39「イメージを揃えて」クランリーテ


「待ってください、学校全体に魔法ですよ? あたしたち、そんな広範囲魔法……あ、オイエン先生できるんですか?」

「いいえ、さすがにこの範囲は難しいわ。……ひとりでは、ね」

「ですよね……え?」


 一人では? オイエン先生の言葉に、私とサキは首を傾げる。


「クラリーさんとサキさん、二人分のマナなら十分できると思うわ」

「二人でも難しいですよ! この学校の半分を一人でやるんですよね?」

「さ、さすがに厳しいわね……」

「さっきも言ったでしょう? 不可能と決めつけてはだめ。魔法はイメージ次第でどんな魔法にもなる。そう教えたはずよね?」

「そうですけど……でも」

「安心なさい。私が二人の魔法を誘導しますから。さあ、こっちに来て。ここに向かい合って」


 私たちは言われた通りに、先生の前で向かい合う。

 先生の膝で横になっているアイリンの顔は、もう真っ青で……。


(早く、なんとかしないと!)


「クラリーさん。アイリンちゃんならまだ大丈夫よ。心を落ち着けて」

「はっ……はい」

「これから二人が起こす魔法は、広範囲の風魔法です。といっても、そよ風を吹かすだけの弱い魔法」


 そよ風を……。なるほど、それなら広範囲な魔法にできるかもしれない。

 だけど学校の半分となると、どうだろう。


「ちなみに二人それぞれが魔法を使うわけじゃないわよ? 二人でひとつの魔法にするの」

「え? わたしとサキで……」

「……ひとつの魔法を?」


 複数人で一つの魔法を発動させることで、より強大な魔法にする。

 合同魔法というものがあることは知っているけど、でもあれは、


「儀式が必要なんですよね、合同魔法って」

「あたしたち、さすがに儀式は知らないんですが……」

「それはもっと大人数で行う場合よ。そもそも、合同魔法でどうして儀式を行うかわかる?」

「え? ……どうしてだろう」

「風習、習わし、伝統……ですか?」

「いいえ、サキさん。もちろんまったく無いとは言えないけれどね。正解は、お互いの魔法のイメージを揃えるため。つまり呪文と同じ役割なの」

「そうなんですか? 呪文と同じ――それって!」

「……そっか、魔法のイメージを揃えられれば、別に儀式は必要ないんだ」

「ちょっと待ちなさいよ、つまり、あたしとクラリーのイメージを揃えるってこと!?」

「はい正解。心配いらないわ、私がきちんとイメージの誘導をします。ふたりは私のあとに倣って呪文を唱えてちょうだい」

「で、でも、あたしには……」

「サキ、やろう」


 不安そうな顔をするサキの手を取り、ぎゅっと握る。


「ク、クラリー!?」

「大丈夫、私たちならできるよ。オイエン先生もついてる」

「それはそうだけど、そういうことじゃなくて――」

「私は……これ以上、アイリンの苦しそうな顔を見ていたくない」


 マナ欠乏症で倒れた時、アイリンは私のために必死にどうにかしようとしてくれた。助けてくれた。

 だから、今度は私の番。一刻も早くその苦しみから解放してあげなきゃ。


「っ……! あ、あたしだって同じよ。ほら、早くやるわよ」

「サキ……!」


 私たちは両手を胸の辺りまで挙げて、手のひらを合わせる。


「アイリンちゃん、本当にいい友だちを持ったわね。……さあ、始めますよ。まずはこれから使う魔法を大まかにイメージしてちょうだい。学校全体に、そよ風が吹き抜けるのを想像して」


 学校全体……。ひとりでは絶対に無理だけど、サキとの合同魔法なら、カバー……できる? ううん、できる。オイエン先生もそう言ってくれた。私たちならできる。可能性を否定してはいけない。


「全体といっても、横に広くでいいのよ。そうね、念のため五階までにしましょうか。塔の方もそれで大丈夫でしょう」


 確かに、あまり高くまでは行っていないはず。五階までで十分。そうすることで、カバーできる範囲を広げられる。


「だいたいのイメージができたかしら? それでは、いよいよ呪文だけれど……。クラリーさんは、普段あまり呪文を使わないそうね?」

「え? あ、はい……なくてもイメージできるので」

「素晴らしいことね。だけど属性魔法を深く識りたいと思うのなら、呪文のことも勉強するべきよ」

「呪文の勉強、ですか?」

「ええ。最近ね、こんな研究もされているの。呪文には、単にイメージ補強のためだけじゃない。一つ一つの言葉にも、意味があるのかもしれない」

「…………」

「特に古くからある呪文には、そういう傾向がありそうだって。まだまだ仮説の段階で、実証されたわけではないけれどね。可能性はゼロじゃない。だから、頭の片隅にでも置いておいて」

「……はい」


 私は、ついつい呪文を軽視して、自分のイメージだけで魔法を出そうとするクセがある。授業で習っても、口にする呪文はイメージから切り離していた。

 呪文の内容に意味があるなんて……考えもしなかった。


 でも今オイエン先生がこの話をしたのは、それを私に教えるためだけじゃない。

 私がしっかりと呪文を意識しなければ、サキとイメージを揃えることができないんだ。


 一旦、自分の中で完成させていたイメージを消す。呪文を唱えながら、私とサキの二人で、イメージを作るんだ。

 サキがこっちを見ている。私はその視線を真っ直ぐ受け止め、同時に頷き合った。



 オイエン先生が、呪文の詠唱を始める。


「――マナは満ちる。広く、広く、世界の果てまで溢れ出す」


『マナは満ちる。広く、広く、世界の果てまで溢れ出す』


 私たちは呪文を復唱する。

 そう、この世界にはマナが満ち溢れている。


「マナは隣りにある。果てにある。どこにでもある」

『マナは隣りにある。果てにある。どこにでもある』


 すぐ側にも、果てにも、常にマナはある。どこにでも、ある。


「どうか、私たちにマナの祝福を」

『どうか、私たちにマナの祝福を』


 この魔法が上手く行くように――。


「春の風は優しく、どこまでも、どこまでも」

『春の風は優しく、どこまでも、どこまでも』


 優しい風が学校中を吹き抜ける。ううん、学校にこだわる必要はない。どこまでも、広く、広く。


「そよ風は波の如く、どこまでも、どこまでも」

『そよ風は波の如く、どこまでも、どこまでも』


 波紋の中心は、私とサキの手の中に。

 さあ、風を吹かせよう。

 この魔法に、名前を付けて――。


『サイレント・スウィング・ウィンド』


 私とサキが魔法を発動させる。


 瞬間、ふわっと――重なった手のひらから、優しい風が広がった。

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