73「アスフィール家の料理」クランリーテ


「どうどう? ニィミ町! いいところでしょ~」

「うん。森がすぐ側にあって、城下町より涼しい気がする」


 森のひんやりした空気が風に乗って街の中に入り込んでいる。そのおかげで涼しいみたいだ。もっともそれも午前中だけの話で、日が昇ってくればやはり暑いらしい。


「あと、静かでいいね。のどかな町って感じする」

「これでもだいぶ人が増えたんだけどね~。仕事とかで城下町に行く人が多いから、昼間は静かなのかも」

「なるほど。ここにも学校はあるんだよね?」

「うん。小学校と中学校が一緒になった学校と、高校が一つあるよ」

「へぇ……」


 ちなみに城下町には、小学校と中学校が三つずつ。高校は私たちが通う魔法学校と、もう一つ商業科のある学校がある。


「アイリンみたいに城下町に通ってる子、他にもいるの?」

「いるよ~。片道一時間近くかかるから少ないけどね」


 南門まで40分、そこから学校まで歩くと……20分はかかっちゃうか。


「あ、ついたよ! ここがわたしの家!」

「おぉ……」


 アイリンの家は町の隅にあって……敷地が広い!

 家は普通の大きさなのに、隣りに畑、厩舎がある。厩舎の中は手前に馬が二頭いるのが見えた。奥からは牛の鳴き声もする。


「ビックリした? 全部お母さんが管理してるんだよ」

「……そういえば、アイリンのお母さんってあまり魔法を使わないで生活してるんだっけ」

「うん! なるべく自給自足もできるようにって、牛たちの世話から畑まで、全部手作業なんだ」

「すごいね。大農園とまではいかないけど、かなり広いのに。魔法を使わずになんて」

「あ、わたしも収穫とか手伝ってるよ? 確かに広いけど、もう慣れちゃったな~。だんだん楽しくなってくるし」


 楽しく、か。私は体力そんなにないからなぁ。やるとなったら慣れるまでが大変そうだ。


「クラリーちゃん! さあ入って入って!」

「う、うん。お邪魔します」


 といっても、まだ敷地に入っただけ。畑の脇を通って家まで歩いて行くと、


「いらっしゃい。あなたが噂のクラリーちゃんね」

「噂の……。あ、クランリーテ・カルテルトです。こんにちは」


 家に近付くと中から扉が開き、アイリンのお母さんが出てきた。

 浅く日焼けした肌、髪はアイリンと同じブラウンカラーでさっぱりとしたショートヘアー。自家農園を一人で管理しているだけあって、健康的というか若々しいお母さんだ。


「暑いでしょ? 中入って。外よりはマシだから」

「いこっ、クラリーちゃん!」

「うん」


 私たちは揃って家の中に入る。木製の二階建ての家。入るとすぐに階段と、左手に広めのリビング。奥にキッチンが見えた。


「そうだ。……あの、これ。どうぞ」

「あら、なにか持ってきてくれたの?」


 持ってきていた紙袋をアイリンのお母さんに渡す。

 リビングのテーブルで袋から箱を取り出して開けると、


「ケーキだぁ!! クラリーちゃんありがとー!」


 中身のチーズケーキを見て、アイリンが飛びついてきた。


「ぐっ……。お、お邪魔するから、なにか持っていかないとって」


 ……正確には、持って行きなさいと母さんに言われたんだけど。お金も母さんが出してくれて、買うお店まで決めてくれた。


「うぅ、でもこないだの合宿、わたしなにも持っていかなかった……」

「あ、あれは急に決まったことだったし。みんなも持ってきてなかったでしょ」

「サキちゃんとナナシュちゃん、お菓子持ってきてたよ。そもそも今日だって急だったよ」

「……細かいことは気にしちゃだめだ、アイリン」


 もう過ぎたことだよ。と、思っているとアイリンのお母さんが、


「そうだ、クラリーちゃんのお母さんにお礼言おうと思ってたんだよ。帰りにうちで採れた野菜渡すから、持っていってくれる?」

「あ……はい。ありがとうございます」


 自家農園で採れた野菜か……母さん、喜びそうだな。


「それじゃ、ご飯できるまでここで待っててね」


 そう言うとアイリンのお母さんはキッチンに入っていく。

 リビングから料理する姿がよく見えた。

 備え付けのかまどに薪を足して火を強くして、鍋をかき混ぜる。次に水道で野菜を水洗いし、包丁でテンポ良く刻んでいく。


「おぉー……」


 じっと眺めていると、その視線にアイリンのお母さんが気が付いて振り返る。


「うん? 魔法を使わない料理が珍しい?」

「えっと……はい」


 私は素直に頷いた。うちの母さんだったら、かまどは火属性魔法で火力調整するし、野菜を洗うのも、飲料水用の水道はあるけど水属性魔法で洗ってしまうはず。その方が余計な手間がかからないからだ。

 アイリンのお母さんは、その手間を全部手作業で行っていた。


「魔法でやった方が楽なのはわかってるよ。でも習慣っていうのかね。こうしないと落ち着かなくって」

「習慣、ですか?」

「あのね、お母さんはターヤでもラワに近いところに住んでたんだよ~」

「フムル地方って知ってる? あの辺りはもうほとんどラワみたいなもんでね。魔法を使わずに生活するって風習が残ってるんだよ」


 そういえば、武術の国ラワのいくつかの地方では、そういう風習が根強く残っていると聞いたことがある。

 もちろん王都周辺は魔法が広まっている。あくまで、一部の地域の話。


「こっちに来てもそのクセが抜けなくってね。……というより、自分でやりたくなっちゃうのさ」

「そうなんですか」

「魔法はなんでもできるけど、色んな方法を知るのもいいことだよ」

「……はい。私も、そう思います」

「クラリーちゃん……?」


 私の知識は魔法に偏りすぎている。

 ここ最近になって痛感した。私はもっと、色んなことを知らなければならない。



「はいっ! おまたせ。今朝通った商人馬車から、でっかいイカを買えてね。イカとガーリックトマトパスタだよ」

「わぁ! さっすがお母さん!」

「美味しそう……」


 ドンドンドン! と大きめなお皿によそられたパスタとサラダがテーブルに置かれる。

 まだお昼には少し早いけど、この匂い……お腹空いてきた。


「それじゃ、いただきまーす!」

「いただきます」

「めしあがれ。ところでクラリーちゃん」


 フォークを持って、目の前のパスタに取りかかろうとしたところで、お母さんに声をかけられて手を止める。


「なんでしょう?」

「今日は泊まって行くんだよね? 随分と荷物少ないけど」

「…………え?」

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