 問題は……私が動けず、狙いがバレやすいという弱点は変わらないということだ。


「そういえば、ユミリアはどうやってチルトに魔法を当てられたの? 水飛沫を見てからじゃ間に合わなかったよね」

「あれですか? 私には、相手が魔法を使う瞬間がわかるのです」

「魔法を使う瞬間? ど、どうやって?」

「周囲のマナの流れを見るのです。意識して見れば、魔法を使う時にその人に吸収されるのがわかります」

「マナを……見る……?」


 人が魔法を使う時、周囲のマナを取り込んで魔法にする。

 マナの流れを注視していれば、その瞬間がわかる……。


「公演では他の演者と息を合わせる必要があるので、必ず習得する技術です。あの、私の見立てでは……クラリーさんは、すでにそれができるのではないですか?」

「それは……どうだろう」


 曖昧に応えたけど、私はすでに確信していた。


 


 マナの流れを見るのはもともと得意だから。

 私は無意識にそれを見ていたと思う。

 ちゃんと意識すればきっと……ユミリアと同じことができる。



「作戦会議は終わった? それじゃいくよー! サキ!」

「暴れてきなさい、チル!」


 二人が、魔法を使おうとする瞬間。私の目には――。


「こ……これって!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る