74「その頃、城下町」サキ/ナナシュ


「いやーたくさん食べたねー、サキ」

「そう、ね。ちょっと苦し……。うちの両親、張り切りすぎなのよ」

「それはボクの母さんもだよー」


 うちで作った料理をチルの家に持ち込んで、両家で食事。当然チルのお母さんも用意しているわけで、昼間っから豪勢なパーティーみたいになっていた。実際、親たちはお酒飲んでる。食事が終わると子供のあたしたちはちょっと居場所がない。あたしたちは飲み物片手にベランダに出ていた。


(……今頃クラリーはニィミ町よね)


「サキー? 食事よりニィミ町に行きたかった?」

「えっ!? あ、あたしは、別に……」


 そんなことない――と言いかけて、無意識に街の東側、ニィミ町の方へ視線を向けていたことに気が付く。


「……どうしてるかなって思っただけよ。今日の食事は楽しかったわ」

「まあねー。父さんの話面白かったなー。まさかラワの山奥まで行ってるなんて知らなかったよ。しかも勝負を挑まれたとかウケるよね」

「行き先くらいは知ってなさいよ。……ラワって好戦的な人が多いのかしら」


 勝負を挑むという話でハミールのことを思い出してしまった。あの子はまだアカサ王国? それともさすがにラワに戻ったのかしら。


「ニィミ町かー。行ってみたかったよね」

「それは、そうね。でもあたしは、ちょうどよかったと思っているわ」

「ちょうどいい? なにが?」

「クラリーよ。こないだから、なにか悩んでるみたいだったから」

「そうなの? ボク気付かなかったな」

「テレフォリングで話しただけだから、あたしも確信は無いわよ」

「ふーん。でもちょうどいいって? わかんないよ」

「だから。クラリーがアイリンに相談ができてちょうどいいって意味よ」

「あぁー……。でもさー、クラちゃんが悩んでるってわかってたんなら、サキが相談に乗ればよかったんじゃ?」

「あ、あたし? ……あたしじゃ相談相手にならないでしょ。アイリンでいいのよ、そういうのは」

「そうかなぁ。サキって面倒見いいとこあるし、問題ないと思うけどなぁ」

「は!? や、やめてよ。……とにかく、今回はこれでいいの!」


 魔法道具のことならともかく、あたしじゃクラリーの相談相手になんかなれない。

 あの子のことだから、きっと魔法関連だろうし。あたしの出る幕じゃないのよ。

 もっと……せめて、クラリーと肩を並べられるくらいになってからじゃないと――。


「……サキは自己評価が低すぎなんだよ」


「え? ごめんチル、なにか言った?」


 チルがなにか呟いたけど、聞き逃してしまった。


「なんでもないよー。飲み物取ってこよ? ここは暑いしさー」

「……しょうがないわね」


 あたしはもう一度東の空に目を向けて。チルと一緒に、部屋の中に戻った。



                  *



「今日は本当に暑い……」


 城下町、中央から北に伸びる大通り。私は木陰のベンチで一休みしていた。

 空を見上げるとギラッと眩しい太陽。雲が少なくて隠れることのない日射しが容赦なく降り注ぐ。夏、真っ盛り……。


「ニィミ町の方はここより涼しいんだよね」


 近くの森のおかげで涼しい風が吹くとアイリンちゃんが言っていた。

 私も昔、薬草採りの練習でお母さんと出かけたことがある。あの時はまだ春だったけど、森の中はひんやりしていたのを覚えている。


「私も行きたかったけど……」


 今日はクラリーがひとりでアイリンちゃんのお家に遊びに行っている。

 私は先約があって……泣く泣く断ることになった。

 いいなぁ。また機会があるといいんだけどなぁ。


 アイリンちゃんとはもっとゆっくりお話がしたい。

 例のアレルギーの治療法のこともあるから。

 あの森は薬草がいっぱいあるし、探しながらそのことについて話したかった。


 私はそっと、耳に付けたテレフォリングに触れる。

 もちろん魔法を発動させたりはしない。なんとなく触ってみただけ。


 これのおかげで学校がなくてもみんなとお話はできる。でも……やっぱり、顔が見えないと少し不安になる。反応がわからないと、例え仲のいい友だち相手でも不安になるものなんだって最近わかった。

 久しぶりにみんなとちゃんと会いたいな。……こないだ会ったばかりなのに、そう思ってしまう。


「あ……あの、すみません」

「はっ――はい?」

「やっぱり。未分類魔法クラフト部のナナシュさん」

「えっ!? あ、ユミリアちゃん?」


 ぼーっとしていたら突然声を掛けられて、振り返ると――スツ劇団のユミリアちゃんがそばに立っていた。


「はうっ……かわいい」

「えっ? ナナシュさん?」

「あ、ごめんなさい。その、着物が可愛いなって」

「これですか? ありがとうございます。正しくは浴衣と言うんです。スツ地方で夏に着る服です」

「なるほど、それは知りませんでした」


 白い着物――浴衣。青い水玉模様が可愛らしい。ユミリアちゃんは美人顔だけど、こういうのも似合うんだ。羨ましいなぁ。


 ユミリアちゃんに隣りに座ってもらって、少しお話をする。


「今日は公演お休みですか?」

「はい。朝の練習も終わったので、城下町を見て回っていました。明日少し遠いところでの巡業があるので、今日はのんびりしています」

「そうなんだ。こないだの公演……素晴らしかったです。綺麗な歌声に引き込まれました」

「はいっ。ふふ、ありがとうございます」


 ユミリアちゃんは嬉しそうに笑う。


「ナナシュさん、こちらこそ先日はどうもありがとうございました」

「先日の……ヨリちゃんの? もうたくさんお礼を言ってもらいましたよ。だから気にしないで」

「どうしても言わずにいられないのです。……でもそうですね、逆に気を遣わせてしまってもいけません」

「うん。そうだよ、ユミリアちゃん」


 ……それに、私はあの時ほとんどなにもできなかった。

 たまたま顔見知りのお客さんがいたから、話をして時間を稼いでいただけ。

 解決したのはクラリーとアイリンちゃんだ。


 そういえばクラリー。なにかあの時のことで思うことがあるみたいだった。

 今日会えていればその話もできたかな……。それとも、今頃アイリンちゃんと話しているのかも。


 もうすっかりアイリンちゃんに相談役を取られちゃった。

 ちょっぴり寂しい気もするけど……不思議と、嬉しくもある。なんでだろう?


「ナナシュさん? どうされました?」

「あ、ごめんなさい、ぼーっとして」

「浴衣、気になりますか?」

「えっ!? う……うん。可愛いです」

「確かこの辺りにも、着物を販売しているお店がありました。浴衣もあるはずですよ。お時間あれば、見に行きますか?」

「はうっ、嬉しいけど……実は連れがいて――」


 そうだ、そろそろ戻ってくるはず。と、思った瞬間。


「おねーちゃーん。おまたせー。次のお店にいこっ。……あれ?」

「おかえり、ニニア。あ、この子はね、えっと」


 買い物袋片手に戻ってきた妹のニニアが、隣りにいたユミリアちゃんをじっと見つめている。

 私がまずどっちに紹介しようか迷っていると、


「あー! スツ劇団の――むぐっ」

「ニニア、あまり大きな声出さないで」


 私は慌ててニニアの口を塞ぐ。こんな人通りの多い場所でバラしたら大変なことになりそう。


「初めまして、ユミリア・ユキヅキです。ナナシュさん、妹さんですか?」

「はい、実は今日は買い物に付き合う約束をしていて」


 ニニアは五つ歳の離れた妹。私の金色とは対照的な銀色の髪で、短いツインテールにしている。


「おねえぢゃん、ぞろぞろ放じで……ぷはっ! あ、あのっ。もしよければご一緒にどうですかっ!」

「こ、こら、ニニア。だめですよ、そんな……」

「ふふ。わたしは構わないですよ。ナナシュさんさえ良ければ、ご一緒させてください」

「やったっ! いいよね、お姉ちゃん! あたしシンガーさんとお話ししたい!」

「はぅ……しょうがないですね。ユミリアちゃん、よろしくお願いします」

「はい、こちらこそ」


 そんなわけで。今日は三人で買い物をすることになった。

 ニィミ町には行けなかったけど……ユミリアちゃんといっぱいお話できた。ニニアも嬉しそう。


 よかった。みんなに話すことがひとつできた。

 できれば今度……集まった時に。直接話そう。

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