75「ニィミ町の夜」クランリーテ


 朝からニィミ町に行って、夕方に帰るつもりでいた。

 だけどアイリンは、泊まっていくものだと思っていたらしい。

 それで昨日のテレフォリングでの会話を思い出してみると……。


 日帰りとか泊まりとか、どっちも触れてなかった。


 それなら仕方がない……いや普通日帰りだと思うよね。


「どうせ悪いのはうちの子でしょ? この子、今日クラリーちゃんが来ることも昨日の夜に突然言ってきたんだから。言い忘れてたーって」

「あ、あはは……」


 苦笑いをするアイリン。

 そっか、テレフォリングで城下町にいる私と話をして決めたって言えないから、言い忘れたことにしたわけか……。


「――あっ、私も母さんにニィミ町に行くとしか言ってないや」

「それは大変。今なら馬車の速達が間に合うわ。出してきてあげるから、住所教えなさい」

「は、はい……でも」

「遠慮しないで」


 やっぱり帰るという選択肢もあったんだけど、アイリンのお母さんに押し切られて住所を教えてしまった。これで泊まることが確定した。


「よかったね、クラリーちゃん」

「うん……? よかった、のかな」


 ちなみにもう一つ問題があって、私は泊まる用意をなにもしてこなかった。つまり着替えがない。さすがにこの真夏に着替え無しは厳しいんだけど……。

 それも、サイズがほとんど変わらないアイリンの服を借りることで解決してしまう。

 すぐに着替えて、着ていた服は午後に洗濯をしてもらった。暑いから明日帰る頃には乾くそうだ。なるほど、それなら帰りは自分の服で帰れる。



 その後はお母さんの農園を見せてもらったり、町を案内してもらったりしているうちに、あっという間に日が暮れて。

 仕事から帰ってきたアイリンのお父さんに挨拶をした。


「お邪魔しています、クランリーテ・カルテルトです」

「いらっしゃい。狭い家ですが、ごゆっくり」


 割と豪快なお母さんとは対照的に、眼鏡をかけた物腰の柔らかい人だった。


「コルン・カルテルトさんのお仕事、たまに請け負いますよ」

「……え? 父さんの、ですか?」

「初耳だよお父さん! あ、クラリーちゃん、お父さんは魔法の代行をする仕事をしてるんだよ~」

「魔法の……代行?」

「まだまだ認知度が低いですがね。さしずめ魔法の何でも屋と言ったところでしょうか。魔法を使う仕事で人手が足りないところに人を派遣するのです。今はほとんどが建築関係の仕事ですが、他の分野にも広げていきたいと考えています」

「へぇ……」


 そんな仕事があるなんて知らなかった。

 確かに、誰もが魔法が得意というわけではない。純粋に人手が足りない場合もある。そう考えると需要があるのかも。

 実際、魔法騎士団は近くの街へ警備を派遣している。アイリンのお父さんの仕事は、それをもっと身近な個人へ向けたものというわけだ。


 そのあとアイリンのお父さんから仕事中に起きた出来事を色々聞かせてもらった。

 現場についたら聞いていた話以上の作業があって、しかも丸投げされて一人じゃどうにもできなかった話や、過労で倒れた人の代わりに現場に入ってこっちも倒れそうになった話……などなど。


「昔の話ですよ。今はマシになりました。受ける仕事も多少は選り好みができるように……」

「あなた、そのへんにしなさい。子供に聞かせる話じゃないよ」

「ハッ……はい。そうでした」


 ギロリとアイリンのお母さんに睨まれて、お父さんは顔を青くして私に頭を下げる。


「あはは……いえ、ためになりました」


 本当に。色んな仕事があるんだな……。



 晩御飯を食べた後、私はアイリンと二人で夜の散歩に出た。

 昼間はあんなに暑かったのに、日が落ちると涼しくなる。城下町はこの時間でもまだ暑い。やっぱり近くの森のおかげなのかな。


「今頃みんななにしてるかな~」

「晩ご飯食べて、のんびりしてるんじゃない?」


 そして……そうだ。だいたいこの時間になるとテレフォリングで話をしていた。夏休みに入って毎日だ。


「さっき、速達を送るってなった時にさ。通話魔法とテレフォリングがあれば楽なのにって思ったよ」

「あ、それわたしも思った。一瞬で伝わるもんね!」

「うん。それで気付いたんだ。アイリンのこの魔法は、そういう些細なことも大きく変える。それってやっぱり、とんでもないことなんだって」


 夜にみんなと話すのだってそうだ。気が付くと生活の一部に加わっていた。

 些細なところから、大きく生活を変えていく。

 改めてそのすごさに気付かされた。


「えへへ、言い過ぎだよ~。でもありがと! 頑張って完成させるね!」

「期待してるよ」


 魔法が完成して、公開した時に。

 世界が、私たちが、どうなるか――ドキドキする。



「アイリン。例の……猫アレルギーの治療法。そっちはどう?」

「あ~、そっちはね~。う~ん。なかなか難しいんだよー」

「苦戦してる?」

「あのね、呼吸で取り込むマナに魔法を乗せて治療するって方針、みんなで決めたでしょ?」


 治療法を創ると決めたあの日、まず決まったのがそれだった。

 満場一致。みんな同じ事を考えていた。


「これがね、やろうとすると意外と難しかったんだ」

「声じゃない、別の魔法を乗せるのが?」

「うん~……。声の時はすぐできたのになぁ」

「そうなんだ……」


 そっか……。私はこっそり落胆していた。

 アレルギーの治療だけでなく、マナ欠乏症の治療にも使えると思っていたから。


 ……そう簡単にはいかないか。

 道は険しい。でも、可能性があるならやるしかない。


「でも、可能性はある! だからやるしかないよね!」

「……! うん、その通り。頑張ろうアイリン」


 考えてることが同じで安心する。

 アイリンは本当に頑張ってる。だから、私も……。


「アイリン。話は変わるんだけど」

「うん? なになに?」

「私に、未分類魔法を教えて。アイリンの未分類魔法を使えるようになりたい」

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