第6話 キャンディタウン③

「身体が……軽いっ!」


 街の人達の目には、猛スピードで駆け抜けるパトリシアは残像でしか見えない。

 強化された身体に呼応するように頭もすっきりとしている。

 あの男は海路を行くと直感し、港へと急いだ。


 その時、パトリシアは一人の男とすれ違う。

 ミチの情報を求めてキャンディタウンに来ていたレオンだ。


「な、なんだ!?」


 街の人達では風しか感じられないパトリシアの疾走を、Aランクデリーターのレオンはしっかりと目で捕らえることが出来たのだ。

 そう、出来たのだが……見えたのは『上級デリーター並の俊敏さで駆け抜けるうら若い娘』。

 わけが分からなかった。

 幻でも見たのかと思ったが、今すれ違った娘の髪が黒かったことを思い出し、ハッとした。

 それと同時に、足は娘の後を追っていた。


「どこだッ!!!! 結婚詐欺師めッ!!!!」


 港に着いたパトリシアは吠えた。

 周囲一帯に響くだけではなく海も越えていきそうな大声に、港にいた人々の動きは止まった。

 数え切れない視線がパトリシアへと集中する。

 普段のパトリシアなら顔を真っ赤にして逃げ出す状況だが、今のパトリシアは違った。

 全ての顔がこちらを向いているなら探しやすい、好都合だと思った。

 そして瞬時に見つけた。


「……いた!!!!」


 再びパトリシアは風となり、海を渡る大型船に乗り込もうとしていた目的の男へと駆け出した。

 パトリシアと目が合った男は、パトリシアの目的が自分であることを察し、船に乗ってしまおうとしたが……間に合わなかった。


「結婚詐欺師!!!! 成敗致す!!!!」

「!!!?」


 目の前でパトリシアの声がしたかと思うと、男の顎に強烈な痛みが走った。

 そして宙に浮かび――快晴の空の下青く広がる海に落ちていく身体。


 パトリシアは、今の自分に驚いた。


 何コレ……気持ちいい!!!!


 前日までは確かに愛していたクソ男が顎から吹っ飛び、空高く舞い上がっていくのを見て、今まで感じたことがないほど気分が高揚した。

 吹っ飛んだ女を弄んだ薄汚い身体が、水飛沫を上げて海面から飛び出したイルカの様な曲線美を宙に描いているのを見て、「芸術だ」と思った。


 その感覚は、不思議なことに港にいた目撃者達にも伝染していた。

 男の身体が海に落ちた時に起こった水飛沫さえ美しく見えた。

『目撃者達』は『ショーの観客』へと変化してた。


「お見事ッ!!!!」


 そう言ったのは船から見ていた船乗りだったか。

 その声を切っ掛けに周りからはパトリシアに対し、賞賛の拍手が上がった。


 暖かい拍手に包まれ、パトリシアは感謝で胸を熱くした。




 パトリシアに突如起こった変化。

 その原因はミチが渡した金平糖にあった。


 ミチは特殊素材を入れることでレアアイテムになると思っているが、実は特殊素材を入れなくてもホームにある小麦粉や砂糖等の基礎材料でも効果は出る。

 その為、ただの金平糖だと思われていたものにも【攻撃力が200になる+クリティカル100パーセント、俊敏値+50】という効果がついていたのだ。

 俊敏値というのは素早さを現していて、デリーターなどせず普通に暮らしている人なら10程度。

 パトリシアも女性にしては早いのだが、丁度10だったので俊敏値は60となった。

 これはほぼレオンと同じだ。


 攻撃力の方はと言うと、普段のパトリシアの数値は18。

 攻撃力200というのは中級デリーター程度だ。

 普段のパトリシアからいうと約十倍の攻撃力になった上、更に怒りによってプラス20。

 トドメにクリティカル効果により更に攻撃力がアップした上、攻撃を受ける側の防御力はダウン。

 結果、パトリシアの一撃は上級デリーターであるグレンやダグラスと同等のものになっていた。


 対して標的となった結婚詐欺師はまだまだ駆け出しデリーター。

 パトリシアの会心の一撃に耐える防御力を持っていなかったため、華麗に空へと舞い上がった。


 ちなみに、効果がある金平糖をミチはただの金平糖だと思い、普通に食べ続けていたのは何故か。

 ミチはチュトラリー洋菓子店の商品を食べ続けているため、その効果で強くなっているが、彼女の強さの根本的な理由は別にある。

 ショップに使う特殊素材を採集するため、レベルの高い魔物を倒し続けているからだ。


 地球では普通の女子高生だったミチがSランクデリーター並、いや、それ以上の強者になるにはチュトラリー洋菓子店前任者との辛く厳しい修行の日々が続いた。


 前任者によって身体の基礎を作られた後は、レアショップ継承者固有スキル【それ、くださいな強制採集】を覚えさせられた。

 これはターゲットとなった素材を奪い取るスキルだで、ターゲットが心臓だった場合でも奪うことが出来る。

 つまり、即死スキルともなり得るのだ。

 Sクラスの魔物から、「くださいな強制採集くださいな強制採集くださいな強制採集」と続けた結果、誰にも負けない洋菓子販売員が誕生したのだった。


 ミチの攻撃力は最高値の999であるため、攻撃力が200となる金平糖を食べると大幅に下がってしまうはずだったが、ミチの身体が金平糖の効力に打ち勝ってしまっているため攻撃力に変動はなく、ただの金平糖と化していたのだ。

 元気が出るというのはただの思い込みだ。


「あれは……!」


 男の身体が空を舞い海へ落ちていく様子を、パトリシアを追ってきたレオンが見ていた。


 レオンはパトリシアの天高く突き上げられたアッパーパンチに、キラリと光るパトリシアの才能を見た。

 殺傷能力を高めるため、親指を握って第一関節を尖らせた拳。

 細い腕――盛り上がりのない上腕二頭筋が美しく撓っていた。


「はっ……!! アッパー!!」


 レオンは思い出した。

 ランクこそ同じだが、経験豊富で尊敬していた先輩がマッパアッパーという変態になってしまった先日のことを。


 あの時、筋肉ダルマはケーキを食べて変態になった。

 先ほどの少女の見事なアッパー。

 この細腕で繰り出されるのは不自然だ。

 もしかすると、この子もあのケーキを食べた?

 服ははじけ飛んでいないが、驚異的に物理攻撃力が上がったという点は同じだ。

 そしてもう一つ気になったのは彼女の黒髪だ。

 着ている服が違うし、火山でははっきりと顔を見ることが出来なかったので分からないが、あの時の娘に似ている気がする。

 これは偶然なのか確認しなければならないと、レオンは見事なアッパーを繰り出していた少女の元へと駆けよった。


「君……ちょっといいかな?」


 賞賛の余韻に浸っていたパトリシアだったが、誰かに呼ばれ、振り返った瞬間に覚醒した。


「はい…………いい”っ!?」


 パトリシアの心臓は思わず「止まれ!」と叫びたくなるほど激しく動き出した。

 実際に止まってしまうとリアルにDEATHとなるのだが、そんなことはどうでもいいと思えてしまうくらい、目の前の美形のことで頭がいっぱいになった。

 この時パトリシアは『一目惚れ』というものを体験していた。


「大丈夫? 様子がおかしいけれど、具合が悪いのかい?」


 パトリシアは声にして答えることは出来なかったが、首が千切れて飛んで行きそうな勢いで頭を振った。

 レオンはパトリシアの尋常では無い様子が心配になり、回復魔法をかけようかと迷ったが、とりあえず話を始めてみることにした。


「率直に聞くけれど、君は急激に強くなる不思議なケーキを食べたのですか? もしくは、君がそれを売っている?」

「?」

「ここに来る直前に、甘い物を食べたりしていないかい?」

「こ、ここっこここっ」


 またしても発動してしまっていたレオンの語彙力DEATHにより言語を失ってしまったパトリシア。

 ミチがいたら「鶏なの? 烏骨鶏なの?」と聞かずにはいられない音を発し始めた。


「コココ?」

「こんっ、ぺっとぅ!!!!」

「???」


 答えなきゃ! という一心で絞り出した答えだったのだが、レオンには全く伝わらなかった。

 レオンは回復魔法の中でも精神異常回復を施すべきか迷ったが、もう少し会話を続けることを選んだ。


「ええっと……君はあの火山でケーキを売っていた子かな?」

「!」


 パトリシアは悟った。

 ここで違うと言うと、目の前の美しい男は自分から興味を無くすだろうと。

 パトリシアの本能が叫んでいる。

「イエスと言え」と!

 そしてパトリシアは本能に従った。


「はい! わたくしでございますぅ!」

「……」


 対するレオンの本能も動いた。

「多分違う」と。

 だが不思議なことは起こっている。

 この目の前の娘が彼女ではないと思ったが、何かしら手がかりになることがあるかもしれない。


「詳しいことを聞かせて貰えるかな?」

「もちろんですぅ!」






 もう一人、金平糖を食べることになった人物の顛末だが――。


 マスターはパトリシアが走り去った後床に座り込み、壊れた店を見てすすり泣いていたが、突如立ち上がると「アンチエイジング、全く効果が出ていない件ッ!!!!」と叫びながら山へ向かって走って行った。

 数日後戻って来たマスターは「奴らを掌握した!」と今までに無い自信と気迫に満ちた笑顔で勝利の右腕を掲げたらしい。




 ★ミチの特製金平糖★

 ・一定時間物理攻撃力200、クリティカル率100%

 ・一定時間俊敏値+50

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