78「水着に着替えて。泳ぎたい」クランリーテ


「ナナシュ、私がニィミ町に行ってる時に、ユミリアと会ってたんだ」

「うん。街で偶然会って、一緒に買い物をすることになったの。その時たまたま寄った水着屋さんで、今度プールに行こうって話になって」

「なるほど……。それでみんなを誘ったんだ」

「プールに行こうって提案したのはあたしですよ! クラリーさん!」

「そ、そうなんだ。えっと、ニニアちゃん」

「はい! ニニアです!」

「ごめんね、妹が……」


 話に割って入ってきたナナシュの妹のニニアちゃん。

 銀色の髪の小さなツインテールがぴょこぴょこ跳ねていて可愛らしい。


 ナナシュとの付き合いはそれなりに長く、妹がいるのも知ってはいたけど、実際に会うのは初めてだった。


「でもナナシュ、ユミリアとニニアちゃんが来ること、教えておいてくれてもよかったのに」

「はぅ。……みんなを驚かせたくてね。あと、直接話したかったから」

「……そっか。だったら成功だよ。すっごく驚いた」


 直接会って話す、というのも。ナナシュがどうしてそうしたかったのか、わかる気がした。


 他のメンバーも集合して、その度にユミリアたちがいることに驚いて……ようやく城下町サマープールの中へと入る。

 更衣室で水着に着替えて、私は予め用意しておいた薄手のパーカーを羽織った。


「クラリーちゃん! その水着、やっぱり似合ってる!」

「ありがと。アイリンもね」


 私が買った水着は、セパレートタイプ。上は短いピチッとした水着で、下はビキニ。色は鮮やかなエメラルドグリーン。

 アイリンの水着は胸元にオレンジ色のフリルのついたタンクトップに、下もミニスカートのようなフリルのビキニ。タンキニというらしい。


「おぉ~、二人ともいいねー。やっぱりボクも水着買いに行けばよかったかなー」

「チルちゃんも似合ってるよ!」


 チルトの水着も、私と同じでセパレート。色は青色、下はビキニじゃなくスパッツだ。


「アイリンちゃんもサキちゃんに選んでもらったの? 可愛いです」

「すごいです! サキさんはセンスありますね!」


 ナナシュが着ているのはフリルのついた白いワンピースの水着。

 ニニアはセパレートだけど、同じようにフリルのついた黄色い水着。

 二人ともとても可愛らしくて似合っていた。


「服とか選ぶのが好きなだけよ。でも、ありがとう」


「おぉ~……」

「え? な、なによ?」


 そう言いながら現れたサキに……みんな感嘆の声をもらす。

 シンプルに真っ赤なビキニ。腰に白いパレオを巻いている。

 合宿の時に見たから知ってはいたけど、サキは本当にスタイルが良くて……とんでもなくセクシーだった。

 思わず自分の胸を見てしまう。……勝負にならないな、これ。


「みなさん、とても可愛らしい水着ですね」


 最後にやってきたのはユミリア。彼女の水着は……。


「らしい水着よね、ユミリアは」

「似合っている、ということですか? サキさん。ありがとうございます」


 黄色いラインの入った、紺色の競泳用水着。可愛くはないけど……妙に似合っている。

 長い黒髪をまとめ上げてポニーテールにしていて、いつもと違うスタイリッシュな雰囲気があった。


 舞台衣装と、普段の着物と、このスポーティーな水着。

 ユミリアは着る服によって印象が変わるタイプだ。


「じゃー揃ったことだし! 早速泳ぎに行こー!」

「チルトさん、だめですよ。きちんと準備運動をしないと」


 ぞろぞろと移動を開始するみんなの後ろ姿を見ながら、私はあとに続く。

 泳ぐ……か。


「どうしたの? クラリーちゃん」

「うわっと……アイリン。いや、なんでもないよ」


 いつの間にか真横にいたアイリンについ驚いてしまう。

 なんでもないって言ったのに、アイリンは小首をかしげて、


「ん~、そうかなぁ。なんか顔色悪いよ?」

「っ……。ほんと、大丈夫。ほら早く行こうよ」

「もしかしてクラリーちゃん、泳げないとか?」

「…………」


 なんでこういう時は鋭いのかなぁ……。



                  *



「まさかクラリーが泳げないとはね。驚いたわ」

「泳げないっていうか、まともに泳ぎに来たことが無いだけだよ」


 私はパーカーを羽織ったまま、プールサイドに腰掛けた。

 ここは腰くらいまでしかない子供向けプールで、チルトがニニアの手を取って泳ぎを教えている。


「私、マナ欠乏症だから。プールの中で発作が起きないか、恐くて」


 マナ欠乏症の発作で死ぬようなことはまずない。いつまで続くかわからない苦しみが続くだけ。病気などで体力が無い時は危険だけど……。発作を抑える薬が無くても、時間が経てば治まるのだ。

 でも水の中で発作を起こせば、確実に溺れてしまう。


「……それは、そうね」

「っ!! ……ごめんなさいクラリー! 私……」

「えっ? あ、ナナシュ! 気にしないで。このこと、話したことなかったし」


 ナナシュと友だちになってから、泳ぎに行こうという話が出たことがなかった。だからこのことを話す機会がなかっただけで……。今回プールに誘ってくれたナナシュに非は無い。


「でも、考えたらわかることでした。クラリー……ごめんなさい」

「いいってば。みんなで出かけるの、私も楽しみだったから」


 私はパーカーを脱ぐ。ポケットに薬の入っているそれをプールサイドに置き、ざぶっとプールに入った。


「ちょっと、クラリー!?」


 サキとナナシュが追いかけてプールに入ってくる。


「もし発作が起きても、みんながいればなんとかしてくれるでしょ?」

「クラリー……。任せてください。もしもの時は私が助けます。絶対にです」

「あたしたちも気を付けるわ。ヤバイと思ったら言いなさいよ?」

「うん、ありがと」


 そう言ってくれる二人に笑いかけ――。


「うぅぅぅ……クラリーちゃぁぁん!」

「うおわっ!」


 ばしゃーん!

 それまで黙って聞いていたアイリンが腰に抱きついてきて、揃って水の中に倒れ込んだ。


「あ、あ、アイリンちゃんーーー!?」

「ちょっとなにしてるのよ!」


「ぷはっ……さ、さすがにビックリした」

「えへへ、ごめんね、クラリーちゃん」

「まったく。なんで急に抱きついてきたの?」


 まだ少しドキドキしている。あぁでも、水って冷たくて気持ちがいい……。


「クラリーちゃん、今日がプール初めてってことだよね!」

「う~ん……こういう浅いプールなら小さい頃に入ったことあるよ。覚えてないけど」

「ほぼ初めてだね! じゃあ任せて、わたしこう見えて泳ぎは得意だから! クラリーちゃんに教えてあげる!」

「……え?」

「さあ、まずは手をついて、バタ足から!」

「あ、アイリン? ……本気?」

「本気だよ! さあやるよー!」


 うわ……なんかヘンな火が着いちゃってるぞ。

 泳げるようにはなってみたいけど、今日はみんなで遊びに来たわけだから……。


「アイちゃーん。バタ足の前に、水に顔をつけるところからじゃない?」

「あ、そうだね。潜る練習からかな!」

「チルトまで来ちゃったよ……」

「せっかくだからニニちゃんと一緒に教えてあげるよ!」

「よろしくお願いします! クラリーさん、がんばりましょうね!」

「う……うん」


 ……いや、ちょっと待った。

 ニニアちゃんと一緒に? この子供用プールで? 泳ぎを教わる?


「ね、ねぇ、向こうのもう少し深いプールに行かない?」

「それだとニニアちゃんの足が付かないよ。もう少し泳げるようになってからだね~」

「クラちゃん、まずは浅いところで慣れないと!」

「うぅ……」


 これはもう、逃げられないな……。

 観念して二人に泳ぎを教わることにしよう。



「あの……ナナシュさん、サキさん。クラリーさんはマナ欠乏症だったのですね」

「ユミリアちゃん、マナ欠乏症を知ってるんだ?」

「はい。劇団で、公演の場所を抑えたりする営業の方がそうだと聞きます。発作がとても苦しいみたいですね……。治療法も無いと」

「うん、そうなんです。でも……」

「クラリーは諦めていないわ」

「治療を、ですか? サキさん」

「そうよ。……だから、なんとかしてあげたいのよね」

「なんとかするよ、絶対に。私が治療法を見付けてみせます」

「……みなさんは、いつもそうなのですね。未分類魔法、クラフト部……」



 ユミリアたちがマナ欠乏症のことでなにか話しているみたいだけど、よく聞こえなかった。

 ていうかそれどころじゃなかった。

 周りにたくさんいる子供たちの視線が突き刺さる。というか指さされてる。大人なのにって笑われてる!!


「ほらクラちゃん、ニニちゃんはもうクリアしたよー」

「クラリーさん! 水の中で目を開けましょう! グーチョキパー、あたしと同じのを出してくださいね!」

「ぐっ……絶対に、絶対に、泳げるようになる!」

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