第10話 タルト
「これは……」
現場に到着したレオンは唖然とした。
隣にいるルトは思いきり顔を顰め、「チッ」と舌打ちをした。
今までレオンに対し緊迫した中でも丁寧に話していたが、どうやらこちらが本性のようだ。
ただ、ルトが舌打ちをしたのはレオンに対してではない。
目の前にいるキラーアントに追いかけられ逃げ回っているデリーター達に向けたものだ。
「雑魚ばっかりかよ!」
更に苛々を募らせるルトのこの台詞もキラーアントに対してではなく、デリーター達に向けてだ。
ルトの侮蔑の声はバトルフィールドと化している荒野に響いたが、それを気に留める者は誰もいなかった。
先だって到着していた者達は逃げることに必死だ。
逃げ回っている二十人くらいのデリーター達はCランク以下。
魔物の被害が少なく安全で女性や環境客が多いキャンディタウンには、腕の良いデリーターはあまりいなかったのだ。
キラーアントだけなら彼らだけでも対処は出来たのだが、メタルとクイーンというレア魔物が二体もいるため、このような事態となっていた。
ルトのように罵ることはしなかったが、レオンも心の中では呆れてしまった。
レアが二体いるとしても、上手く連携すればもう少しなんとかなったはずだ。
よく見れば既に魅了や混乱の状態異常にかかっている者もいる。
放っておくと被害が大きくなるため魔法で回復しようとしたが、既にルトが回復アイテムを他のデリーターに投げつけて回復してやれ! と叫んでいた。
思った以上に短気なルトに苦笑いを浮かべつつ、まずは数を減らそうと考えたが……。
「……邪魔ですね」
一気に広範囲に攻撃魔法を使いたいのだが、それだとちょろちょろと動き回るデリーター達を巻き込んでしまう。
ターゲットを絞ることは出来るが余計な気力と神経を使う上、詠唱の時間も長くなる。
「出来るだけ減らします! おれは回復魔法が使えません。レオンさんはなるべく魔力を温存しておいてください!!」
レオンが対策を考えている間にルトが二本の剣を抜き、駆け出した。
ルトは双剣使いだ。
剣士としては優秀だが魔力は少なく、魔法は殆ど使えない。
物理攻撃に強いキラーアント系の魔物とは相性が悪いのだが――。
「……驚いた。凄いな」
ルトは素早い動きで次々とキラーアントを刻んで行く。
まるで風の刃――鎌鼬が駆け抜けているようだった。
流石に一撃で物理耐性のあるキラーアントを仕留めることは出来ていないが、そこはウロウロしているデリーター達に「トドメを刺せ!」と的確に指示を出し、着実に敵の数を減らしていく。
Cランク以下のデリーター達もルトの指示を受け、なんとか戦力として動き始めた。
始めは明らかに年下であるルトの指示に反抗的な態度をする者もいたが、実力を見せつけられ、大人しく従っている。
「将来有望だな」
この調子でいけばルトは必ずSランクまで辿りつくだろうとレオンは思った。
それもそう遠くない未来に。
今でもBランクとは思えない動きをしている。
「このままではすぐに追いつかれ、追い抜かれてしまいそうだ」
負けてはいられない、と気合を入れ直したレオンは一度躊躇った広域攻撃魔法の詠唱に入った。
ルトに煽られ、見栄を張って派手に暴れようとしたわけではない。
ルトの実力を目にし、判断したのだ。
レオンの周囲にいたキラーアントは既に倒されているため、詠唱には問題ない。
また、ルトの戦力があれば思っていたほど自分に負担がかかることはないだろう。
回復をするための魔力は十分残せる。
ならば出来るだけ早く邪魔なキラーアントを排除し、手強いメタルとクイーンに挑むべきだと考えたのだ。
レオンの魔法により、空気が冷え始める。
キラーアントは氷に弱い。
レオンはサラマンダーに対しても使った上級氷結魔法を行使した。
キラーアント達の身体を氷が被っていく――。
逃げようと藻掻くキラーアントの動きは次第に鈍り、完全に停止した時にはその身体は全て氷の中。
そして少しの間の後、ピシリと音を立てて氷に亀裂が入り、氷のキラーアントは砕け散った。
次々と砕けていくキラーアントを見て、C級デリーター達はあんぐりと口を開けていた。
流石にメタルとクイーンを倒すことは出来なかったが、キラーアントは見事に全滅した。
「ははっ! すげえ! さすがAランク!」
ルトが砕けて地面に転がったキラーアントの欠片を蹴飛ばしながら笑った。
後輩の賞賛を受け、触発されたつもりは無かったが自然と力が入ってしまっていたことに気づき、少し恥ずかしくなったレオンだった。
レオンとルトがキラーアント討伐を行っている赤土の荒野。
そこには何も無く視界は広いが、所々に大きな岩場がある。
その一つ、レオンの背後、約二十メートル離れたところに人影があった。
「レオン様凄い凄い凄い! 一気にやっつけちゃったよ! 惚れる……惚れ一択……惚れるしかないよお!」
完全に気配を消し、戦闘に巻き込まれないようにバリアを張り、レオンの活躍を見守っていたミチだ。
この近距離で存在を悟られないのは、ミチだからこなせる技だ。
「はあ……素敵……」
戦闘中の凜々しい表情は冷たさを感じさせる美しさだったが、倒した後はどこか誇らしげで子供のような無邪気さが垣間見えた。
ギャップ萌え殺しとも言える表情の変化にミチは悶えた。
かつての友が横にいたならば「あざとい。はい、あざとい入りました」と水を差して来る場面だったが、幸か不幸か今のミチをクールダウンさせるものは何も無い。
暫く余韻に浸り、幸せな時間を送った。
どれだけトリップしていたのか分からないが、ドーンという大きな衝撃音が聞こえたことでミチは我に返った。
レオンの気配を探るとさっきよりも遠ざかっている。
慌てて岩場から覗き状況を確認すると、五十メートル程先でメタル、クイーン戦が始まっていた。
「あれ……?」
素早くレオンを見つけたミチだったが、その隣にいるチェリーピンクの髪の少年が気になった。
今まではレオンに集中していたため目に入っていた無かったその人物を漸く視界に留めたミチは「あっ!」と声を上げた。
その人物に見覚えがあったのだ。
「『タルトたん』だー!!」
「!!!? おれをクソな名前で呼んだのは誰だああああ!!!!」
タルトことルトの叫びを聞いて、ミチは慌てて口を手で押さえ、身を隠した。
レオンと同じゲームではNPCである彼を『タルトたん』と呼んでいたのは、レオンを『ギャップの押し売り』と言った友人だ。
彼女の推しがルトと名乗っている『タルト』なのだ。
タルトはキャンディタウンにあるケーキ屋の一人息子だ。
今は人並みに背が伸びて男らしさの出てきたタルトだが、幼少期は小柄で女の子と間違われる程愛らしかった。
だが、『強い男』に憧れがあったため可愛いと言われる要因の一つとなっているこの名前が大嫌いなのだ。
その為『ルト』と名乗っており、『タルト』と呼ばれると憤慨する。
ちなみに、地球のゲームファンには『タ』を抜いているので『たぬき』という愛称でも呼ばれていて、薄い本が好きなお姉様方の中では確固たる地位を築いていた。
友人もよく「たぬき飼いたい養いたい」と無意識に口にしていた。
これだけ遠くにいるのに、ぽろっと零した一言を拾うタルトの『コンプレックスを魅力として推す』というキャラクター性にミチは感動した。
『ちびと言われるとキレる』『貧乳と言われてキレる』というクールジャパンに受け継がれてきた愛すべき伝統芸に巡り会えたような喜びだった。
「……うん?」
故郷に思いを馳せているミチの耳が「ブーン」という不快な羽音を拾った。
かなり距離があり、レオンとタルトは気づいていない。
だが、ミチはその音の正体が分かってしまった。
「あちゃあ……ちょっとまずいかも?」
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