70「声を遠くに届けるには」クランリーテ
「アイリンの今の魔法、声が周囲に広がっちゃってるんだよ」
時間がない。こうしている間にも馬車は離れていく。
私はしゃがみ込んで魔法の準備をしながら説明をする。
「広がっちゃう……確かにそうかも。でもどうすればいいの?」
「私が、声を遠くに飛ばすサポートをするよ」
石畳の道に手を付いて、魔法をイメージする。
土属性魔法。土台となる石畳を変形する。ただし体積が変わるタイプは魔法を解くと消えてしまう。維持できる大きさにしないといけない。
大丈夫。私ならできる。建築士の父さんはもっと難しい形をイメージしていた。
その姿をずっと見てきた。だから……。
ズゴゴゴゴ……。
手を付いた地面が腰の辺りまで盛り上がる。大股で五歩分くらい先まで。
まずは土台ができた。
「クラリー! こんなところでそんな大きな魔法を使うのですか?」
「なにしたいかわかったけど、大胆なこと考えるわね? まったく……これは騒ぎになるわよ」
ナナシュたちの心配はもっともだけど、気にしている場合じゃない。これ以上馬車との距離を離すわけにはいかないから。
……ズシンッ!
私は土台に乗るように、細長い大きな岩を出現させる。
そしてさらにイメージ、中心をくり抜いていく。
「おいおい、なにやってんだ!? こんなところで!」
「さっきの声も君たちだろう? だめじゃないか!」
「あー、これには事情がありましてー…………サキー、なんとかしてよー」
周りにいた人たちが集まってくる。囲まれそうだ。このままだとマズイかも。
「すみません! すぐに終わりますから! 街を壊すようなことはしません!」
「いや、だからって……」
「あ、あの、本当に申し訳ありません。ご迷惑をおかけします」
「おや、ネリン薬店の子じゃないか。でもねぇ」
「どうしても、あの馬車を止めないといけなくて――」
サキたちが街の人たちに頭を下げて、私たちを守ってくれている。
ありがとう……おかげで魔法に集中できたよ。
「アイリン! これにさっきの魔法をくっつけて!」
「ふ、ふおおおおお!?」
完成したのは、石でできた巨大な筒。先の方を少し膨らませて大きくしてある。
この中を通せば、声は広がらずに真っ直ぐ飛ぶ。
「さっすがクラリーちゃん! 石の拡声器だ! ……そうだ、ユミリアちゃん!」
「はっ、はい!」
呆気に取られていたユミリアが、突然名前を呼ばれてビクッとする。
「声、お願いしていい? この輪っかに向かって叫んでくれればいいから!」
アイリンは言いながら、石の筒にピッタリ、黒い板の輪っかを付ける。
よかった、大きさ合ってた。
「……わかりました。では……すぅ」
まだ状況を飲み込めていないみたいだけど、これが声を大きくする魔法だということは彼女もわかっている。ユミリアは前に立ち、大きく息を吸った。
「いっけー! ユミリアちゃん! ボイスキャノン!」
あ、そんな名前なんだ。
『馬車の上に猫がいます! 止まってください!!』
「――――っ!!」
空気を震わせる大音声。
さっきより衝撃が少ないのは、私たちが魔法の後ろにいたからだ。
石筒よりも前にいた人たちは耳を押えてしゃがみ込んでしまった。
「っ……馬車は!?」
叫びながら前を向くと……前を走る馬車が速度を落としていくのがわかる。
私たちが固唾を飲んで見守っていると、馬車はついに止まってくれた。
すぐに人が降りてきて、幌の上を見ている。
ユミリアの声がちゃんと届いた証拠だ。
「やったー! やったよクラリーちゃん、ユミリアちゃん!」
「きゃっ……」
「うわっと。アイリン、落ち着いて」
私とユミリアに飛びついてきたアイリン。後ろによろめいて倒れそうになる。
抱きつかれたまま魔法を解いて道を元に戻し、そっと周りの様子を確認すると……。
「なるほど、あそこに猫がいたのか」
「だったらしょうがねぇなぁ」
「面白いもんも見れたしな……耳は痛いが」
「お騒がせしました! ありがとうございます!」
「すみませんでした!」
私たちの代わりにサキとナナシュが何度も頭を下げてくれている。私たちも慌てて一緒に頭を下げた。
「サキ、ナナシュ、チルト。ありがとう、町の人を抑えてくれて。助かったよ」
「気にすることないわ。それより早く馬車の所に行きましょ」
「そうだね! 急ごう急ごうー」
集まっていた街の人たちも離れていく。
道が空いて駆け出したチルトに続いて、私たちは馬車へと急いだ。
そして、馬車の手前。
女性の魔法騎士が、立ちはだかっていた。
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