30「医療薬学科の日常」ナナシュ
私は自分の机の上に、手のひらほどのブラト紙を広げる。
この紙はブラトーの樹の樹皮から作られたもので、マナが染みこんでいる。体内で溶けやすく薬を包んだりするのに向いている。
紙の上にブルードロップを五粒。水色の小さなあめ玉のような粒で、これはロップの樹の樹液から作られている。マナをため込む特性があるから、これにマナを注ぐだけでマナ欠乏症の発作を抑える薬になるんだけど……。他の薬を作る場合は、もう少し手間が必要。
今回はマナ欠乏症の薬の時よりも大きめな粒を使う。指でぐぐっと押すと、お団子みたいに真ん中にくぼみが出来る。そこに薬草リジェをすり潰した粉を小さじ半分ほど入れていく。
あとはブルードロップで薬を包み込んで、仕上げに魔法。これが一番難しい。
「灯火よ右手に。雫は左手に」
まず火属性魔法を使い、ブルードロップを火で炙る。ぐにゃっとしてきたら、火を止めて水属性魔法を使う。中にゆっくり水を流し込んでいくと、次第にオレンジ色に変わっていく。水を入れ終えたら火属性魔法を再開。だんだん赤くなって……ぽんっ! 弾けて、ドロドロの液体になった薬がブラト紙に染みこんでいった。
「はふ……完成です」
もう一枚、上からブラト紙を重ねて乾かないようにする。
これを剥がして傷に貼ると回復が早くなる。湿布薬の完成。
「みなさーん、できましたかー? できたら先生に見せに来てくださいね」
「あっ、はい。先生、できました」
私は早速、完成した薬を先生に見せに行った。
*
授業は終わり、休み時間。あのあと時間が余ってしまって、湿布薬は二つ作ることができた。
作った薬は自分で使っていいって言われたけど……私はあまり必要がないから、どうしよう。
「ナナちゃーん、いるー?」
「あ、チルトちゃん」
チルトちゃんが教室の入口で私を探している。
未分類魔法クラフト部で知り合った彼女は隣りのクラスの冒険科。チルトちゃんのことは少し知っていたけど、まさかこんな風に名前を呼び合うようになるとは思わなかった。まだ慣れないというか、気恥ずかしいというか……ちょっとだけ不思議な感じ。
私は席から立ち上がり、チルトちゃんの所に向かう。
「どうしたの? チルトちゃん」
「ねぇねぇ、傷に効く薬ない? 膝擦りむいちゃって」
「薬でいいの? 回復魔法じゃなくって?」
「うん! 回復魔法ならすぐ治るんだけど、それだと自分の回復力が鍛えられないんだよ。だからちょっとした怪我なら薬で治した方が自己回復力が高まるんだって。冒険科の人はみんなそんな感じだと思うよ」
「へぇ……知らなかったです。それならちょうど、授業で作った湿布薬があるよ?」
「お? ラッキー! もらっていいの?」
「私は使う機会がないし、チルトちゃんが使ってください」
「ありがとー! じゃ、さっそく……」
渡した湿布薬を早速擦りむいた右膝に貼る。薬のところがベタベタしていて、肌に張り付くようになっている。よっぽど派手に動かない限りは、効果が切れるまで剥がれないはず。
「もう一つ作ったから、予備に持っていってください」
「やった! ほんとありがとねーナナちゃん!」
「どういたしまして。またなにかあれば言ってください。私も、薬を作る練習になるから」
「うん! わかった! それじゃまた、放課後にー!」
「はい。部室でね」
チルトちゃんはそう言うと、廊下を走って自分の教室に戻っていく。
元気だなぁ……チルトちゃん。それに……。
「ね、ねぇ、ナナシュさん? チルトちゃんと知り合いなの?」
「すっごく親しげに話してたよね!? 冒険科のスーパースター、チルトちゃんと!」
クラスメイトの女の子に詰め寄られ、私は後ずさる。
「は、はぅ……。ちょっと縁があって、お友達に……」
「いいなー! わたしもチルトちゃんとお話ししたい!」
「なかなか話しかける機会がないよね……隣のクラスだけど、科が違うし」
チルトちゃん、もう少し自覚を持って欲しいですね。冒険科で派手なアクションを見せる彼女は、この医療薬学科で有名人だってことを。
「ナナシュさん羨ましいなぁ。ねぇ、チルトちゃんってどんなこと話すの?」
「えっと、探検家のことが多いよ。やっぱり。あとは幼馴染みの――」
ふぅ……これはしばらく解放されませんね。
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