17「魔剣」クランリーテ


「ふっふっふ。これがボクの魔剣だよ」


 チルトが懐から取り出したのは、一本のナイフ。

 レザーケースに収められたそれを引き抜くと、現れたのは漆黒の刀身。

 これが……。


「魔剣っていうけど、これに殺傷能力は無いんだ。ほら、見て見て」

「あ、ほんとだー。刃の所が真っ平らだね?」

「ナイフみたいな形だったから木製の柄を付けてそれっぽくしてあるけどね。実は魔剣って剣の形をしている物は少ないんだよー」

「そうなの!?」

「最初に発見されたのがでっかい剣だったから魔剣って名付けられてねー。同じように特殊な魔法が発動する古代アーティファクトは全部魔剣って呼ぶことになったんだって」

「へぇ~! 知らなかったよ! 面白いねぇ」


 感激しているアイリンの横で、私はじっと魔剣を見つめていた。


「私は……その話は知ってたけど、でも、実物を見るの始めて……」

「クラちゃん、どうどう? 気になる?」

「うん……。ねぇチルト、これって周囲のマナを吸収してる?」

「お? そこに気付くとはさすがだね。そうなんだよ、常にマナを吸ってるんだ。理由は解明されてないけどねー」

「常に、マナを……」


 まるで……呼吸しているみたいだ。

 人は魔法を使う以外でも、呼吸で微量のマナを取り込んでいる。取り込んだマナは体内を巡り、身体を動かすエネルギーとなる。

 魔剣も同じように、その力を維持するためにマナを取り込んでいる?

 だとしたら私は、魔剣についてもっと知る必要があるかもしれない……。


「ほんっと興味津々だねー。クラちゃん、魔剣、使ってみる?」

「つかっ……えっ、い、いいの? というか使えるの?」

「うん。握ってマナを込めるだけで、誰でも使えるよ」

「へぇ……」


 ほいっと、まるでペンを貸すように魔剣を手渡してくるチルト。

 ほ、本当にいいのかな。私が使って。


「……あ、ここで使って大丈夫なの?」

「心配ないよ! 周りに影響を与える魔剣じゃないもん。使用者のみに効果が出るよ」

「そうなんだ……。どんな効果が?」

「それは使ってみてのお楽しみ!」


 使用者のみに効果が出る、か。ちょっと不安だけど、効果を知っているだろうサキが静観しているのを見るに、危険は無いんだと思う。

 ……どっちかというと、魔剣を使って私自身が大丈夫か? という不安が大きい。

 でもマナを込めるだけなんだし、魔法を使うのと変わらないはず。だからきっと……うん。


 私は魔剣の柄を掴んで、マナを流し込んでみる。


「えっ、なにこれ……お、おぉぉぉ?!」


 思わず変な声が出た。

 足が、床が、離れて――うわっ、浮いてる?


「わ、わ、ふおおおぉぉ!? 浮いてる! 私、浮いてるよ!」

「へっへー。いいリアクションだねクラちゃん! ボクの魔剣の名前は浮遊導剣フローティング・ナイフ。使用者を宙に浮かせることができるんだ」

「すごいよこれ! 風属性魔法でも浮くことはできるけど、あれはものすごい風が発生するんだ。でもこれは本当に周囲になんの影響も与えてない! どうやって浮いてるんだろう……!」

「いいなー。わたしも使ってみたい! クラリーちゃん次わたしね!」

「う、うん。ちょっと待って、もう少しだけ」


 ふわふわと浮遊する不思議な感覚が面白くて、ついそんなことを言ってしまう。


 国内の古代遺跡からもいくつか魔剣が発見されているらしいけど、魔剣の魔法についてはあまり研究が進んでいないと聞く。

 実際に魔剣の力を体験して、その理由がわかった。


 これは属性魔法とは大きく異なる魔法だ。

 そしてそれは、四属性魔法がすべてのターヤ王国にとってあまり歓迎されない。


 同世代の他の人よりも私は上手く属性魔法を扱える。その自覚はある。だからこそ、四大属性魔法の偉大さがわかる。

 イメージしやすく扱いやすい、誰にでも簡単に使えるのが四大属性の特徴。世界中の人が使い、魔法の基礎、文明の基盤となっていった。

 その一方で、突き詰めたらどこまでのことができるのか……底の知れ無さがある。イメージしやすいからこそ、深く、深く、どんな形にでも魔法は変わっていくから。

 ターヤ王国が四大属性魔法を至上として崇め、研究に力を入れるのも当然だった。


 でも、属性魔法の埒外にある魔剣の魔法から目を逸らすのは違うはず。

 どの国もまだ解明できていない魔剣について、ターヤ王国もしっかり研究するべきなんじゃないかな……。


 ……ちょっと前ならこんなこと疑問にも思わなかった。

 アイリンと出会って、私は少し変わったのかもしれない。


 私は魔剣にマナを注ぐのを止めて、床に足を付ける。バランスを崩しかけたところをチルトが支えてくれた。こうなるとわかっていたみたいだ。


「ありがとう……。チルト、アイリンにも貸していい?」

「もっちろん。アイちゃんも試して試して」

「やったぁぁぁ!」


 私はアイリンに魔剣を渡して椅子に座る。なんかまだ浮いてるような、へんな感覚が残っている。

 一息ついていると、じっとサキに見られていることに気が付いた。


「……クラリー、あなたがそんな風にはしゃぐなんて、意外ね」

「えっ、私はそんな、はしゃいでなんてっ」


 そう言われて、手を振って否定しようとしたけど……。


「掴んでマナを込めるんだよね。……ふお? ふおおおおぉぉ! 浮いたぁぁぁぁぁ!!」


 アイリンが宙に浮かび、興奮して大声をあげた。


「あんな風だったわよ?」

「うっ……」


 否定……できなかった。確かに私もかなり大きな声を出していたかも。

 私は顔が熱くなりアイリンから目を逸らす。すると、チルトが側にやってきた。


「クラちゃん、この魔剣でどんなことができると思う?」

「えっ? そ、そうだね……あ、空を飛べたりするの? 山を飛び越えたり」

「残念。ふわふわ浮くだけなんだよねー、この魔剣。スピード出せないんだ。移動には向いてない」

「そっか……。あ、じゃあ高いところから落ちても大丈夫とか?」

「せいか~い! 遺跡ってさ、やっぱ足場が悪いところ多くてさ。崩れたりするんだよ。でも浮かぶことができればかなり安全に探索できる!」

「なるほど。遺跡探索向きの魔剣なんだ」

「そゆこと。サキはこの魔剣の魔法を研究してくれてるんだよねー」

「あ、こらっ、また! そういうのを勝手に言わないでよ」

「サキが……? 浮く魔法を?」

「もう……。別に魔法の解明なんて考えていないわよ。あたしは、魔法道具を作れないかなって思って」

「ほわあああ、魔剣の魔法が発動する魔法道具?」


 アイリンが床に降りて話に加わってくる。私と同じようによろめいてチルトに支えられていた。

 アイリンが椅子に座るのを待って、サキが答える。


「違うわよ。魔剣の魔法を真似たいんじゃなくて、増幅する魔法道具を作れないかなって思ってるの。現状、魔剣を強化する道具は存在しないわ」

「そうなんだぁ。あれ? でも浮く魔法を増幅するとどうなるの?」

「クラリーが言ってたでしょ。空を飛んだりできないのかって。山を越えたりね。それを可能にしてみたいの」

「おぉ! 空飛べたら格好いいね!」

「だよねー! ボクもサキには期待してるんだ!」

「や、やめなさいよ、もう」


 そっか、サキはすでにこの魔法を研究しているのか。解明する気はないって言うけど、魔法道具を作るなら魔法の仕組みがわからないと難しいだろうし……すでに色んな検証をしているのかもしれない。あとで詳しい話を聞いてみたいな。


「そ、それより。魔剣の話で盛り上がっちゃったけど、チル。あんたに聞きたいことがあるの」

「へ? ボクに? なになに?」


 そうだ。そもそもサキは、アイリンの離れた人と話す魔法の研究に役立つからと、チルトを紹介しようとしていたのだ。ようやく本題に入る。

 サキはチルトをじっと見つめて、


「チル。スマート鉱石、調達できない?」

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