45「部長が最強?」クランリーテ


「勝負なんて無理だよ~!」

「逃げないでくださいアイリンさん! 勝負してくれると言ったじゃないですか!」

「言ってないよ!?」

「頭を下げて、よろしくと……」

「勝負するって意味じゃないよ!!」


 私たちはまた、ハミールに追いかけられていた。中庭から風の塔の外周へと走る。

 属性魔法が苦手なアイリンではハミールをやり過ごすのは難しいだろう。ここはやっぱり、私が魔法で勝負するしか……。強い魔法を人に向けるのは苦手だけど、そうも言ってられない。


「アイリン――」

「う~、わたし強くなんてないのに~! 『こっちに逃げよう!』」


 声をかけようとして振り返ると、アイリンが後ろに向かってバラバラと小さな黒い箱を撒き始めた。


「な、なにを撒いたの?」

「魔法だよ~。ボイスボックスとセットのね」

「ボイスボックス……」


 思わず私はその黒い箱を凝視してしまう。


「あ、安心して! 複数出せるように改良したけど、一回で消えるから!」

「……そっか」


 この間のボイスフェザー事件を思い出してしまった。ボックスの方なら問題ないかな。


「それで、ボイスボックスとセットって?」

「うん。もう一つ、ボイスボックスに繋がってる魔法があるんだけどね」


 アイリンが説明を始めようとしたところで、


『こっちに逃げよう!』


 後ろからアイリンの声が聞こえた。塔の外周、ちょうどハミールが見えなくなったところだ。すると、


「なんですって!? いつの間に回り込んだのです?」


 アイリンの声に混乱するハミールの声が聞こえる。これは……。


「もう一つの魔法とボイスボックスの間を誰かが通るとね、ボイスボックスが発動するんだよ」

「……え?」

「アイちゃん、それ見えないトラップってこと?」

「うん、そういうイメージかな~。まだ名前決めてないんだけどね」


 アイリンはいくつか黒い箱をばらまいていた。

 そのうちの半分がボイスボックスで、もう片方は魔法を発動させるトラップだったんだ。


『こっちに逃げよう!』

『こっちに逃げよう!』


「な、なんですか? どこから声を……!?」


 次々に聞こえてくるアイリンの声に、ますます混乱するハミール。

 これなら逃げることができそうだ。


「さすがアイリン。ほんと、未分類魔法には可能性があるね」

「えへへ、それほどでも~」


 別の魔法を発動させる、スイッチのような役割の魔法。これもなにかで使えそうだ。

 そしてなにより、二つの魔法を繋げる……。


「ほら、早く逃げましょ。いずれバレるわよ」

「うんっ。塔の裏口から中に入っちゃおう」


 そうだ、今は魔法のことを考えている場合じゃなかった。


 物理的な足止めをしているわけじゃない。サキの言う通りタネがバレたらすぐに追いかけてくるだろう。今の内に距離を稼がないと――


 後ろから感じる、プレッシャー。そして、


「冷静に考えれば、後ろに回り込むのは不可能です。普通に追いかけるべきでした」


「――アイちゃん危ない!」


 ブワッ――!


 風と共にあっという間に距離を詰めるハミール。振り返ろうとするアイリンに向かって、剣を振り上げた。


「あっ……」

「惑わされるとは、私もまだまだ未熟。アイリンさん、覚悟!」


 ガギィィィィィ!!


「ひゃ――――っ! あ、あれ??」


 目を瞑って頭を抱えたアイリンが、そーっと目を開く。

 速過ぎて、私もサキも手を出せなかった。

 でもアイリンとハミールの間には……。


「まさか今のタイミングで間に入られるとは思いませんでした。チルト」


 チルトが、手にしたナイフの腹で木剣を受け止めていた。


「さすがにさ。アイちゃんに怪我させるわけにはいかないんだよね」


 そう言ってチルトが剣を払うと、ハミールも後ろに下がる。


「ごめんね、みんな。巻き込んじゃって。最初からこうするべきだった」

「チルちゃん……」


 背中を向けたまま、私たちに謝るチルト。

 ……私でもわかる。あの元気で明るいチルトが、怒っているのを。


「ハミ、ボクが相手してあげるよ」

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