69「追いかけて、馬車」クランリーテ
大通りに全員集まり、私たちは馬車を追いかけていた。
「もう! なんで馬車の上に乗っちゃったのよ!」
「劇場の入口、玄関屋根に乗っかっていたんですが」
「登って捕まえに行こうとしたら逃げられちゃってさー」
玄関屋根にいたヨリは逃げようとして、たまたま通りかかった馬車の上に飛び乗ってしまったわけか……。
「ごめんなさい、私が魔剣を使おうとしたチルトちゃんを止めたから……」
「いやーナナちゃんのせいじゃないよー。下手したらもっとパニックになってたかも」
前にバスの駅で魔剣を使って騒ぎになった。それを気にしてナナシュは止めたらしい。
でもこんなことになるとは思わないし、チルトの言う通りもっと大きな騒ぎになっていたかもしれない。ナナシュの判断は間違ってなかったと思う。
前を走る馬車は魔法騎士団のもの。このままだと城の中に入ってしまい、探すのが難しくなる。
もちろん声をかければ止まってくれるはずだけど……なかなか距離を縮められない。町中だからそんなに速く走っていないんだけど、人通りが多くて私たちの方も速く走れなかった。
「わたしの声でも……さすがにあそこまでは届きません……」
「ていうか、はぁ、はぁ、あつすぎて、バテるわよ」
サキの言う通りだ。私たちのスピードはどんどん落ちていく。
そもそもこの暑さの中、走って馬車を追いかけるのが無謀だ。
「サキー、クラちゃーん。ボクが魔剣で浮くからさ、風魔法で飛ばしてよー」
「は!? なに言ってるのよ!」
「そんなことしたら、それこそ大騒ぎになるよ……」
馬車よりも速く飛ばすとなると、それなりに大きな魔法になるだろうし。町中でやるには危険だ。
「声が届かないなら! 届かせればいいんだよ!」
「えっ……アイリンさん? 届かせる、とは?」
「はぁ、はぁ、もしかしてアイリン……魔法で?」
「うん! ちょうどいいのがあるよ!」
アイリンは通話魔法の研究をしていたから、副産物で声に関する未分類魔法をいくつか作っている。ボイスボックスのように声を届ける魔法があるのかも。
「いっくよー!」
アイリンは立ち止まると、馬車に向けて右腕を伸す。
すると黒い縦長の板が現れて、ぐるんっと輪っかになった。
「すぅー……」
「……え、ちょっと待ったアイリン、まさかその魔法って」
『馬車、止 ま っ て ーーー!!!』
「うわっ……!」
輪っかを通ったアイリンの声が何倍にもなってビリビリと空気を震わせた。
みんな慌てて耳を押えたけど遅い。きーん……と耳鳴りがする。
声を届ける魔法なんかじゃない、声を大きくする魔法だ!
「ちょ、一声かけてから使いなさいよっ」
「えへへ……急がないといけなかったから」
「あ……でも……」
周囲の人がなんだなんだと立ち止まり、声の発生源であるアイリンに注目が集まる。
だけど肝心の馬車は……聞こえなかったのか、変わらない速度で城へと走っていく。
「そんな……ヨリ、待って……!」
「うそぉ、いまの聞こえなかったのー!?」
「やっぱり追いかけなきゃダメかー!」
「走るしかないわね……でも」
「はぅ、そろそろ限界です……」
さすがにみんな汗だくで(ユミリアだけは何故か汗をかいていないけど)、走るのは厳しい。
さっきのアイリンの声、かなり大きかった。それでも届かないなら……。
「アイリン、もう一度やろう」
「えっ? で、でも、ますます距離が離れちゃったよ?」
不安そうなアイリンの肩に手を置いて、前に出る。
「大丈夫。私に任せて」
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