53「秘密の部屋」クランリーテ


「まさか家に隠し部屋があるなんて……」


 姉さんの部屋と物置の間に見付けた隠し部屋。

 大きさは隣の物置と同じで、似たような棚も置いてある。もう一つの物置という感じだ。


「クラちゃん、お父さんが家を建てたって言ってたよね」

「うん。父さん、建築士だから。設計も建設も請け負ってるんだ」

「コルン・カルテルトさんだよねー?」

「えっ……そ、そうだけど」

「なんでチルが知ってるのよ!」

「ふふーん。探検家は情報収集もできないとダメなんだよ」

「チルトちゃん……昨日、私が教えてあげたんだよね?」

「それも情報収集の内だよー」

「あぁ、ナナシュからか。なるほど……」


 さすがチルトというかなんというか。

 とはいえ、父さんは建設業界では結構有名みたいだから、ちょっと調べればすぐにわかったと思う。

 魔法を使った建築技法、その先駆者。なんて言われているし。


「父さんも今はアカサ王国で仕事してるんだけどね。最近向こうの仕事が多いみたいで」

「へ~! そうなんだぁ。じゃあお姉ちゃんと一緒なんだね」

「いや、アイリン。カラー姉さんは寮に入ってるはずだよ」

「あ、あれ? そっか……別々なんだ。寂しくないのかな?」

「うーん、どうだろ。あんまり考えたことなかったよ」


 もちろんたまには会ってるだろうけど。あの二人が寂しいと感じてるようには思えない。


「クラリーちゃんは? 寂しい?」

「私? ……まぁ、ちょっとはね。でも大丈夫だよ」


 少なくとも今は。寂しいなんて、思う暇がない。

 こうやってみんなと一緒だと、ね。


「……ねぇクラちゃん。これ見て」

「またなにか見付けたの? チルト」

「見付けたっていうか……一番奥に飾ってある、あれ」


 珍しく神妙な顔のチルト。

 指さす方を見ると、部屋の一番奥に置かれた棚に、真っ黒な円盤が置かれていた。

 台座の上に、まるで鏡のように収められている。


「これ、魔剣だと思うんだけど」

「え……? あっ!」


 近付いてよく見ると……確かに!

 微かにマナを吸収しているのがわかる。チルトの魔剣と同じだ。


「隠し部屋に、魔剣……いったい誰が」


 部屋を作ったのは父さんだろうけど、魔剣は誰が置いたんだろう。置いたのも父さん?

 姉さんや母さんはこの部屋を知ってるのかな?


「クラちゃん、触ってみてよ」

「えぇ? わ、私が?」

「だってクラちゃんのうちにあったわけだし。みんなもどんな魔法が発動するのか気になるでしょ?」

「確かに気になるわね」

「はぅ……私も、気になります。でも、危ないようでしたら無理には……」

「クラリーちゃん、ゴーだよゴー!」

「ちょ、ちょっとアイリン、背中押さないでよ。わかったから」


 ……私だってみんなと同じだ。興味津々。

 家に隠されていた魔剣。……こんなの、試さずにいられない!


 私は手を伸し、そっと黒い円盤に触れてみる。マナを流し込んでみると――


「…………」

「…………クラちゃん?」

「マナは入れたよ。……でも、なにも起きない」


 周囲に魔法が発動した感じはない。

 チルトの浮遊導剣のように、自分の身体になにか特殊な効果が出ることもない。


「なによ、魔剣じゃなかったってこと?」

「マナが入る感覚はあったんだけど……」

「クラちゃん、ボクも試していい?」

「うん、いいよ」


 今度はチルトが触れてみるけど……やっぱり、なにも起きない。


「おっかしいなぁ。どう見ても魔剣なんだけどなぁ」

「私もそう思うんだけどね……」

「ねぇねぇ! 今度はわたしが触ってみていい?」

「うん……あっ」


 アイリンに場所を譲ろうとして振り返ると、


「あら? あなたたち、この部屋見付けちゃったの?」


 いつの間にか入口に母さんが立っていて、こっちを覗いていた。


「はう、クラリーのお母さん……こ、これはその、ですね」

「ナナシュちゃん、さっきも気になったけどその呼び方固いわね。ケイトでもいいのよ?」

「え、ええ? さすがにそれは失礼といいますか、その」

「ごめんね、冗談よ。おばさんでもいいわ」


 それも呼びにくいと思うよ、母さん。

 謝るナナシュ同様、みんな気まずそうに目を逸らしているけど……よく考えたら別に悪いことをしているわけじゃない。


「母さん。この部屋は? 隠し部屋なんて私知らなかったよ」

「それはそうでしょ。ここはお母さんの秘密の宝物置き場なんだから」

「た、宝物置き場?」

「お父さんにお願いして作ってもらったの。二人の思い出の品を飾ってあるのよ」

「うっ……思い出の?」


 そう言われて周りの棚を見ると、首飾りやら宝石、どこで買ったかわからない記念メダル、手紙の束、奇妙なオブジェ……これはカラー姉さんのお土産かな。多種多様、色んな物が収められている。このすべてが、母さんたちの思い出の品……。


「み、みんな、出よう。お願い、出て」

「う、うん。そうだね。出よう出よう」


 急激に恥ずかしくなってきた。両親の思い出の品なんて見るだけで気恥ずかしいのに、それを友だちに見られているこの状況!

 アイリンはわかってくれたのか、それとも見せられる側も恥ずかしいのか、みんなを外に出すのを手伝ってくれる。


「あのっ。あれって、魔剣じゃないんですか?」


 最後に残ったチルトが、例の黒い円盤を指さして尋ねる。すると、


「魔剣? 違うわよ。あれはお父さんと旅先で買ったお土産なの」

「買った!? ど、どこで買ったんですか?」

「確かナハマ山脈の……ターヤ側にあるお土産屋さんだったはずよ?」


 ナハマ山脈。このアイオウーエ大陸の中央にある山で、この山が三つの国を分ける境界線にもなっている。ナハマ空洞があるのもその山の地下だ。


 ていうかお土産屋って。

 やっぱり魔剣じゃないのかな? 確かにマナは入ったんだけど……。


「ほら、ここにはお母さんの私物しかないわよ。出てちょうだい」


 チルトが外に出ると、母さんは慣れた手つきで部屋を閉じてしまった。

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