34「風属性魔法の講義」クランリーテ


「えぇ? アスフィール先生がアイリンのおばあちゃん!?」

「ウソでしょ!? ちょっとアイリン、もっと詳しく――」


「はい、みなさん静かに! アスフィール先生がいらっしゃいますよ!」


 担任の先生の声に大講義室が静まり返る。

 私もサキも、仕方なく身体を前に向けた。アイリンに問いただしたかったけど……後でたっぷり聞けばいい。それよりも講義をしっかり聴かないと。


 大講義室の扉が開き、背の低い白髪の女性が入ってくる。

 おぉぉ……本物のアスフィール先生だ。


「初めましてみなさん。オイエン・アスフィールです。今日は風属性の講義をするということで……あぁ、そんなに固くならないで。肩の力を抜いてね。大丈夫よ、堅苦しい授業をするわけじゃないから。リラックスしてね?」


 教室に小さな笑いが起きる。


 教壇に立ったアスフィール先生。白い髪は結い上げてお団子にし、白いシャツにベージュのパンツ。物腰の柔らかい口調で表情も明るい。背筋もピンとしていて思っていたよりも若く見えた。

 アイリンのおばあちゃんということは、そこそこご高齢だと思うんだけど……。


「みなさん、属性魔法のことはどう思ってるかしら? 研究し尽されている、新しい魔法はもう生まれない、そんな風に思ってる? ……ふふっ、この学校に通っている生徒がそんなこと考えているはずないですよね」


 先生はゆっくり歩いて、教卓の横に立つ。


「この学校に通う属性魔法科のみなさんなら、属性魔法の奥深さを知り、底の知れ無さに触れたことがあると思います。魔法はイメージ次第でどんな形にもなり得ますからね。例えばこのように……穿ちなさい、ピンホールウィンド」


 教卓の上から手のひらくらいの紙きれを掴み上げると、ピンッと甲高い音がして紙が揺れた。


「いまこの紙に、針よりも小さな穴を開けました。はいどうぞ、後ろに回していってください」


 先生が一番前の人に紙を渡す。おぉぉ、とか、ほんとだ! という声が前から順々に聞こえてきて、私たちの手元にも回ってきた。


「た、確かに穴がある……」

「クラリー、これできる?」

「無理だよ……こんなに細かい魔法」


 私は紙を後ろに回して、ほうっと感嘆のため息を漏らした。


「このように、魔法はどこまで小さくできるし、逆にとても大きくすることもできます。……もっとも、人が取り込めるマナの量には限界があるので、実際はどこまでもとはいかないんですけどね」


 一度に使える魔法の大きさには限界がある。マナは満ちあふれているけれど、取り込める量は決まっているから。でも、例えば今の小さな魔法なら……。


「今、小さくする分には問題ないと思いましたか?」


 ぎくりとする。まさに、それを考えていた。


「さっきの魔法ですけどね、使うマナを少なくして小さくすると、あのような穴は開かなくなります。威力が足りなくなるの」


 あ……そっか。あんな風に紙に穴を開けるには強さもスピードも必要。少ないマナでは不可能だ。


「多量のマナで小さな魔法を発動するのは、実はものすごく難しいのよ。後で試してみてね」

「先生、コツを。教えてあげられませんか」

「え? ……そうねぇ、その方が講義っぽいわね」


 横で控えていた担任の先生がアスフィール先生に耳打ちをする。

 ナイスです、先生。


「マナをぎゅうっと、圧縮するイメージをすると成功しやすいですよ。それこそ針穴に無理矢理マナを詰め込むみたいに、ね」


 圧縮……。イメージ、鋳型を針のようにするだけではだめ。そこに、大量のマナを詰め込む……。


「魔法はイメージ次第でどんな形にもなり得る。それはつまり、自分ではイメージしたことのない、誰かがイメージした魔法が存在するということなの。ううん、誰も見たことのないような魔法だってあるはずよ?」


 言いながら、アスフィール先生がこっちを見たような気がした。


「ですからみなさん、この学校で色んな魔法を識ってください。イメージできなかったことは、知ることで、見ることで、試すことで、自分のイメージに加えることができます。そうやって自分の中のイメージを増やして、新しい魔法を生み出してくださいね」


 アスフィール先生がそう締めくくると、教室の生徒たち全員が拍手をする。

 私も力いっぱい拍手をした。

 新しいイメージ。マナを圧縮する。……早く試してみたいな。


「え? まだ時間がある? それじゃあとっておきの魔法を披露しましょうか」


 アスフィール先生のその言葉に拍手が止み、教室が再び静まり返る。

 先生は少しだけ笑って、手を前に伸す。


「風よ集え、風よ止まれ。私は求め、創り出す。空を歩む者、道は今ここに。エア・ウォーカー」


 呪文を唱え、でも特になにも起きない。……この魔法は?


 先生は腕を下げると、一歩、前に――


「なっ……えぇ?!」


 二歩、三歩と――階段を上るように、先生が宙に浮いた。


 教室にどよめきが走る。私とサキは思わず立ち上がっていた。


「ど、どうなってるのよ、あれ……風属性の浮遊魔法じゃないわよ?」

「うん。浮遊魔法は辺りに風が吹き荒れるけど、なにも起きてない。まるで……」


 チルトの持っている魔剣。浮遊導剣フローティング・ナイフみたいだ。


 ……いや、違うかな。あれはもっと、ふわふわと浮いてる感じだった。

 アスフィール先生は、まるでそこに足場があるみたいに立っている――。


「……え? もしかして、風魔法で足場を……」


「あら? 今どこかから正解が聞こえてきましたね。これはね、大きな風魔法を小さく固めて固めて、足場にしているのよ。さっきの圧縮のイメージをさらに拡大すると、こういうこともできるようになる。そのお手本ね」


 風で自分を浮かせるんじゃなくて、足場を作って立つ……。


「どうかしら? 私が今研究中の魔法なのよ。すごい?」


 先生がそう聞くと、呆気に取られていた生徒たちが我に返り、一拍おいてから拍手が巻き起こった。


 すごいです、アスフィール先生! こんな魔法見たことがない!

 これがあれば、周りに影響を与えずに高いところへ行ける!


「ありがとう。でもね、研究中ということは、まだ未完成ということなのよ」


 先生が階段を降りるようにして、教壇に戻る。

 未完成? これのいったいどこに、未完成なところがあるんだろう?


「魔法を解くと、風が暴走しちゃうのよね」


 ……暴走?


 ぱちんっ。

 先生が指を鳴らした途端、


「う、うわぁぁぁぁ!?」


 ブオオォォォォォォ!!!


 教室中に風が荒れ狂い、机の上の物が全部吹き飛ばされる。

 さすがに人が飛ぶほどではないけど、髪はボサボサ、立っていた女子はスカートがめくれそうになって慌てしゃがみ込む。


「ごめんなさいね。魔法の研究には失敗、トラブルもあるということ。わかってくれたかしら?」


 ……はい、身をもって知りました……。

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