第12話 追いかけっこ、よーいドン

「君っ!」


 レオンはミチを見つけた瞬間駆け出した。

 この絶望的な状況の中パッと目を輝かせたレオンを見て、ミチは顔がカーッと赤くなった。

 ミチと出会えたことを喜んでいるように見えたからだ。

 ミチはグロキシア火山ではレオンの姿を認識していなかったし、キャンディタウンで見かけて追いかけて来ただけで、こうして対面するのは初めてだ。

 だから出会いを待ちわびてくれていた、なんてことはあり得ないと思い、落ち着こうと深呼吸をしたが顔を上げることは出来なかった。


「!! い、いらっしゃいませ……」


 ミチの視線の先にある赤土の地面に汚れたブーツが現れた。

 確認しなくても分かる。

 レオンがミチの前に立っているのだ。

 ブーツだけでもミチは「王子様なのにこんなに傷だらけで汚れたブーツを……」とときめいた。


 だがハッと今の状況を思い出し顔を上げると、まだ遠いところでぽかーんとこちらを見ているタルトを見つけた。


「タルトたんも早く店に来て!!」

「タルトって呼ぶな! って……誰? 知り合いじゃないよな?」

「とりあえず来て! ここに来れば魔物に狙われないから!」


 このチュトラリー洋菓子店の客となった人物は敵の標的にならなくなる。

 そして店にはバリアが張られていて、攻撃があたることもない。

 『ショップで買い物中だと敵の攻撃を受けない』というゲームと同じ仕様だ。

 

 グロキシア火山ではミチに溶岩の塊が飛んで来たが、それはたまたまレオンが弾いたものの先にミチがいただけ。

 それに客の呼び込みをするため、ミチは店のバリア外に立っていたので溶岩の塊叩き落としたが、店の中にいればバリアがはじき返していた。


 ミチはレオンの手を引きバリア内のショーケースの前に立たせると同時に、タルトに「早く来て!」と合図をして急かした。

 何がなんだか分からないタルトだがオブシディアンビーの接近を感じ、言われるがままにミチの元へと駆けた。


 タルトがレオンの隣に立った時にはオブシディアンビーが続々と現していたが、三人に攻撃をして来ることはなかった。


「本当だ……」

「でしょ? 無事でよかった……間に合ったあ」

「!」


 絶体絶命状態で錯乱していたタルトは、ここで漸くミチの姿をはっきりと認識した。

 少し風変わりだがメイドのような恰好に、年齢の読めない堀の浅い顔つき。

 小動物を彷彿とさせる真っ黒でつぶらな瞳。

 背丈はタルトよりも低くかったため、「年下かな」と思った。

 実際にはミチは十八歳、タルトは十五歳なのだが、タルトは年上だとは全く思わなかった。


「……かわいい」


 ミチの幼さを感じるあどけない表情に、タルトは思わず呟いた。

 無事を心底喜んでくれていることにもタルトはきゅんとせずにはいられなかった。


「?」


 ミチはタルトから視線を感じていた。

 今、確かに「かわいい」と聞こえた。

 自意識過剰かもしれないが、それが自分に向けられたもののよう思えた。


「ああ、そっか」


 『可愛い』が嫌いなタルトに「かわいい」と言われたということは、第一印象が良くなかったということか、と独自の解釈でミチは納得した。

 悲しかったが、今は仕事に集中することにした。


 店には制限があり、長時間開店しておくことは出来ない。

 応援が来るまでここで避難させてあげることは不可能なのだ。

 ミチが駆除すること出来るがそれは躊躇われた。

 チュトラリー洋菓子店本来の役割をまず果たしてみて、それでも駄目なら密かに手助けしようとミチは思っていた。


「オススメはこれです!」

「!!」


 ミチがタルトに差し出したのはショコラケーキだ。

 思わずレオンの顔が強張った。

 グレンからダグラスはこれを食べて、進化したのか退化したのか謎だが、マッパアッパーというものに変化したと聞いた。

 止めるべきか悩むレオンだったが、差し出されたタルトが受け取るのに難色を示した。


「ごめん、甘いものは嫌いなんだ。特にケーキとタルトは……」

「……」


 タルトの言葉にミチは無言で悲しい顔をした。


「買う。食う。俄然食いたくなってきた!」

「ありがとう!」


 タルトは無事を喜んでくれた可愛い女の子の悲しい顔に耐えられなかった。

 ミチはタルトの笑顔を見て嬉しくなり、笑顔を返した。


「……」


 笑い合う二人を見守っているレオンは面白くなかったが、タルトがミチからケーキを受け取り、一気に食べようと大きく口を開いたところでハッとした。


「ル、ルト……それは……!」

「レオン様にはこれです!」


 食べさせてもいいのか……せめて事前説明だけでもしてあげたいと焦るレオンの前にも、ミチはひとつのケーキを差し出した。

 カップサイズの丸いケーキだ。

 山の形に似ているそれは、栗をふんだんに使ったモンブラン。

 ケーキの上には大きなマロングラッセ。

 ショートケーキやパフェに疲れていたレオンには美味しそうに見えたが、情報の無いケーキは不気味なものに見えてしまった。

 果たして服がはじけ飛ぶのか……もっと恐ろしいことが起きるのか……。


「お願い、食べて!」


 食べてもらわないとレオンを強くすることが出来ない。

 レオンの安否に関わることなので、ミチは必死にお願いをした。

 気になっていた娘の懇願にレオンは思わず頷きそうになったが、グレンのマントという腰蓑一枚で山を駆け下りていったダグラスの後ろ姿を思い出すとどうしても手が止まった。

 だが、これを食べると恐らくオブシディアンビーに対処出来る力を得ることが出来るだろう。

 食べるべきだと分かっているが……。

 タルトしかいなければ最悪全裸になることもやぶさかではないが、気になっているミチの前で醜態をさらすのは嫌だった。


「うめえ!!!!」

「ルト!?」


 その言葉でタルトが禁断のスイーツを口にしてしまったことが分かり、レオンは顔を青くした。


「うおおおおおおっ!!!!」


 タルトに目に向けると、ダグラスの姿を彷彿とさせる咆哮をあげている。

 ああ……手遅れになってしまった……許せタルト……全部済んだら、僕の記憶からは努めて抹消するから……。

 そっと目を閉じ、懺悔のような祈りを捧げるレオンの耳には、タルトの駆け出した足音が聞こえた。


 一瞬で遠くからシャキンとタルトの双剣がぶつかった音がした。

 直後、ドサリと何かが落ちる音がする。

 恐らくオブシディアンビーの身体だろう。

 その音は連続してレオンの耳に届く。

 驚くスピードでタルトがオブシディアンビーを屠っていく。

 強い、恐るべき強さだ。

 だが、その代償は大きい。


 それを確かめるべくレオンは恐る恐る目を開け――。


「?」


 目に飛び込んできたタルトの姿に首を傾げた。


「服がはじけ飛んでいない?」

「ああ! あれはあの変た……こほん、あの人がおかしいんです!」


 レオンの呟きにミチが反応した。

 正気のダグラスが聞けば発狂しそうな発言だが、レオンはダグラスではないのでスルーした。

 どうやら本来服ははじけ飛ばないらしい。

 とはいえ、一度はじけ飛んでいるところを見ているので、ミチの言葉をすんなりと信用することも難しかった。


「お願いします! レオン様には絶対に食べて頂きたいんです!」

「もちろん頂きます。最初から頂くと決めていました」


 レオンも気になる娘の上目遣いによる懇願には抗えなかった。

 仕方がなかった。仕方なかったのだ。


「ああ、もう……」


 レオンはこっそりと溜息をついた。

 食べる、と答えたときのパッと輝いたミチの黒い瞳には目眩がした。

 可愛い……たまらなく可愛い……。

 羞恥心が邪魔をして、タルトのように口に出して言えないことが悔しかった。

 もっと娘と話をしたいが、敵をタルト一人に任せるわけにはいかない。

 決心をしたレオンは大きく口を開け、思いきりモンブランに齧りついた。


「!! 美味しい……!!」


 レオンは驚いた。

 王家に生まれたため一般家庭よりも贅沢な食事で育ち、舌が肥えてしまったレオンでも唸るほど美味かったのだ。

 そしてすぐに変化は訪れる。


 消耗していた体力、魔力が回復するどころか、いつも以上に沸き上がってくる。

 ジッとしてはいられない。

 身体の中に収めてはいられないほどエネルギーが溢れ出てくる。


「うおおおおおおっ!!!!」


 レオンはダグラスやタルトのように咆哮を上げた。

 そしてキッと視線に敵を捕らえた。

 タルトに集るオブシディアンビー。


 タルトとダグラスは同じ物理攻撃型だがタイプが違う。

 ケーキを食べた結果、ダグラスは打撃に出たが、タルトは双剣で宙を舞う敵をも叩き斬っている。

 瞬きをしている間に討伐してしまうスピードは素晴らしく、今もハラハラと敵の身体が落ちているが、それでも追いつかないほど敵は湧いている。


 無事服を纏ったまま能力アップを果たすことが出来たレオンは駆け出しながら、全く詠唱のかからない低級魔法を連発した。

 それはオブシディアンビーの身体に当たると、一発で完全に絶命させた。

 これはミチのモンブラン効果だ。

 レオンが食べたモンブランには、魔法の能力アップをもたらす効果があった。

 魔力攻撃力の基礎値は上がり、一定時間十倍に跳ね上がる。

 クリティカル率は100%で、更に敵にダメージが入る。

 結果、本来なら挑発程度にしかならない魔法が一撃必殺魔法になったのだ。

 レオンもタルトに負けること無く恐ろしいスピードでオブシディアンビーを殲滅していく。


 ミチはそんな二人の様子をホッとしながら見守った。


 気づけばレインボータイムを告げる虹は消えていた――。


 オブシディアンビーが湧かなくなり、残ったのは追いついてきたメタルキラーアントとクイーンキラーアントだけ。

 ショコラケーキ・モンブランの両方に耐性消去の効果があるため、タルトの物理攻撃も問題なく効く。

 タルトはメタルに、レオンはクイーンへと攻撃の的を絞り、駆け出した。


「「うおおおおおお!!!!」」


 その瞬間――それは起きた。


 起きてしまった。


 パアーンッ!!!!


 激しい二つの破裂音が重なった。

 それと同時に四方へはじけ飛んだのはレオンとタルトの服だった。

 同時に現れる肌色――。


 これからまだまだ成長するしなやかな筋肉と、適度に鍛えられた彫刻のような美しい身体――。


「ひゃああああ!!!! ええええ!!!? なんでえええええ!!!?」


 ミチは咄嗟に両手で顔を隠し、しゃがみ込んだ。


 一方服がはじけ飛んでしまっている方の二人は、今自分に起こっている惨劇には気づいていない。

 勇猛果敢に敵へと向かって行く。


「何がメタルだ!! ぶった切ってやる!!」


 メタルキラーアントの鋼鉄の身体が刻まれ、散って行く……。


「女王を名乗るほどではありませんね!!」


 クイーンキラーアントの身体は凍りつき、細かく砕け散ったため霧となって消えた……。


 レインボータイムによって激しい戦場となった荒野に残ったのは、レア魔物達が落とした数え切れないレアアイテムとはじけ飛んだ被服の残骸だった。


 立っているのは三人の人間。

 制服姿のミチと、全裸に双剣の少年。

 そしてボロボロにはなっているが、微妙にマントだけ残ったレオンだった。

 隠せているようで隠せていないので、存在意義はほぼないマントをはためかせながらレオンはミチの方へと歩み寄った。

 それにタルトも続く。


「ありがとう……君のおかげだ」

「は、はい……」


 指の隙間から覗いた先にマントが見えたミチは、弾け飛んだのが幻覚だったのかと思ったが、もう少し指を開いて見ると幻覚ではなかったことが分かったので目を閉じた。

 レオンは自分の状態にはまだ気づいていないのか、ミチに話し掛けることを止めない。


「名前を聞いても?」

「! そ、それは……」


 レオンの質問にミチは固まった。

 ミチはチュトラリー洋菓子店の者としては、人と関係することを禁じられている。

 質問に答えることは出来なかった。

 友人や自分の推しのあられもない姿を見て、パニックを起こしていた脳もスッと落ち着きを取り戻した。

 慌ただしくも楽しかった時間が終わり、夢から覚めてしまったようだった。


『これ以上、関わってはいけない』


 誰かの声が聞こえた気がした。


 ミチはその声に従い、閉店の魔法を唱えた。


「君? ……待ってくれ!」


 立ち去ろうとする気配を悟ったレオンが慌てて話し掛ける。


「遅くなったが支払いを……!」

「……結構です。それでは、ありがとうございました……」


 ミチがそう言うと、不思議な気配が店を覆った。

 レオンは咄嗟に手を伸ばしたが、見えない壁があるようでミチには届かなかった。


「また会いたい! どうしたら君に会える!?」


 レオンの必死な声が響くがミチは答えない。

 答えたくても答えられない。


 出会いを――、『また』という絆を求めてくれるレオンの声にせつなくなったミチは、胸を押さえながら前を見た。

 するとそこには、こちらを真っ直ぐに見つめるレオンのエメラルドの瞳があった。


「君を探す」


 レオンの言葉に、ミチは胸に置いていた手をぎゅっと握りしめた。


「必ず見つける。だから……今度会えた時は、名前を教えて欲しい」


 そう言ってふわりと笑ったレオンを見た瞬間、ミチの目には涙が込み上げてきた。

 キャンディタウンで目が合ったと思った時は嬉しくて泣きそうになったが、今は何故泣きたいのかは分からない。

 ただ、胸がいっぱいになり、感情が溢れて来たのだ。

 どうしていいか分からず、困ったような泣き笑いを見せてミチは消えた。


「……消えてしまった」


 残されたレオンを寂しさが襲ったが……それはすぐに消えた。

 約束――というより一方的に行った宣言だが、それはいつか果たされるような気がした。


 必ず叶える、そう遠くない未来で――。


 店があった場所の空を見上げ、レオンは改めて誓いを立てたのだった。


「レオンさん……おれ達の服……どこいったんですかね……」

「え?」


 どこか清々しい気分でいたレオンに現実を突きつける声がタルトから上がった。

 言われたことの意味が分からず、きょとんとしてしまったレオンだったが、一つ心当たりのある現象を思い出し、まさかと思いながら視線を自らの身体へと向けた。


「!!!? ……なんということだっ!!」


 そこにあったのは、ほぼ存在意義のないマントと……いや、マントしか無かった。

 装備による防御力0な状態に、レオンは愕然とした。


 いつのまに自分はこのような状態になってしまったのだ。

 この様な状態であの娘に誓ってしまったのか。


 レオンは目眩に襲われ、一瞬頭が真っ白になった。


「レオンさん、マントが残っていてずるいですよ! まあ、それはそれで変態臭いですけど!」

「……ぐっ」


 レオンは変態という言葉を投げられ、アッパーこそ使ってはいないが、マッパアッパーと同列の変態になってしまったことを痛感し、心の中で泣いた。


「ははははっ!!」

「!?」


 突然レオンとタルト以外の者の声が荒野に響いた。

 驚いたほぼ肌色一色の二人は、同時に声の方へと視線を向けた。


「……カゼキリ?」


 そこにいたのは、普段沼底に引き篭もっているギルドマスターだった。

 隣には、呆然としているグレンも立っていた。


 実はカゼキリのワープにより、ミチがチュトラリー洋菓子店を開店する直前に二人はこの場にやって来ていたのだ。

 そしてカゼキリの張ったバリアの中で、一部始終を見守っていた。


「なんだお前」


 タルトはカゼキリとは面識がない。

 自分よりも年下らしき少年に全裸であることを笑われていると思い、睨みつけた。


 だが、カゼキリが笑っているのはタルトでもレオンでもなかった。

 カゼキリは面白いことを見つけたから笑っているのだ。

 一頻り笑い終わると、カゼキリは言った。


「グレン、『S』だ」

「は?」

「クエストランクを『S』に上げる。必ずあの子を捕まえろ」






 ★ミチの特製モンブラン★

 ・魔法攻撃力基礎値プラス10

 ・一定時間魔法攻撃力10倍、無効・耐性消去、クリティカル率100%(※クリティカル効果:攻撃力アップ・敵防御力ダウン)


 ※レオン・タルトの瞬間脱衣

 オブシディアンビーを大量に倒したことにより、二人のレベルは急上昇。レベルアップによる能力上昇+ミチの特製洋菓子を食べたことによる能力アップで、一時的に能力が限界値を超えたため起こった悲劇

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