第11話 開店

 ミチは戦闘を始めたレオン達を見た。

 二人は協力してまずはクイーンを倒すようだ。

 クイーンはキラーアントを喚ぶことがあるので、早々に倒しておきたいのだろう。

 だが……。


「時間がかかりそうね……」


 物理耐性はあるが、魔法は効く。

 攻撃力の高い魔法でさっさと倒してしまいたいところだが詠唱をする暇がないため、レオンは詠唱に時間のかからない攻撃力が低めの魔法でちみちみと敵の体力を削っている。

 タルトはレオンの詠唱時間を作ろうと奮闘しているが、レア二匹を一人で対応することは難しい。


「オラァ蟻んこ! こっちに来いやー!」


 Cランクのデリーターもタルトの手助けをしようと二匹を煽り、引き離そうとしてるが、悲しいことにまるで相手にされていない。

 それどころかタルトに「うるせえ! 邪魔!」と怒鳴られてしまっている。

 中年デリーターが少年デリーターに叱られて凹んでいる姿を見てミチはせつなさを覚えたが、確かにうるさかったので見なかったことにした。


 メタルとクイーンはサラマンダーよりは弱いが、『レア』に分類されるだけの強さはある。

 人数は無駄にいるが、レオンとタルト以外は戦力として微妙だ。

 先ほどのキラーアントを倒した時のように上手く使うことが出来ればいいが、レオンとタルトにその余裕はないと見える。

 それでも、時間をかけてなんとか倒すことは出来そうだが――。


 ここに羽音の原因が加われば、一匹も倒すことが出来ない可能性が高くなる。


「……私が倒しちゃおう」


 ミチは動くことにした。

 ミチはシュトラリー洋菓子店の店員だと人に知られてはいけないと先代から厳しく言われてるが、誰も気がつかないうちに消してしまえば問題ない。

 身を隠していた岩場から移動しようとしたその時――。


「オブシディアンビーだ!」


 羽音の正体に、デリーターの一人が気がついてしまった。

 気づけば羽音の原因、オブシディアンビーは猛スピードでこちらに向かってきていた。


 オブシディアンビーは名に『Bee』と付いてはいるが、ミツバチというよりグロテスクなエイリアンだ。

 黒光りしている身体は人の倍ほどの丈があり、ハエのような形の大きな羽で素早く動き回り、腹部にある毒針は掠っただけでも毒を受ける。


 雑食でどこにでも現れるため、レアに分類されるがそれほど珍しくは無い魔物だ。

 今もキラーアントの死骸に引き寄せられて来たのだろう。


「君達は街に知らせろ! 応援を頼んでくれ!」


 オブシディアンビーに気づいたレオンがデリーター達に向かって叫んだ。

 キャンディタウンからここまでに川があったため、水を嫌うキラーアントは街に向かわないと判断していたが、オブシディアンビーは違う。

 川など飛び越えてしまう。

 いざという時のために街に避難指示をださなければいけない。

 レオンの意図が分かったデリーター達は街へ向かって駆け出した。

 残ろうとした者もいたが、タルトが「足手纏いだ! 全員行け!」と追いやった。

 酷い対応だが、足手纏いであることには違いなかったので、判断としては正しかった。

 応援はあまり期待出来ないが、ギルドからの要請を受けてワープで駆けつけてくれる人がいるかもしれない。


「街へ行かないよう、オブシディアンビーを先に倒しましょう!」

「了解!」


 デリーター達が離脱したのを確認すると、レオンはレア魔物三体から全速力で距離を取り始めた。

 まるで戦闘から離脱するような行為にタルトは驚いたが、すぐに「なるほど」と理解し、追いかけた。

 まずはオブシディアンビーを他二体から引き離すのが目的なのだ。

 三体は逃げたレオン達を追うはずだが、それぞれ素早さが違う。

 まずは先に追いついてくると思われる素早いオブシディアンビーを、他二体が来るまでに倒そうという作戦だ。


 作戦は上手く行きそうだった。

 メタルとクイーンは引き離され、オブシディアンビーがレオン達に食らいつく。

 オブシディアンビーは物理耐性がないため、タルトの斬撃も効果がある。

 移動しながらの攻撃だが、レオンとタルトは着実にオブシディアンビーを弱らせることが出来ていた。

 ミチも気配を消し、悟られないように気をつけながら後を追う。


「ここでいいでしょう!」

「はい!」


 十分に距離を取ることが出来たと判断した二人は足を止め、オブシディアンビー討伐に動いた。

 二対一となると余裕がある。

 タルトが対峙し、その後ろでレオンが詠唱し、魔法で一気に仕留める。


「はっ! チョロい!」


 タルトがニヤリと笑う。

 レオンは表情を崩さないが、上手くいったことに安堵した。

 オブシディアンビーの身体が空中から落ち、残すところはメタルとクイーン……となった、その時――。


「うん? ……え。…………嘘だろ」


 再び聞こえて来た不吉な羽音。

 タルトの顔がサーッと青くなっていく。


「そんな……」


 レオンも言葉を無くし、呆然とした。

 その間にも羽音が一つ、また一つと増えていく。

 ミチも予想外の出来事に戸惑った。


「オブシディアンビーの大量発生なんて!」


 タルトの言葉に、ミチはハッとした。


「まさか!!」


 思い当たったことを確かめるために、ミチは空を見上げた。

 そして見つける。

 雨上がりではないのに、はっきりと空にかかった七色の虹を。


「やっぱり……レインボータイムだ!」


『レインボータイム』

 ゲームではレアな魔物ガ次々と湧き、倒した魔物が高確率でレアアイテムを落とすというチャンスタイムだった。

 レアアイテムを比較的簡単に手に入れることが出来るため、遭遇するとラッキーだと喜ばれたものだが……。


「ははっ……詰んだ」


 タルトの腕の力が抜け、手にしていた剣が地面に転がった。


 レインボータイムはゲームだからこそ対処が出来た。

 だが、現実となったアスティアナでは上級者のデリーターが次々と駆けつけることも、ピンチになったらクエストリタイアをすることも、死んでも復活を繰り返すことも出来ない。


 そこにあるのは『死』だけだった。


「……死なせない」


 ミチは戸惑いを隠せないレオンと、諦めの色をみせているタルトを見た。

 無表情で「無闇にこの世界の住人と関わるな」と言う先代の姿が目に浮かんだが、目の前で自分と友人の推しが命の危機に陥っているというのに、放っておくわけにはいかない。

 いや、推しだからというわけではない。

 誰であろうと、見殺しにすることは出来ない。


「……待っていて!!」


 幸いレオン達は立った今、一匹はオブシディアンビーを倒した。

 レアになる魔物を倒したのである。

 気配を感じて振り返ると、予想通り開店の扉が現れた。

 慌てて魔法で着がえながら、ミチは扉へと踏み出した。






「何をしているんですか! しっかりしなさい!」


 レオンが項垂れているタルトを叱るが、諦めに満ちた表情は変わらない。

 不吉な羽音は迫ってきており、レオン達を取り囲みつつある。


「レオンさん。無理ですよ。この音聞こえるでしょ? オブシディアンビーが十匹は……いや、喋っている間にも増えてるや。もう逃げる気にもなりませんよ……」

「何を言っているんです! 一先ず退却しましょう!」

「逃げるって言ったってどこに!? 逃げたって逃げ切れるわけないじゃないかっ!!」


 目に涙をため、激高したタルトがレオンを思いきり突き飛ばした。

 レオンが倒れることはなかったが、我に返ったタルトは申し訳なさそうに顔をくしゃりと歪めた。


 いくら強いと言ってもタルトは十代の少年。

 死を前にして動揺するのは無理も無かった。


 レオンにもタルトの気持ちは分かっている。

 二人が助かる確率は無いに等しい。

 だが、レオンは諦めるわけにはいかない。

 まだやり残したことはたくさんあり、死ぬわけにはいかないし、出来ればオブシディアンビーが街に向かわないよう何か講じたいと考えていた。


 しかし焦る一方で全く頭が働かない。

 無様に死ぬしかないのか。

 自分よりも若い将来有望な少年だけでも生かすことは出来ないだろうか。


 必死に考えたが良い考えは全くうかばず、気づけば完全に包囲されていた。

 レオンとタルトの姿を、黒の壁が隠してしまう。

 不吉で不快な羽音が二人を包む。


 ――諦めるしかないのか?


 隣にいるタルトにはもう戦意がない。

 なんとか逃がしてやりたいが、どうすることも出来ない。


 だが――。


「……やれるだけやってみるさ」


 もう一度あの子に会いたい。


 そう思うとレオンは踏ん張れた。

 恐怖は無い。

 魔力を使い切るまで暴れてやろうと、レオンは詠唱を始めた瞬間――その声は聞こえた。


「それ、くださいな強制採集! くださいな強制採集! くださいな強制採集!」


「……………………は?」


 レオンが素っ頓狂な声を発した。

 それも無理は無かった。

 レオンとタルトを狙っていたオブシディアンビー達が次々と地面に落ち、息絶えていったからだ。

 タルトとレオンは何もしていない。

 まるで勝手に死んでいったような怪現象には呆気にとられるしか無かったのだ。


 レオンの声を聞いて状況に気づいたタルトが頭の上にハテナを浮かべた。

 何が起こったのだとキョロキョロと周りを見渡し、あるものに気づいた。


「なんだありゃ…………ケーキ屋?」

「!!!?」


 今度はタルトの声にレオンが反応した。


 タルトの視線を追って見た、その先には――。


「いらっしゃいませ! 特別なお菓子はいかがー! っていうか絶対食べてー!」

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