71「夏休みの課題」クランリーテ
「キミたちか? 今の声は」
「は……はいっ」
魔法騎士に問われ、アイリンが素直に返事をする。言い逃れするような状況でもないからいいんだけど……。
馬車の前に立ちはだかった魔法騎士。銀の鎧に真っ白なマント。青色の長い髪をひとつに束ねた、凜とした女性。
……綺麗な人だ。あと、カッコイイ。
「なにか大きな魔法を使ったようだが……土属性魔法だけではないな」
「あ、あの。馬車の上にヨリが……わたしの猫が乗っかっているんです」
「……ふむ。あれはキミの猫なのか」
振り返る魔法騎士さん。幌の上のヨリは怯えているように見える。……たぶんさっきの大声のせいで。
「とはいえ、しかし」
「ボク助けてくるよ! みんな待ってて!」
「あ、チルちゃん! わたしも!」
「待ちなさい! ……仕方がないな」
チルトが魔法騎士さんの脇を抜ける。私たちもそれを追いかけた。
馬車の下には他の魔法騎士の人が二人いて、どうやって猫を助けるか話していた。
「チル! どうするつもりよ!」
「まぁ見てて!」
「む、君たち、なにを……」
チルトは馬車の後ろからジャンプ、幌を掴むと同時に腰の魔剣を抜き、ふわっと浮いて馬車の上へ。
ヨリはかなり怯えていて、フーッ! と威嚇をしていたけど、チルトがそっと近寄ると大人しく抱きかかえられた。
やっぱりさっきの大声が怖かったんだな……。
「驚いたな……あの子は魔剣使いか」
振り返ると、魔法騎士さんが浮かんでいるチルトを眺めていた。
ひとまずヨリは救出できた。私とアイリンは目を合わせ、一緒に魔法騎士さんに頭を下げる。
「ごめんなさいっ。あの、さっきの魔法は、その……」
「馬車の上の猫を助ける。呼び止めるための大声だということはわかった。しかし……この馬車は私たち魔法騎士団のもの。行き先が城だとわかっていただろう? 無理に止めなくても城の中に入ることくらい許可したし、猫の救助も手伝ったぞ」
「…………あ」
よく考えたらそうだ。
城に入ってしまったら探すのが難しくなるって、何故か思い込んでいた。
ユミリアも含めてみんな呆気にとられているところを見ると、全員同じように思い込んでいたみたいだ。
私は代表して、もう一度頭を下げる。
「すみません。そうですよね、パニックになっていたみたいです」
「ふむ。仕方がないな。……ところで、声を大きくする魔法を使ったようだが、未分類魔法か?」
「……あっ、はい! そうです!」
我に返ったアイリンが返事をすると、魔法騎士さんがじっとアイリンを見つめる。
「隊長、そろそろ」
「あぁ、わかっている」
別の魔法騎士の人に声をかけられ視線を外し、今度は私たち全員に目を向ける。
「……私は魔法騎士団、第四隊隊長のミルレーン・メインフィル」
「第四隊……」
魔法騎士団の仕事は多岐にわたる。王族の護衛、城の警備から、街の警護。他の街への派遣。その中でも第四隊は少し特殊で、調査任務が主だと聞いたことがある。
「念のためキミたちの名前を聞きたい。全員、ターヤ中央区高等魔法学校の生徒か?」
「はい! あ、この子はスツ劇団の子です! わたしはアイリン・アスフィールで、えっと――」
それぞれ魔法騎士ミルレーンさんに名前を伝える。
最後に猫を抱えて降りてきたチルトが名乗ると、
「ありがとう。……特に問題は起きていないようだ。名前を聞かれたからと言って気にすることはない。スツ劇団のユミリア。猫が無事でよかったな」
「はい……ご迷惑をおかけしました」
「では、我々は戻る。また会おう」
ミルレーンさんはそう言って――もう一度チルトとアイリンに目を向けてから立ち去る。……なんだろう?
「みなさん、本当に……ありがとうございました」
「気にしないで! えへへ、大騒ぎになっちゃったけど、ヨリちゃんを助けられてよかったよ~」
「ユミちゃん! この子まだ少し怯えてるみたいだから、抱っこしてあげて」
「はい。あぁ、ヨリ……」
ユミリアがチルトからヨリを受け取ると、ピトっと抱きついた。やっぱり飼い主が一番安心するんだろう。
「それにしても先程の魔法……未分類魔法なのですね。みなさんはいったい……」
「わたしたち? 未分類魔法クラフト部だよ!」
「クラフト部……ですか。部活動なのですね。なる、ほ……ど……くしゅん!」
たぶんどういう部なのかわかってないだろうけど、ユミリアは納得しようとして――くしゃみをした。
「大丈夫ですか? 風邪ならお薬を……」
「い、いえ、違うんです。……実はその、アレルギーでして」
「アレルギーですか。……え? もしかして」
いったいなんのアレルギーだろう。
ナナシュだけはわかったのか、驚いた顔をしている。
「わたしは……猫アレルギー……くしゅん! なのです」
「ね、猫アレルギー?」
そういえばそういうアレルギーがあるんだっけ。
猫の少ないこの辺りではあまり聞かないから、すぐにはわからなかった。
「えー、ユミちゃん猫飼ってるのにアレルギーなの?」
「……そうなんです。特にこう、抱きかかえていると……くしゅん! くしゃみが、止まらないのです」
「こんなこと言うのもなんだけど……どうしてそれで猫を飼おうと思ったのよ」
「それでも猫が好きだからです。くしゅん! 猫は、わたしの、癒しですから」
「気持ちはわからないでもないけど。ユミリア、それだと歌にも支障が出ない?」
「……はい。実はそうなのです。公演中はあまり近付けないんですよ」
難儀な話だなぁ……。
「ね、ナナシュちゃん! 猫アレルギーに効く薬ってないの?」
「それが……症状を軽くする薬はあるけど、完全に治す薬はありません」
「えぇ!? そうなんだ~……」
「これはアレルギーすべてに言えることです。今の医療魔法、薬学ではアレルギーを治せないんです」
ナナシュは俯き気味に、残念そうに教えてくれる。
それは私も知らなかった……。
「本当はもっとヨリとふれあいたいのです、が、くしゅん! あぁ目もかゆくなってきました」
苦しそうだな……。猫が好きなのに、長くは触れられないなんて。
まるで……。
「……ねぇ、アイリン。作れないかな」
「うん? なにを?」
「未分類魔法で、猫アレルギーの治療法」
医療、薬学では治せなくても。未分類魔法ならどうだろう。
いまなら、呼吸に魔法を乗せることもできる。あれを応用すればできるかもしれない。
「ふ……ふおおおお! そうだよクラリーちゃん! 未分類魔法で作ろう! そうと決まればナナシュちゃん! あとで薬のこととかいっぱい質問すると思うからよろしくね!」
「……! わ、わかりました。私も色々調べておくね」
「お? アイちゃんだけじゃなくてナナちゃんにも火が付いたみたいだねー」
「ナナシュ寄りの案件だものね。クラリーが言い出す方が意外だったわ」
「まぁ……ちょっとね」
自分の意志とは関係なく、突然やってくる身体の不調。
マナ欠乏症の自分と、重なるところがあったんだと思う。
なんとかしてあげたかった。
それに……きっと、こっちの研究も進むと思うから。
「ね、ユミリアちゃん! 城下町にはどれくらいいるの?」
「え……あ、はい。夏の間はターヤ各地で公演を行いますが、基本的にこの街に滞在することになっています」
「よしっ。じゃあ未分類魔法クラフト部、夏休みの課題だね!」
「あ、あの……みなさん? アレルギーの治療法……本気で作るつもりなのですか?」
「もちろん本気だよ!」
呆気にとられるユミリア。でも、だんだん優しい笑みに変わっていく。
「……ふふ。わかりました。期待して、お待ちしていますね。……くしゅん! あ、みなさんもヨリのことを撫でてあげてください」
「あ、撫でる撫でるー!」
「ふふーん。ボクはもうさっき撫でたもんねー」
「なんで得意げなのよ。……かわいいわね、この子」
「すごく毛づやがいいですね。さらさらです。可愛い……」
「……うん。これはずっと撫でていたくなる」
「よかった。見てください、ほら、気持ちよさそうな顔をしていますよ」
猫の魅力を語るユミリアは、とても嬉しそうだった。
未分類魔法クラフト部
クラフト10「スツ劇団のシンガー」
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