48「じゃ、また今度」クランリーテ


「いい加減にしてください! これ以上の怪我は私が許しません!」


 腰に手を当てて仁王立ちするナナシュ。

 チルトは若干怯えるようにして弁明する。


「ナ、ナナちゃん? ボク怪我なんてしてないよ」

「左腕擦りむいてます。それからハミールさんでしたか。あなたも背中と後頭部を強打しませんでしたか? ナイフの攻撃もすべては受けきれなかったはずです」

「よく見てましたね……。頭の方は大丈夫です、受け身を取りました。勝負をするのに問題は」

「もう一度言いますよ? これ以上の怪我は私が許しません。いいですね?」

「は、はい。……チルト、彼女は?」

「隣のクラスの――医療薬学科のナナちゃんだよ」

「医療薬学科……。なるほどです」

「さあ、二人ともそこに座って。怪我を見せてください。手当をします」


 チルトとハミールは何故か揃って正座をし、ナナシュがテキパキと治療を始める。その様子を私たちはぽかんと見つめていた。


「ナナシュちゃん、怒ると怖いんだね~……」

「う、うん。私も知らなかったよ」

「気を付けましょ。特にアイリン」

「わわわわ、わたしは大丈夫だよ~!」


 そんな話をしているうちに、ナナシュは手当を終える。薬と魔法、両方で処置済ませてぱんぱんと手を叩く。


「チルト。ナナシュさんも仲間なのですか?」

「もちろん。同じ部員だよ」

「そうですか……。今わかりました。あなたたちの中で一番強いのは、ナナシュさんですね」


 二人が不穏な会話をしている。この流れは……。


「ちょっとハミ? いい加減に――」

「安心してください。私が彼女に手を出すことはありません」

「へ? なんだ、てっきりナナちゃんに勝負を挑むのかと思った」

「私の学校、ラワ王国では医療系の人に手を上げることは許されません」

「ほほー? そうなんだ?」

「あ、それ、私も聞いたことあるよ」


 ラワ王国は武術の国。当然、訓練中に怪我は付きもの。

 それ故に、医療に携わる人への感謝と尊敬を忘れない。

 彼らに手を上げようものなら、二度と武術者を名乗ることはできない。


「医療薬学を学ぶ彼女がこれ以上の勝負を許さないと言うのなら……私は諦めねばなりません」

「ほっ……」

「今の一戦だけでも、十分な成果がありました。チルト、ありがとうございます」


 そう言って、ハミールが頭を下げると、チルトは少し照れくさそうに、


「ま、それならいいんだけどさ。そういえばハミって、なんでターヤに留学してきたの? 強い人ならラワにいっぱいいるんじゃない?」

「言ってませんでしたか? 私は今、武術修行留学中なのです」

「武術修行留学……?」

「はい。ラワ王国に強い人が多いのは確かです。でも、本当の強さを手に入れるためには世界を見る必要があります。武術のみではない、違う強さを持つ人たちと戦うべきなのです。私はこの後、北のアカサ王国にも行くつもりです」


 確かにターヤ、ラワ、アカサ、それぞれの国に特色がある。

 単に武術者として強くなるだけじゃなく、総合的な強さを手に入れたいのか。


「ハミはストイックだなぁ。どうしてそこまで強くなりたいの?」

「簡単な話です。ラワに、どうしても越えたい人がいる。……それだけです」


 ハミールはそう言うと、何故か私をじっと見つめてきた。

 ……なんだろう?


「ふぅん。……じゃ、また今度やろっか」

「……え? チルト、いいんですか?」

「チルトちゃん!」

「おっと、ナナちゃん。訓練だよ訓練。ハミはそのために来たみたいだしさ~。少しは付き合ってあげないとかわいそうだよ」

「それは、そうかもしれないけど……」

「だいじょーぶだいじょうぶ。連戦はしないようにするからさ」

「私からもお願いする。認めてもらえませんか、ナナシュさん」

「はうっ……しょうがないですね。ただし、その時は私も呼んでください」

「いいよー。わかった!」

「ありがとうございます」


 どうやら話がまとまったようだ。

 さっきハミールにじっと見られていたのが気になるけど……まぁいっか。


「ではチルト。早速、明日の放課後に」

「え~? 明後日にしようよ」

「いいえ明日です。短期留学であまり時間がないのです。付き合ってくれますね?」

「ええ~……ナナちゃ~ん、なんとか言ってよ~」

「私も『連戦はしない』というので納得しちゃったから、明日だとなにも言えないよ……」

「ほらナナシュさんもこう言っています。チルト、明日ですよ明日」


 これは……チルト、大変だな。

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