46「怒る理由」クランリーテ


「チルちゃん大丈夫かな? なんかいつもと雰囲気違うよね?」

「そうね、珍しく怒ってるみたいだから」


 風の塔の前にある中庭で、チルトとハミールが向かい合っていた。

 チルトはいつもの笑顔を消し、じっと対するハミールを見据えている。

 怒っていると言っても、我を忘れる感じではなくて、静かに冷静に、目の前の相手に集中している。

 ヒリヒリとした緊張感と空気が、こっちにまで伝わってくる。


 私とアイリンとサキは、少し離れたところでそれを見守っていた。


「途中までは、楽しんでいたと思うのよ」

「楽しんで……?」

「ハミールとの追いかけっこ。勝負はイヤだけど、みんなで逃げ回るのが面白かったんでしょ」


 なるほど、それは少しわかる気がする。


「さっき、ハミールは本気でアイリンに剣を打ち込んできた。チルはそれに腹を立ててるのよ。せっかく楽しんでいたのに。なに洒落にならないことしてるんだって。……随分身勝手な怒り方よね」


 もとはと言えばチルトが巻き込んできたんだから、勝手と言えば勝手かもしれない。

 チルトらしいなって思うけど。


「でも一番は、アイリンが怪我をしそうだったからよ。仲間を傷付けようとする者から仲間を守れ。チルが小さい頃から、探検家の両親に教え込まれてきたことだから」

「チルちゃぁん……!!」


 仲間を、アイリンを傷付けられそうになったから。

 チルトが止めてくれたから大丈夫だったけど、もし怪我をしていたら……私も本気で怒ったと思う。


「……それにしてもサキ。チルトのことよくわかってるね」

「と、当然でしょ? どれだけ一緒にいると思ってるのよ」


 幼馴染み。やっぱり、二人の関係はちょっと羨ましいな。


「とにかく! 心配いらないわよ。ああなったチルは、強いから」


 チルトたちに視線を戻すサキ。私もそっちに向き直る。


 ハミールはさっきまでと同じ、訓練用の木剣を構え。

 対するチルトは、木で作られたナイフ一本。腰に魔剣を差してはいるけど、木のナイフ一本で戦うつもりなんだろうか。

 私は武術に詳しくないから、武器の長さ的にチルトが不利に見えてしまう。


 サキは心配いらないと言うけど……。私とアイリンはチルトがどれくらい強いのか知らない。ナナシュは隣のクラスだからよく知っているみたいだけど、私たちは授業の様子すら見たことがない。

 運動神経がよくて体力もあるのはわかってる。でも、戦闘は? 武術で強いかどうかは別の話な気がする。


 ハミールが一歩、前に出た。


「やっと勝負が出来ますね、チルト。ずっと楽しみに――」

「いいから。早く始めようよ、ハミ」

「……わかりました。いざ、勝負です!」


 始まった。かけ声と同時に、ハミールがチルトに向かって駆け出す。剣を持ち上げて、真っ直ぐ振り下ろす。

 私の目にはその動作が一瞬に見えた。剣が、空を切るのも。いつの間にかチルトがハミールの真横にいて、さらにそこから飛びかかるのも。すべて、一瞬。


「くっ……!」


 ハミールの懐に入り込んだチルトがナイフによる斬撃を繰り出す。ハミールは剣の腹でそれを捌いているけど、チルトの連続攻撃に防戦一方になる。

 いや、攻められないんだ。あそこまで近付かれると剣を振れない。なんとか間合いを取ろうと足を動かしてるけど、チルトが追いすがる。なるほど、武器が長ければ強いというわけでもないんだな……。


「な、なにをしているんですか!? チルトちゃん! みなさん!」

「あ……ナナシュ」


 観戦している私たちの後ろからナナシュが駆け寄ってくる。部室に行こうとして私たちを見付けたみたいだ。


「クラリー、これはいったいどういう状況なの?」

「……ちょっと色々あってね」


 二人の勝負に視線を戻すと、まだチルトが張り付いていた。でもハミールもさすがは武術科。あの連撃をすべて捌いているみたいだ。

 私はそれを見ながら、ナナシュに簡単に状況を説明した。



「――あれが、ラワ王国の留学生……。そういえば冒険科のクラスが騒がしいと思っていました。あれはチルトちゃんがハミールさんから逃げていたからなんだね」

「結局、勝負することになっちゃったけど」

「チルトちゃん……。心配です。怪我をしないといいんだけど……」

「……そうだね」


 チルトが強いからといって、この勝負が無傷で終わるとは限らない。

 ナナシュは家が薬屋で、医療薬学科だからというのもあるけど、性格的に人一倍怪我や病気を心配する。今も辛そうな顔で二人の勝負を見ている。


「さすがっ、です! チルト! ここまでナイフ術が巧みな、生徒は、ラワにもいませんっ」

「喋る余裕あるんだ?」

「余裕は、ありません。ただ……」

「……!!」


 右手で持った剣で、チルトのナイフを弾く。そして肩の上に持ち上げると剣が――くるんと回る。え? と思った時には左手で刀身を掴んでいて、突きを繰り出していた。

 チルトはそれをギリギリで躱す。が、そのせいで若干バランスが崩れる。その隙にハミールが一歩後ろに下がり、剣の間合い、右手に握り直した木剣を再度チルトに突きだした。


「――――っ!!」


 咄嗟にナイフの腹で受け止め、そのまま後ろに吹っ飛ばされる。

 追いかけるハミール。最初の一撃と同じ、真っ直ぐに剣を振り下ろすが――。

 着地と同時にチルトは後ろに大きく飛んで、避ける。間合いを取る。


「な、なに、いまの。なにが起きたの?」

「あたしもわからなかったわ……」


 二人の動きが速すぎて目で追いきれない。とにかく、ハミールの思わぬ反撃にチルトが下がったことはわかった。


「ナイフで戦うあなたに、備えをしていないと思いましたか?」

「……超近接用剣術? 肩に乗せて首で剣を回すなんて、棒術みたいだね」

「その通りです。棒術の戦い方を参考にしました」


 肩に乗せて? ……そっか、首を支点に剣をくるっと回して、左腕に渡したんだ。


「でも刀身を掴んでの突きなんて、真剣だったらできないよ?」

「真剣の場合は手のひらを保護します」

「そりゃそっか。じゃ、ボクもちょっと戦い方を変えようかな」

「戦い方を? ――っ!!」


 ガキン!

 飛びかかるチルト。それを剣で受け止めるハミール。戦いが再開された。


 ハミールがさっきと同じように肩で剣を渡し、反対から突きを出すが――すでにチルトは間合いの外。後ろに飛んでいた。

 突きが空振ると同時に、チルトはハミールの横から飛びかかる。振り向きざまに剣を振るってそれを迎撃、そこから追撃するも、やはりチルトは間合いの外に。

 これは私でも知ってる。ヒットアンドアウェイだ。


「確かにそれなら近接対策は無意味になります。ですが、大幅に手数が減っていますよ、チルト」


 そう、この戦法だとチルトの手数は減り、ハミールは最小限の動きで対応できる。しかも動きが激しくチルトは体力を消耗していくだろう。長くは続けられない。


「安心してよ。その前に決着を付けるから」


 チルトがハミールに向かって低い姿勢で駆ける。正面、ハミールは狙いを定めて剣を振り上げて――その間合いに入る直前、チルトが飛んだ。


「なっ……」


 ハミールの頭上を越え、体を捻らせて背後に着地。虚を突かれたハミールだったが、すぐさま振り返ろうとする。でもチルトはすでにその背中を捉え、ナイフを突き出し――。


 チルトの眼前に、ハミールの手のひら。


「弾けよ水。バッシュ・ウォーター」


 水の塊が飛び出し、チルトは地面に転がされた。

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