第4話 キャンディタウン①
ミチのアスティアナでの生活はのんびりとしている。
住まいのあるチュトラリー洋菓子店のホームエリアは魔物も出ず、作物が良く育つ。
基本自給自足で一日の仕事は農作業と酪農、お菓子作り。
そしてレアアイテムとなる洋菓子を作る際に必要な素材を持つ主にSランクの魔物を強襲し、
チュトラリー洋菓子店は先代は十日に一度程度開店していたが、ミチはもう三、四ヶ月店を出していなかったのでその間はこの繰り返しだった。
先日久々に店を出したが、トラウマになりそうなバケモノと邂逅してしまったのでまた暫く開店の扉となる魔方陣は無視するつもりだ。
今日はリフレッシュをするためにお気に入りの街に出掛けることにしたミチは、こちらの世界で買った白いワンピースに袖を通した。
Sランクの魔物から素材を拝借しに行った際にうっかり着ていて、返り血に染まってしまったワンピースだったが、しっかりと漂白出来たようでシミ一つ無い。
血が取れなかったら「もうそういうデザインだと思って着よう」と思っていたが、そうならずに済んで良かったとミチは満足げに微笑んだ。
髪は二つに分けて三つ編みに、手にはラタンで編んだナチュラルなバスケット。
中には財布とハンカチ。
食べながら歩こうとザラメと糖蜜で作った金平糖も入れた。
この金平糖はレアアイテムとしては作っていないただの金平糖だ。
準備が整ったミチは、先代から継承したスキルの一つである『ワープ』で、お菓子の街キャンディタウンへと移動した。
ワープでの移動は一瞬。
ミチの前にはポップな文字で『キャンディタウン』と書かれたウェルカムゲート。
キャンディやアイスクリーム、ホットケーキ等の可愛らしいイラストもある。
この街は名前で察することが出来るが、甘い物を売りにしている街だ。
ケーキ屋やお菓子屋、パーラーにフルーツショップなど、子供や女性、そしてグレンが喜ぶ店が並ぶ。
ショップの外装はどれもパステルカラーで可愛らしい造りをしているが、民家も同じような造形に合わせている。
街全体がポップでキュート。
それがキャンディタウンだ。
ミチは心の中で「アスティアナの原宿」と呼んでいる。
チュトラリー洋菓子店の継承者として店の商品は自らの手で生み出しているミチだが、他人が作った甘い物を食べたくなった時や癒やされたくなった時は決まってキャンディタウンに出向く。
今日もバニラカラーのレンガが敷かれた歩道を進み、持ってきた金平糖を時折口に放り込みながらウィンドウショッピングを楽しんだ。
地球では人混みが嫌いだったミチだが、人との関わり合いが極端に減った今の生活だと雑踏も愛しく思える。
気になる店を一通り眺め終わると、いつもの流れでジェリービーンズが噴き出している噴水近くの喫茶店を目指し、歩き出した。
ミチが喫茶店に向かい始めたその頃、キャンディタウンのウェルカムゲートの前には一人の青年の姿があった。
グロキシア火山での任務を終え、麓の集落で休んだ後にやって来たAランクデリーターであるレオンだ。
レオンは被っていた藍色のローブのフードを取ると、ゲートの向こうに見えるポップな町並みを眺めた。
この街のどこかにレオンの求める情報があるかもしれない。
レオンのバリアで弾いたマグマを手首のスナップ一つで叩き落としたあの娘に繋がる情報が――。
レオンは幼い頃、父である王から聞いた話を思い出していた。
『この世界には、鳥籠に入れることの出来ない幸福の鳥がいるらしい』
これを聞いた時、レオンは鳥籠に入らないような大きな鳥なのかと思った。
だがそうではなく、『決して捕まえられない』という意味だと王は語った。
その鳥は捕まえれば国は間違いなく繁栄するという。
戯れに手に止まり、一時の幸福を与えては消え、二度と会うことは出来ないという鳥。
「会ってみたい」と言ったレオンに、王は「出会うことが出来たら捕まえてくれ」と笑っていた。
幼い頃から身体能力が高く、それなりに自信があったレオンは妙な使命感に燃え、自分が捕まえてみせる! と意気込んだのだった。
王が『鳥』と言ったのは比喩で、実はあの店のことだったのは? という考えがレオンの頭に浮かんでいた。
もし、捕まえることが出来たら――あの時のような力を驚異的に飛躍させる手段が常に手元にあるとしたら――。
「……国は繁栄する、か」
戦力が上がることはもちろん、売買による利益も凄まじいものになるだろう。
だがあんなものが世の中に出回ると均衡が崩れ、混乱を招く可能性が高い。
「鳥籠に入れるべきではないのだろうな」
そう呟きながら、風変わりなメイドの格好をしていた少女の姿を思い出す。
遠目でしか見ることが出来なかったが、黒い髪で愛らしい顔立ちをしていたように思う。
もっと近くで見たい、話してみたいと思った。
動き出したサラマンダーと必死に戦っている間、彼女と楽しそうに話しているグレンに覚えた殺意の中には「戦えよ脳筋中年!」という怒りだけではない、モヤモヤする何かを胸に感じた。
それが何かは分からないが、とにかく会って話してみたい。
彼女を追う本来の理由は、あの驚異的な能力アップを促した不思議なケーキのことを調査するためだが、それを忘れそうになる。
捕まえるべきではない鳥を捕らえたくなる。
「もう甘い香りがするな」
街から漂う甘い香りが記憶を呼び覚ます。
ずらりと並んだ洋菓子の前に立っていた彼女の笑顔――。
まだ彼女について何もしらないが、この街は彼女に似合う。
そう思うと思わず顔が緩んだ。
そんなレオンのことを、キャンディタウンに遊びに来ていた若い娘達が偶々見ていた。
「っ!!」
彼女達は息を呑んだ。
背は高くスラリとしていたが、藍色のローブにダークグレーのズボンという出で立ちの何処にでもいるようなデリーターに、何気なく目を向けて見たら――恐ろしく美形だったからだ。
思わず二度見、その後硬直である。
身に纏っている衣服は旅の途中で汚れたのか土埃がついているが、プラチナブロンドとエメラルドの瞳は太陽の光を浴びて眩しく輝いていた。
デリーターとは思えない穏やかで上品な空気を纏い、街の方を眺めているレオン。
その光景は絵画にしてもおかしくない。
いや、是非とも絵画にして売って欲しい、金なら出す、出来れば同伴……と娘達の中でも自立しているお姉様方は切に願った。
娘達は出会ったことのないレベルの美形を見て震えていた。
「お、おう……おっ……おっ……」
「うぅっ……」
魔法使いのレオンは自分が意図せず語彙力DEATHの魔法を無差別に掛けてしまったことに気づかぬままゲートを潜った。
ミチが目指している喫茶店『シュガー』には、アスティアでは数少ないミチの友人の一人が務めている。
友人の名前はパトリシア。
十九歳で、ミチと同じ黒髪。
身長はパトリシアの方が十センチ程高いし瞳の色も違うが、後ろ姿は似ていた。
ミチがシュガーの『恋するトリプルベリーパフェ~甘酸っぱい三角関係~』にド嵌まりし、常連になったことで二人は仲良くなった。
一人で生活をしているミチには、人と会話をすることも癒やしになる。
最近ではミチとパトリシアの会話にマスターも加わるようになり、シュガーでの時間はとても楽しいものになっていた。
四十歳になるマスターはダンディで素敵なのだが、中々の幸薄男で現在単身赴任中。
家族は街から遠い山中の村で暮らしている。
男一人、せっせと働き仕送りを続けているのだが家族からの感謝は薄いようで、初めて会話をした時は「私、長男に奴隷って言われてるみたいなんだ……」と嘆いていた。
前回は「年上の妻が若い男とイチャついてるらしいんだ……」と項垂れていたが、パトリシアが「それは浮気じゃ無くて、女性ホルモンを分泌するためのアンチエイジングですよ!」と慰めたところ、なんとか気力を取り戻していたので、今日は更なる不幸が彼を襲っていないことを願うばかりだ。
「どうしてよ! あたしと結婚してくれるって言ったじゃない!」
もうすぐあの蟻が集りそうな噴水が見えてくるというところで、ミチは聞き慣れたパトリシアの声を聞いた。
パトリシアが結婚話を反故にされたと思える台詞だった。
「……え……ま、まさか!?」
直ぐさまミチはシュガーへと駆け出した。
ミチはマスターとパトリシアが実は男女の仲にあって、浮気アンチエイジング妻と離婚せず、いつまで経ってもパトリシアと結婚しないマスターを包丁で刺す、という昼ドラ展開を予想した。
「パトリシア……!!」
シュガーの前まで辿りついたミチがそこで見たのは――。
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