56「廊下に佇む影」チルト


「どどど、どうしたの? アイリン!」

「お、女の子の影が……」

「ひ、ひぃぃっ!」

「どうしましたかなにもないですよね私はなにも聞こえません聞こえません」


 アイちゃんが悲鳴をあげると、案の定部屋の中の二人がものすごく怖がった。

 ナナちゃんなんて耳を塞いでなにも聞こえないようにしてる。


 ボクも女の子の影は見た。あれが本当に幽霊なら、もっとちゃんと見てみたいな。


「じゃあボク、調べてくるけど」

「チルト! あぶないよ、幽霊には魔法も物理攻撃も効かないって話だよ? ここで大人しくしてた方が絶対にいいよ!」

「でもクラちゃん。幽霊、この中に入ってくるかもよ」

「……え……」


 絶句して固まっちゃうクラちゃん。

 なんかクラちゃんの意外な一面を見ちゃったな。ナナちゃんは予想通りだけど。


「というわけで見てくるね。アイちゃんとサキも行こうよ」

「わ、わたしも?」

「あたしは……」


 サキが廊下の方をチラッと見て、


「あたしは、やめとくわ」

「え~? サキって別に幽霊怖くないでしょ?」

「も、もちろん。怖くないわよ? 幽霊なんて怖くもなんともないわ。幽霊なんてね」


 チラッチラッと何度も廊下を見るサキ。

 あ、そっか。そういえばサキは……。


「ん~、じゃあサキはクラちゃんとナナちゃんについてあげててよ」

「サキ! お願い、残って。私たちだけにしないで」

「お願いしますサキちゃん! あぁ私はなにも聞こえません見てません」

「――!! そ、そこまで言われたら、しょうがないわね。廊下を調べるのはチルとアイリンに任せるわ」


 縋り付いてきたクラちゃんに顔を赤くしながら、サキは胸を張る。

 これでよしっと。


「あ、あれ? わたし強制的に行く感じになってる?」

「いまさらだよアイちゃん。ほら行こう行こう」

「え、えぇ~……わたしも怖くないわけじゃないんだけど~」


 アイちゃんの背中を押して廊下に出る。

 階段の方を見ても、もうさっきの影はなかった。

 この客間は正面から見て右側の二階。一階に降りる階段と三階に上る階段があるわけだけど……。


「上に行ってみよっか。ちょっと気になることもあるし」

「う、うん。わかった。……ね、チルちゃん。さっきのサキちゃんって……実はやっぱり幽霊が怖いのかな?」

「え? ああー、違う違う。サキは本当に幽霊なんて怖くないよ。ただね」


 ボクは暗い廊下で指を立てる。


「サキは暗いところが苦手なんだよ」

「暗いところ? そっか、ここ真っ暗だもんね」


 ま、壁にかけられたランタンを灯せばいいんだけど。

 こんな遅い時間に明るくするのもちょっと気が引ける。


 ちなみにクラちゃんの家のランタンは魔法式だった。火をつけるんじゃなくて、光属性の魔法で灯りにする最新式。

 特殊な魔法道具になっていて、予めマナを込めておいてから光属性魔法を使うことで本人の手から離れても魔法を維持できる優れもの。

 街灯なんかもどんどんこれに変わっていってるし、遺跡探索でも使われるようになってきた。ボクもお小遣い貯めて買おうと思ってるんだよね。


「サキの暗所恐怖症、克服してくれないと遺跡探索で困るんだけどなぁ」

「チルちゃん、サキちゃんと一緒に遺跡探索するつもりなんだね」

「サキだけじゃないよ。アイちゃんも、クラちゃんもナナちゃんも、みんなで行くつもりだからね。……あと一応、ハミにも声かけるかな?」

「チルちゃん……!」

「だからさ、アイちゃん。あの遠くの人と話す魔法。期待してるからね」

「うんっ。絶対完成させてみせるよ!」


 お、やる気出してくれた。自由課題のことで悩んでたみたいだし、よかったよかった。


 階段に辿り着いたボクたちは、上へ。元気になったアイちゃんが意気揚々とボクの前に出て階段を上る。

 そして三階。昼間見た、クラちゃんたちの部屋が並んでいる廊下に出た。


「……チ、チルちゃん。あ、あそこ、だれか……」

「いるね」


 前を歩いていたアイちゃんが、さささっと素早くボクの後ろに隠れた。さっきまであんなに堂々としてたのに。


 廊下の先にいる人影は……ふたつ。

 背丈はボクたちとそんなに変わらない。というか、同じ?

 影はなにをするでもなく、なんか同じ場所をウロウロしてる。なんだろう……? さっきの怖い話とは違う感じがするなぁ。


「アイちゃん、近付いてみるよ」

「えぇぇ!? う、うん……」


 怖がりながらもちゃんとついてきてくれるアイちゃん。

 そーっと、そーっと近付いていくけど……影は、影のまま。正確に言うと全身がのっぺりとした真っ黒なナニカ。

 さすがになんかおかしい。幽霊って見たことないけど、これはなんか違うような……。


「ね、アイちゃん。なんだろこれ」

「ゆゆゆ、幽霊じゃ、ないの?」

「んー……。えいっ」

「チルちゃんぁぁん!?」


 ボクは思い切って、その真っ黒なナニカの肩を軽く叩いてみた。すると、


 ボシュッ!


「……消えた」


 手の中に残る叩いた感触。間違いない、実体があった。


「チルちゃん、今……消える瞬間なんだけど、マナが散ったのがわかったよ」

「え? そうなの? そこまで見てなかったや」

「ん~、マナの動きとか見るのあんまり得意じゃないんだけどね。今のはなんとなくわかったんだよ」


 さすがアイちゃん。

 ボクも割と苦手な方で、じーっと見てればわかるんだけど、今の一瞬じゃわからなかった。


「アイちゃん、そうなるとこれ魔法なの?」

「どうなんだろう~……。少なくとも属性魔法ではないと思うよ」


 残ったもう一体の黒いナニカを見ながら、首を傾げる。

 確かにこんな魔法見たことない。


「あれ? チルちゃん、これってクラリーちゃんに似てない?」

「クラちゃんに? ……あ、ほんとだ」


 よく見ると髪型とか体格とかクラちゃんに似てる。クラちゃんを真っ黒に塗りつぶしたらこうなるかも。


「……もしかして」


 黒クラちゃんがウロウロしているこの場所は……例の隠し部屋の前だ。

 ボクは昼間と同じように壁を操作して、隠し部屋を開ける。

 中のランタンに灯りをつけて、奥に進み、黒い円盤を手に取って廊下に戻った。


「チルちゃん? それどうするの? 勝手に持ち出したらだめだよ」

「まぁ見てて」


 ボクは黒い円盤――魔剣にマナを込める。すると……。


「う、うわぁ!? 黒いのが増えたよチルちゃん! ……あれ? これって」

「やっぱりこういうことかー!」


 現れたのはボクそっくりな黒い人型。

 この魔剣は、この黒いのを作り出す魔剣だったんだ!

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