67「シンガー」クランリーテ
「すごかったね! 特にあのシンガーの子!」
ショーが終わりエントランスに出ると、アイリンが興奮した様子で振り返った。
終盤の、歌いながら魔法を使うショー。
感想を言いたくて言いたくてしょうがなかったのはアイリンだけじゃない。私も含めて全員がそうだった。エントランスの端に移動して、ぐるっと輪になる。
「うんうん! ボクも完全に聴き入っちゃって、終わった時はもっと歌って! って思ったよ」
「それわたしも思ったー!」
「歌も上手かったけど、なにより最初の魔法よ」
「だね。歌い出しの香りを乗せた風魔法で、草原の中にいると思わせたのがすごかったよ」
「そう! あれよね、あれ。一気に彼女の歌の世界に引き込まれたわ」
「私もですっ! あの子、去年の公演にはいなかったので今年からステージに立ったんだと思います。はぅ……明日も楽しみ」
「あ、そっかナナシュは家族が買ったチケットもあるんだ」
「えっと、実はそうなの。あはは……」
「いいな~ナナシュちゃん! わたしももう一回聴きたいよ~」
確かに羨ましい……。あの歌、また聴きたいなぁ。
「……ヨリ? どこに行ったの? ヨリ?」
「ん……? いまの声」
エントランスの端の扉が開いていて、廊下が見える。そこから女の子の声が聞こえてきた。しかもその声は……。
「困りました……ヨリ」
廊下に姿を現した声の主は、紺色の着物――スツ地方に住む人が好んで着る服――を着た女の子。着替えて雰囲気が変わってしまっているけど、間違いない、さっきまでステージ立っていた女の子だ。
私たちがぽかんと彼女を眺めていると、向こうもこっちに気が付いて目が合う。そして、
「えっ……あら? ここ、なんで開いて……」
「あぁー! さっきのシンガーの子だっ!」
思わず大きな声をあげてしまうアイリン。すると、エントランスにいた他の人たちがざわめきだす。
「シンガーの子? どこ? どこにいるの?」
「あそこか? おおい! こっちに顔出してくれー!」
あ、これ……まずいんじゃ。
「やばっ! みんな入って、扉を閉めるよー!」
こういう時、いち早く行動するのはチルトだ。みんなを扉の向こうに押し込める。
「ああもう! バカね、アイリン!」
「ごごごめんなさいっ!」
慌てて廊下側に出て扉を閉めた。内側から閉める鍵をチルトが回してガチャリ。なんとか、人が詰めかけてくるのを阻止できた。
「あっ……あの、あなたたちは……」
「あはははは……ごめんなさいっ! 騒ぎにしちゃって」
「いえ……。だけどその、ここは関係者だけが入れる場所なんです……」
そうだろうな、と思う。この廊下に観客はいないし……ん?
「……あれ? なんで私たちこの廊下に出たの?」
「普通に向こうから扉を閉めるだけでよかったじゃない! チル!」
「あっ、そっか。つい逃げなきゃって思っちゃってさー」
「ドキドキしました……。ごめんなさい、私たちもすぐにエントランスに戻ります」
「待った。ナナシュ、今出るとまずいかも。押し寄せてきた人たちに問い詰められそう」
「はい。また騒ぎになるかもしれません。向こうに裏口がありますから、そちらに案内します」
「うぅ、わたしが大声出したばっかりに。本当にごめんなさい~」
「いいえ。そもそもこの扉を関係者の誰かが閉め忘れたんだと思いますから。すみません」
「わわわ、謝らないでよ~!」
確かに、鍵がかかっていたらエントランス側からは開けられない。
アイリンが声をあげなくても、誰かが彼女を見付けていたかもしれなかった。
だけどそれでも私たちが悪いのは変わらない。なのに女の子は申し訳なさそうに頭を下げるから、アイリンは慌ててその子の顔を上げさせようとする。
……改めて間近で見ると、艶のある長い黒髪がとても綺麗な子だ。そして、どこか儚げな印象。この細い身体からあんなにも力強い歌声を出せることに驚いてしまう。
「ではこちらに」
「あ……待って! そういえば、誰かを探してたよね?」
案内しようとするシンガーの子をアイリンが呼び止める。
するとその子は振り返って、不安そうな顔で頷いた。
「はい……」
「ヨリって人を探してるのー?」
「人……ではなくて、猫なんです」
「ふおおお猫? 猫飼ってるんだ? 猫のヨリちゃんかぁ」
「私たちはスツから来たんですが、家に残しておけないので巡業に連れてきていたんです。ですが公演中に部屋を抜け出して、どこかへ行ってしまって」
スツというのはターヤ王国内の地名。城下町の北、ナハマ山脈周辺。アカサ王国に一番近いのがスツの街。
バスでも一日かかるから、公演の間はここに滞在するみたいだ。
いなくなった猫を心配し、シンガーの子はしゅんと俯いてしまう。
私たちはお互い顔を見合わせ、揃って頷いた。
「ねっ、騒ぎを起こしたお詫びに、わたしたちが猫を探すの手伝うよ!」
「え……?」
「一人よりも、六人で探した方が早く見付かるわ」
「だよねー。ボクそういうの得意だから任せてよ!」
「で、でも、お客さんにそんなことをさせるわけには」
「いまはお客さんとか関係ありません。ヨリちゃんを探しましょう」
「そうだよ。この街は私たちの方がよく知ってる。だから一緒に探そう」
「みなさん……」
女の子は少し潤んだ目で私たちを見て、お辞儀をする。
「ありがとうございます。よろしくお願いします」
こうして、私たちは猫探しをすることになったのだった。
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