第7話 恋するトリプルベリーパフェ~甘酸っぱい三角関係~
キャンディタウンで出会った黒髪の少女、パトリシアが泣きはらした目をしていることに気づいたレオンは、日を改めて話を聞くことにした。
キャンディタウンにある宿はどこもカラフルで落ち着けないと感じたが、街にいるのにわざわざ野宿をすることはないかと思い、宿を取る。
比較的シンプルな外装の宿を選んだが、レオンが通された部屋の壁紙は真っ赤、ベッドシーツの柄が苺のショートケーキなのを見て思わず頭を抱えた。
宿選びに失敗したことを痛感したがわざわざ宿を変える気は起こらず、シーツに合わせた苺型の枕に頭を乗せて眠り、一夜が明けた。
「最悪だ……」
丸い窓から見える空は晴れ渡っていたが夢見は悪かった。
夢の中のレオンは、ダグラスと共にマッパアッパーになっていた。
しかもアッパーを食らうと同じマッパアッパーになってしまうという恐ろしい現象が起き、それは次第に拡大。
マッパアッパー・パンデミックとなった。
レオンは大切な弟が――華奢で可憐なあの弟がマッパアッパーになってしまっていたのを見て、「お前を殺して俺も死ぬ!」と叫んでしまったところで目が覚めた。
朝から鬱々としてしまったが、それを人に感じさせるわけにはいかないので何とか気分を立て直したが、用意されていた朝食がクリームとジャムたっぷりのパンケーキだったことでさすがのレオンも宿屋の店主に小言を言ってしまった。
「苺型の枕は寝心地が悪いです」と。
枕は長方形であるべきだ、と主張するレオンに宿屋の主人は「苺型ではなく苺柄にします」と頭を下げたので、納得してチェックアウトをした。
昼になり、約束の時間となったので、レオンはパトリシアに指定された店、喫茶シュガーへと赴いた。
ドアは強盗でも入ったのか無残に壊れ、大きな板が立てかけられているだけだったが、板をずらして現れた昨日よりも少し着飾ったパトリシアによって中へと招かれた。
店の中もカウンターが割れてひどいことになっていた。
こんな状態だと当然だが客は一人もいない。
レオンはパトリシアに原因を尋ねたが、パトリシアは困った様に笑うだけで何も答えなかった。
一目惚れした相手に「全てあたしがぶっ壊しました!」とは言えなかったからだ。
「こ、これは?」
無事に残っていたテーブル席に腰掛けたレオンは、「どうぞ」と目の前に置かれたものを見て混乱した。
それはミチがどハマりした『恋するトリプルベリーパフェ~甘酸っぱい三角関係~』。
この店で一番値段が高い商品だったため、パトリシアがおもてなしとして出したのだ。
レオンは甘い物が苦手なわけでは無いが、目の前に聳えるパフェには怯んだ。
身体が大きなデリーター達が喉を潤す酒の大ジョッキと同じくらいのグラスに、びっしりと甘い物が詰まっている。
一番下はフレーク、その上にはクランベリー、ラズベリー、ストロベリームースで出来た層。
更にその上にはバニラアイスと生クリームが乗っており、上部には苺のショートケーキもどかんと鎮座している。
三種のベリーの実もふんだんに使われていて、レオンは「視覚的にうるさい」と思った。
「三種類のベリーが織りなす甘酸っぱいハーモニーがまるで三角関係の恋愛をしているような気分を味わわせてくれる人気商品です! 友達もこれに嵌まっていて!」
「へ、へえ……そうなんだ」
レオンは色んな意味でコレを口にして良いものか迷った。
まず、正直に言うと「もう甘いものは見るだけでお腹いっぱい」という状態だ。
そして「違う」と感じてはいるが、目の前の娘が自分が追っているあの娘だった場合、これを食べたら自分の服ははじけ飛ばないだろうか、と考えた。
立場がある者として、いや、立場のあるなしに関わらず、マッパ族に仲間入りするのは嫌だった。
悪夢が正夢になるのは避けたい。
遠慮して目の前の娘に食べて貰おうかと考えるが、万が一目の前の娘の服がはじけ飛んでしまったら大変だ。
若い娘を犠牲にするぐらいなら自分が散ろう。
腹を括ってレオンは視覚的にうるさいパフェにスプーンを伸ばし、まださっぱりとしていそうなバニラアイスを口に運んだ。
「ど、どうですか?」
パフェ造りに関してはマスター方お墨付きを貰っているパトリシアだったが、緊張した様子でレオンが食べるのを見守っていた。
パトリシア以上に緊張していたレオンだったが、服ははじけ飛ぶことはなかった。
「とても美味しいです」
レオンはこのパフェを不思議な効果のない普通のパフェだと判断した。
量がこれの五分の一くらいなら文句の無いパフェだ。
パトリシアは目をハートにしながらレオンを見つめているが、彼の笑顔が少々引き攣っていることには気がつかない。
気づいたとしても、引き攣っているお顔も美しいとしか思えていないだろう。
「よかった! ささっ、遠慮無く召し上がってください!」
「あ、ありがとう……」
レオンは早々に立ち去るつもりだったが、パトリシアのキラキラとした瞳を見ているとそれを言い出すことは出来なかった。
このパフェを食べ終えてから話を聞こうと決めたレオンは、気合を入れるために水を用意して貰った。
「では改めて……頂きます」
「どうぞ!」
こうして、レオンの一人大食いチャンピオン大会がスタートした。
「
レオンが襲い来る胸焼けと戦っていると同刻。
ミチはレア魔物『ヒュドラ』の牙を獲り、染み出てきた毒をお気に入りの香水瓶の中に入れた。
透明な香水瓶には薄らと夜空のような青と紫のグラデーションが入っていて綺麗だ。
所々星型の堀も入っていて、ヒュドラの紫色の毒を入れるとハロウィンアイテムのような可愛さが出た。
一滴で致死量になる毒だとは思えない愛らしさだった。
「ギュアアアアアアアア!!!!」
「あら? もういいの、今日は一瓶だけでいいのよ? そんなに張り切らないで」
ヒュドラは緑と紫、二色斑模様の大蛇で頭は九つもある。
牙を折られた頭は力なく垂れているが、残りの八つは激しく暴れ回っている。
動き回られて邪魔なので、ミチは八つ頭を髪のよう編み込んであげた。
「あら、可愛い! リボンもつけちゃう!」
ミチは自分の髪につけていたリボンを取りヒュドラに巻こうとしたが、長さが全く足りないので諦めた。
代用できるものは無いかと周囲に目を向けると、丁度良さげな綱引きの綱のような太く長い蔦を見つけたのでそれを引き千切り、ヒュドラに巻き付けてリボン結びにした。
蔦を巻き付いている木から取るときに、木をなぎ倒してしまったのはご愛敬だ。
「ふっふっふ~」
ミチは朝からご機嫌だった。
理由は先日の火山で聞いた美声のことを思い出したからだ。
『逃げてください! ……って…………誰!!!?』
あの声はミチが大好きだったNPC、第二王子レオンハルトにそっくりだった。
NPCとはノンプレイヤーキャラクター 、つまりプレイヤーが操作していないキャラクター。
NPCのレオンは王子だがAランクのデリーターで、城よりもギルドにいることの多い変わった王族だ。
それだけを伝えるとやんちゃな王子様と言った印象を抱くが、普段は穏やかで紳士。
上級デリーターだが無闇な争いを嫌う好青年。
背はスラリと高く引き締まった身体をしているが、魔法使いだからかグレンやダグラスのような厚みはなく、所謂細マッチョと言われる分類に入る。
歳はゲームでは二十代前半、プラチナブロンドにエメラルドの瞳の美青年。
ミチはギャップに弱い。
デリーターとして汚れたローブを着ていることが殆どだが、城にいる時のレオンは絵に描いた王子様。
本当に白馬に乗っているし、レオンがいる空間はキラキラ輝いて見える。
そしてどの王族よりも穏やかで紳士に見えるが、実際には王族の誰よりも荒事に身を置いている。
それは弟の為に選んだ道だったのだが、レオンには厳しい道だった。
ゲームでそれを知っているミチはレオンを支えてあげたい、癒やしてあげたいと思ってしまう。
それとミチにはきゅんとしてしまうポイントがある。
レオンの丁寧で柔らかい口調が冷たく乱暴なものになり、一人称が僕から俺に瞬間だ。
大体は弟絡みに起こることだが、怖いと思う反面、男らしさも感じてドキドキしてしまう。
ミチの友人はそんなレオンを「あざとい」「ギャップ萌えの押し売り」とこき下ろしたが、ミチはまんまとレオン心を奪われていた。
弟だけではなく、自分にも心を動かして欲しい――。
『レオンと敵対している悪者に傷つけられたミチを見て、レオンは怒り狂う』という妄想を、ミチは手垢がつくくらい捏ね繰り返していた。
『ミチ……俺のせいで……!! クソッ!! ミチを傷つけた奴は殺してやる!!』
『やめて! 私は大丈夫だから! それ以上殴ったらレオン様が傷ついてしまう!』
ミチの脳内では、ミチを傷つけた悪者をレオンがボッコボコにしている。
そしてミチは怒り狂うレオンを止めるため彼の背中に抱きつき、怒りに任せにて殴ったため傷ついてしまった拳を自らの手で包み、涙した。
ミチの優しさに正気を取り戻したレオンは、思わず強い力でミチを抱きしめた。
「ふふ……ふふっ…………」
お花畑な脳はミチを傷つけることの出来る魔物など、もはや存在していないことなど気づかない。
妄想に浸る乙女は世界一幸せなのだ。
「そうだ! 『恋するトリプルベリーパフェ~甘酸っぱい三角関係~』を食べよう!」
思い立ったが吉日。
パトリシアの様子も気になる。
ミチはシュガーへと赴くことを決めた。
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