32「いってきます」アイリン
「あらクラリー。いらっしゃい。今日はいつもの?」
「うん。まだ残ってたけど、そろそろ古くなってきちゃったから」
「クラリーちゃん、もしかしてマナ欠乏症の……?」
わたしがおそるおそる聞くと、クラリーちゃんはちょっと笑って、
「そうだよ。ていうか、そんな気を使わなくていいのに」
「うぅ、そうだね。ごめん」
クラリーちゃんの言う通りだ。こっちがあんまり気にしすぎるのもよくないよね。
「発作を抑える薬は保存があまり効かないんです。薬に込めたマナが外に発散されてしまって……」
「でも、無いともしもの時困るから。こうして買いに来るんだよ」
確かに常に持っていないと、クラリーちゃんも不安だよね。
学校で発作が起きた時は本当に驚いたから。
「そんなに高価なものじゃないんだ。はい、ナナシュ。お金」
「ありがとうございます。薬の製法も簡単で使う素材も少ないから、安いんですよ」
クラリーちゃんがお金を渡し、ナナシュちゃんはカウンターの裏側から薬の入った袋を取り出して手渡す。
「それで、アイリンはどうしてここに?」
「おつかいだよ~。こっちに住んでるおばあちゃんの所に行ってたんだ。その帰りに、偶然ナナシュちゃんのお店を見付けたの!」
「なるほど。アイリンはニィミ町なんだっけ」
「うん! この辺り、慣れてないわけじゃないんだけどね。学校行くときも通るし。でも休みの日に見ると違った感じするよ」
「違った感じ?」
「ん~……普段見てるようで見てなかったものが、ゆっくり歩くことで見えるようになったって言えばいいのかなぁ。ほら、ナナシュちゃんのお店も見付けられたし」
「あ、そういうことならわかる気がしますね」
「なるほど。ゆっくり歩くことで、新しい発見ができたってことかな」
言いたいこと、ふたりに伝わったみたいだ。よかった。
「そうだ。それで思い出したんだけどナナシュちゃん、お隣のタルト屋さん美味しそうだね!」
わたしがそう言うとクラリーちゃんが、
「あ、それ私も気になってた。焼きリンゴタルトでしょ?」
「そうそう! お店の前で実際に焼いてるんだよね~。香りがすごい!」
「私、お隣だからよく買いに行くよ。とっても美味しいんです」
「へぇ……。ここにはよく来るけど、実は食べたことはないんだよね」
「そうなの? ね、じゃあさ。……このあと、時間あるなら食べていかない?」
わたしは思い切って誘ってみる。来てくれるかな?
「……いいよ。ずっと気になってたし、行こっか」
「やったっ!」
わたしは思わず飛び跳ねて喜ぶ。誘ってみてよかった!
「アイリン? そんなに食べたかったの?」
「ふふっ。よかったですね、アイリンちゃん。焼きリンゴタルト、本当に美味しいよ」
「ふおおお、楽しみ! ……あっ、ナナシュちゃんはお手伝い中なんだよね」
「はい。あ、気にしないで。私はその、何度も食べてるから……ね。ふたりで行ってきて?」
ナナシュちゃんがそう言って手をぶんぶんと振っていると、
「――ナナシュ? 友だちが来てるのね」
カウンターの奥から女の人の声が聞こえてきた。
「あ、お母さん。ごめんなさい、騒がしくして」
「いいのよ。それより、店番はもういいから。一緒に行ってきなさい」
「えっ、でも……」
「ついでに私の分も焼きリンゴタルト買ってきて。お金は後で渡すから」
「……うんっ! ありがとう、お母さん!」
ナナシュちゃんがエプロンを外してカウンターから出てくる。
やっぱりナナシュちゃんも食べたかったんだね。こんなに嬉しそうな笑顔なんだもん。きっとそうだ。
「ナナシュちゃん。優しいお母さんだね」
「はい! あっ……アイリンちゃん、クラリー。私もご一緒していいですか?」
「今さらなに言ってるんだよ、ナナシュ」
「そうだよー。ナナシュちゃん、一緒に行こう!」
「――はい! それでは」
「「「いってきます!」」」
いってらっしゃい、店の奥から返事が聞こえて、わたしたちは扉を開けて外に出た。
カランカラン。
*
ちなみに。
みんなで食べた焼きリンゴタルトは本当に美味しかったよ。
口に入れると、じゅわっとリンゴの香ばしさが広がって。サクッとした生地と相性抜群! 魔法で焼きたてアツアツとろとろ。もう最高! だから――
食べ終わってからも学校のことや住んでる地域のこと、色んな話に花が咲いてついつい長居をしちゃって。
――わたしたちはおかわりを注文してしまったのでした。
未分類魔法クラフト部
クラフト5「それぞれの日常」
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