49「騒がしかった二週間」クランリーテ
二週間。ハミールは留学期間中、学校のある日は毎日チルトと勝負をしていた。
休みの日も挑まれたらしいけど、ナナシュがいないからダメと言って逃げたらしい。
ターヤ王国の留学期間を終えたハミールは、その足でアカサ王国へ向かう。
私たちは彼女を見送るために、城下町南にあるバスの駅に集まっていた。
「みなさん。見送りにまで来て頂いて、ありがとうございます」
「そんなの当然だよハミールちゃん! わたしたちもなんだかんだ二人の勝負が楽しみになってたからね」
アイリンの言う通りだ。白熱した勝負が面白くて、放課後が楽しみになっていた。
「そうね、なかなか楽しかったわ。向こうでも頑張りなさいよ」
「怪我しないように気を付けてくださいね。……私も、二人の戦いにドキドキしました」
「越えたい人がいるんだよね。頑張って」
順番に言葉をかけ、最後に私がそう言うと、ハミールがあの時と同じようにじっと見つめてきた。
「……忘れていました。クランリーテ・カルテルトさん。私の越えたい人から、あなたに伝言があります」
「……え? 伝言って、誰から……」
言いかけて、そんなの一人しかいないことに気付く。そうか、ハミールが私を見ていたのは……。
「『しばらく帰らない。母さんによろしく』。キラルテート・カルテルト先輩からです」
「はぁ……。わかってるよって伝えておいて」
「わかりました」
やっぱり。ていうかそんなの、伝言するまでもなくわかってるのに。
「って誰なのよ? クラリー!」
「カルテルトってことは、クラちゃんのお姉さんとかー?」
「チルト正解。二つ上の姉さんで、ラワ王国に長期留学してるよ」
中学卒業と同時に向こうに行ったから、二年以上帰ってきていない。
「キラル姉さんは武術の才能があってね。極めてくるって、ラワに留学しに行ったんだよ」
「ふおおお、なんかかっこいいね?」
「へぇ、お姉さんがいたのね。それがまさかハミールのライバルだなんて、すごい偶然じゃない」
「……いいえ、ライバルなどではありません」
ハミールが暗い声で首を横に振る。
「上級生が強いのは当然ですが……。キラル先輩は別次元です。私ではライバルなどと名乗れません」
「そんなに強いんだ!? クラリーちゃんのお姉さん!」
「確かに昔から強かったけど……」
あのハミールにここまで言わせるとは。今のキラル姉さんは、いったいどれほど強くなっているのか。
「ハミ、それでも越えたいんでしょ?」
「そうですね。学校最強の存在であるキラル先輩を越えるのは、私の最大の目標です」
「だったらライバルってことでいいんじゃない?」
「いいえ。もちろん最終的にはそうありたいです。ですが、今はまだ」
まだそれに値する強さを持っていない。だから武術修行留学。そういうことか。
「それに、まずはあなたというライバルを越えなくてはなりませんから」
「ん……じゃ、しょうがないか。でもボクは負けないよ?」
「はい。一本取ったくらいでは、私の勝ちとは言えませんからね」
「ぐっ。そ、そうだよ。ふふん。ボクのがすごいんだから。……もう二度と負けない」
この二週間の二人の勝負。一回だけハミールが勝利した。もちろんそれ以外勝っているチルトの方がすごいんだけど、チルトはその負けを気にしているようだ。
最初は勝負なんてって言ってたのに。だいぶこだわるようになった。
「アカサ王国行きのバス、発車します。ご乗車になる方はお急ぎください」
バスの運転手が、駅にいる人たちに声をかける。
まだ乗っていなかった人たちが順々に乗り込んでいく。
ハミールは改めて私たちの方を向き、頭を下げた。
「それではみなさん。また来ます。その時は部活のこと、もっと詳しく教えてくださいね」
結局勝負に夢中で、部活のことを話す機会はなかった。詳しく聞かれても説明は難しかったけど……。
「うん! 待ってるね!」
アイリンが元気よく返事する。
ま、ハミールがもう一度来る頃には、例の魔法も完成させてないとだよね。
ハミールがバスに乗り込み座席に着く、と……突然チルトが魔剣を使って浮かび上がった。
周囲にどよめきが走るが気にしない。見ている私たちもぽかんと見上げていた。
チルトはハミールの座る窓の側に近寄ると、彼女もそれに気付いて窓を開ける。
「……チルト?」
「ハミ。ボクも、もっと強くなってるからね。……元気で!」
「はい! チルトもお元気で。次に会う時を楽しみにしていますよ」
そう言って、二人は固い握手を交わすのだった。
*
「や~。ハミのせいで騒がしい二週間だったよー」
「あたしはさっきので疲れたわよ……」
ハミールを見送って、帰り道。
チルトが魔剣を使ったせいで駅はちょっとした騒ぎになって、私たちは慌ててその場を離れた。
「でもチルトちゃん。きちんとお別れができてよかったね」
「ん~、なんか言わなきゃって思っただけだよ。一応、小さい頃から知ってる従妹だからさ」
ナナシュの言葉に、チルトはそっぽを向いて応える。
まったく、チルトらしい。
でも確かに、ハミールのいた二週間は騒がしかった。
未分類魔法の研究も、その間ぜんぜん進まなかったし……。
「……あ、そうだ。アイリン。ちょっといい?」
「うん? なになに、クラリーちゃん」
「こないださ。ハミールに追いかけられた時に、ボイスボックスとセットにしていた魔法」
「えっと……あ、ボイスボックスとの間を誰かが通ると発動する魔法?」
「そうそう。あれを見て思ったんだけど……」
あの時思い付いたこと、話すのすっかり忘れていた。
また忘れないうちに話しておこう。
「つまりあれって、二つの魔法を繋いで連動させてるんだよね。……同じこと、例の魔法でもできないの?」
「例の魔法に、同じこと……?」
「上手くいかないってこないだ言ってたでしょ? 一つの魔法に色々詰め込み過ぎてるのかなって」
離れたところにいる人と話す魔法。アイリンが行き詰っていると話してくれたのは、ちょうどハミールが来た日だったかな。私なりに考えてみたんだけど、どうだろう。
「魔法を……ふたつに……」
「でもクラリー。あの魔法、もともと二つなんじゃないかしら? 相手が持ってる宝石を探す魔法と、声のやり取りをする魔法よね」
「あ、そっか。そうだよね…………って、今気づいたんだけど、そもそも二つの魔法を同時に発動なんて無理だ!」
「――あっ! そうじゃない! も、もうクラリーったら」
人がイメージできる魔法は一つだけ。
属性をかけ合わせた複合属性魔法はあるけど、複数の魔法を同時に使うことはできない。
そんな常識を忘れてしまったのは、アイリンのあの魔法がイメージを必要としていないからだ。勝手に発動するから道具を使う感覚が強くて、二つの魔法にできると思ってしまった。
ていうかサキが怒ったけど、サキも同じ勘違いしてたよね。
でも二つの魔法じゃないとすると、アイリンのあの魔法は……?
「……クラリーちゃん、サキちゃん。あの魔法は、二つの効果を持つ、一つの魔法だよ」
「二つの効果を持つ一つの魔法……」
「それはそれでとんでもないわね……」
「こないだのボイスボックスに繋げてたのもそうなの?」
「う~ん、あれはもともと他の魔法に繋げる魔法なんだけどね。わたし一人で使う時は発動条件を追加した一つの魔法になるよ」
「へぇ……?」
「宝石もね、実は一つの魔法しかダメで……。でも……あれをああすれば……繋げて……こうなるから……」
立ち止まり、ブツブツと呟き始めるアイリン。
なんか声をかけられなくて黙って見守っていると……突然ふっと顔を上げた。
「あ、クラリーちゃんありがとね! わたしちょっと考えてみる。だから今日はもう帰るね」
「う、うん。気を付けて」
聞こえているのかいないのか。
ぽかんとしている私たちを置いて、アイリンはブツブツ言いながら歩いて行ってしまった。
未分類魔法クラフト部
クラフト7「ラワ王国の武術科」
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