57「秘密の正体」チルト
「黒い人型の物体を創り出す魔剣?」
幽霊じゃなくて魔剣の魔法だったよ、と教えてクラちゃんたちを隠し部屋の前に呼んだ。
しょうがないからサキのために廊下の明かりもつけて。
「この黒い円盤の魔剣は、使用者そっくりの偽物っていうか、囮、デコイを作るんだよ。表面は真っ黒だけどね」
試しにマナを込めてみると、さっきと同じようにボクそっくりな黒い人型の物体が現れる。
「おぉ……ほんとだ」
「すごいわね、こんな魔剣があるなんて」
「ちなみに簡単な命令なら聞くみたいだよ。『廊下の端まで走って、戻ってきて』」
ボクがそう命令すると、デコイは言われた通りに小走りに廊下を往復して戻ってくる。
「すごい、まさに囮だ」
「クラリーちゃん見て見て。これちょっと叩いただけで消えるんだよ」
アイちゃんがそう言ってデコイの肩をぽこんと叩くと、バシュッと音を立てて消えてしまう。
「へぇ、あっさり消えるのね」
「逆になにもしないと消えないみたいなんだよねー。もしかしたら一定時間で消えるのかもしれないけど、それでもかなり長い時間残るっぽい」
「……あ、チルト。もしかして昼間に私たちが使ったのって」
「たぶん隠し部屋にデコイが出現するスペースがなくて、少しずれたところに出現してたんじゃないかなー」
あの時全員部屋に入っていたし。廊下や下の階に作られていたのかも。
「それを幽霊と見間違えたわけですね。ほらクラリー、やっぱり幽霊なんていないんだよ。だいたいマナのせいです」
言いながら、ナナちゃんがほっと安堵のため息をついたのを見逃さなかった。
やっぱり怖いから幽霊を信じていないことにしてるんだね。かわいいなぁ。
「むぅ……。それにしても、まさか家に魔剣があるなんて思わなかったよ。母さんは本当に知らなかったのかな」
「ん~……どうだろうねー」
クラちゃんのお母さん。ただ者ではない気がするんだよね。
昼間、確かにボクははしゃいでた。だけど真後ろに立たれて気が付かないなんて、そこまで気を抜いていたつもりはないんだけどな。
それに……名前、ケイトって言ってた。
よくある名前だしたまたまだと思うんだけど、もしかしたら……。
「もう、あなたたち? またその部屋開けちゃったの?」
「――――!?」
ま……まただ! また背後に!
「か、母さん……ごめん。でもその黒い円盤が、実は魔剣みたいで」
「魔剣? へぇ、そうなのね。知らなかったわ。これが魔剣ねぇ」
「って……え? あれ!?」
ボクが持っていた円盤。いつの間にかクラちゃんのお母さんが持ってる!
さ、さすがにあり得ないよ! このボクが、取られたことすら気付かないなんて!
「でも勝手に持ち出したらだめじゃない」
「ごめんなさい……」
みんなが頭を下げる。ボクも少し遅れて頭を下げた。
「よろしい。さ、もう遅いんだから寝なさい?」
「はーい……」
クラちゃんたちは返事をして二階の客間へと戻っていく。
魔剣を持ったクラちゃんのお母さんは、しまうために隠し部屋の中に入る。ボクはその背中に声をかけた。
「あの、ひょっとして……探検家、ですか?」
「…………」
クラちゃんのお母さんは黙って、魔剣をもとの場所に戻す。
心当たりがある。
あちこちで新しい遺跡を発見し、しかも内部を隅々まで探索、多くの魔剣を掘り出したという若い女性探検家。
女の子が憧れるナンバーワン探検家だったみたいだけど、活動期間は短く、二〇歳の若さで引退して姿を消してしまった。今や伝説の人。
ボクもお母さんから「下の世代にすごい子がいたのよ」と何度も話を聞かされて、自分でも調べるようになり、その偉業に驚いて尊敬するようになった。
その名は――。
「ケイト・コン――」
「しっ――。その名前、みんなには秘密にしておいてね?」
振り返り、ぽんっとボクの頭に手をおいて、ウィンクする。
「――はっ、はい」
*
「チル? 早く部屋に戻るわよ」
「いま行くよー。ふふーん」
「なにニヤニヤしてるのよ」
「なんでもないよー」
ボクはサキに駆け寄って並んで歩く。
ふふふふふ。クラちゃんの家族はみんなすごいなぁ。
今度機会があればお姉さんやお父さんとも会ってみたい。
「はう……さすがに眠くなってきました……」
「私も。これならぐっすり眠れるかな」
ナナちゃんとクラちゃん、魔剣の仕業とわかって怖くなくなったみたいだ。
もう少し怖がるところ見たかったけど、明日寝不足になられても困っちゃうか。
「チルちゃん、幽霊の正体がわかってよかったね」
「うん。そうだねっ」
クラちゃんたちに聞こえないように小声で話しかけてくるアイちゃんと、そっと手を合わせてハイタッチ。
幽霊の正体、か。
確かにね。あの黒い円盤の魔剣。名前もわからないけど、あれが生み出したデコイが正体だったと思う。
でもなぁ……。
アイちゃんも見たはずなんだけど、忘れちゃったのかな。
ボクらが二階で見た女の子の人影って、もっと小さい女の子だったんだよね。
昼間、魔剣に触れたのはボクとクラちゃんだけ。一番背の低いナナちゃんは触れてない。だけどあの影は絶対ボクらよりも小さかった。
ということは……。
――またお邪魔するね――
「……? アイちゃん、なにか言った?」
「え? ううん、なにも言ってないよ?」
じゃ、気のせいかな。
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