第2話 グロキシア火山①

【合同クエスト:依頼ランクA】

 グロキシア火山にて凶暴魔物・サラマンダーを確認

 Aランク以上のデリーターは討伐に当たるべし

 サラマンダー(火属性)弱点:水、氷

 ※注意事項

 ・要対処

 火属性攻撃吸収、貫通無効、斬撃耐性有、打撃耐性有




 ※※※



 グロキシア火山、山頂。

 そこには巨大な空洞があり、一部にはまるで川のようにマグマが流れていた。

 この場所へと通じていた岩壁をくり抜いて作ったような抜け道と、マグマが下降へと流れている洞穴以外に空気の逃げ場が無く、熱気が充満している。

 そんな厳しい環境の中、激しく動きまわっている者達がいた。


「よし! 今のうちだ! 畳み掛けろ!!」


 魔物討伐を行うデリーター消す者として、最高ランクのSを持つグレンが叫ぶ。

 グレンは現在遂行している合同クエストのリーダーに任命されていた。

 集まっているのはAランク以上の上級者ばかりが十名。

 確認されていたサラマンダーは一匹で、討伐には十分な人数だと思われたいたが誤算があった。

 いざ討伐を初めて見ると、サラマンダーは二体現れたのだ。


 サラマンダーとは主に火山に現れる火属性の魔物で凶暴。

 中々お目にかかれない――出来ればかかりたくないレアな魔物だ。

 マグマの中でも自由に泳ぎ回れる頑丈な皮膚。

 岩をも砕く強固な顎と牙。

 触れると焼けただれるだけでは済まない灼熱の炎を吐く。

 蛇と蜥蜴を混ぜたような姿をしていて、馬車などは軽く一巻き出来る大きな身体だが動きは素早い。

 とはいえ、上級デリーターが集まれば、一匹なら死傷者を出すこと無く倒せる。

 だが、二匹同時となると話は別だ。

 この場にいる男達は対になり動く二匹のサラマンダーと対峙し、冷静に動きつつも焦っていた。


 動きは素早く、追い詰めようとすればマグマの中に潜られる。

 一匹に対応しているともう一匹が邪魔をし、上手く弱らせることが出来ても片方が回復を施すし、マグマに潜っても回復する。

 こちらが消耗するばかりで回復手段が尽きそうになっその時――。


「よし! 上手くいったぞ!」


 マグマに潜ったサラマンダーの頭上にある岩の天井を崩し、動きを封じることに成功した。

 だが動きを完全に封じることは出来ず、サラマンダーが一心不乱に身体を動かしている様子を見ていると這い出てくるのは時間の問題だ。

 回復を阻止出来ている今の内に動きまわっている方を仕留めなければならい。

 グレンの命令で全員が一斉に一匹のサラマンダーへと仕掛けた。


 サラマンダーは槍などの特性である『貫通攻撃』が無効だ。

 斬撃と打撃にも耐性があり普通に攻撃すると効果薄いため、弱点となる氷や水の属性を纏わせた剣や拳を振るう。

 上級デリーター達の囲まれ集中攻撃に遭い、一気に弱体化するサラマンダー。


「下がってください!!」


 サラマンダーの体力が三分の一程度となったところで、強力な魔法の詠唱を終えたAランクデリーターである魔法使いのレオンが叫んだ。

 瞬時に後退し、サラマンダーから距離を取るデリーター達。

 集中攻撃が止むと、弱ったサラマンダーは直ぐさまマグマへと逃げようとした。

 だが、それは叶わない。

 レオンが放った上級氷結魔法がサラマンダーを捕らえた。

 炎を宿した身体を中心に氷の塊が形成されていく。

 身体をくねらせ藻掻き、抵抗して動きも徐々に鈍くなる。

 成長した氷はサラマンダーを覆い、周囲の熱気を上回る冷気を漂わせると、パンッと砕け散った。

 凍ったサラマンダーの身体が氷の礫となり、ボタボタと地面に落ちる。

 レアな魔物の素材を採集できなかったことは残念だが命には変えられない。

 残りは一匹。

 こちらは上手くいけば貴重な尾や牙、心臓となるコアを獲れるかもしれない。


「よくやった! あとは一匹! ここからは予定通りだ! 気を抜かず行くぞ!」

「おおっ!!!!」


 デリーター達の士気は上がった。

 ここまで来れば依頼は達成出来るだろう。

 依頼はAランクだったが、サラマンダーが二体という実質最高難易度のSランクにあたる依頼を十名で乗り切れそうだ。

 我らは強い。

 元々自信を持ち合わせた者達が集まっていたが、彼らの自尊心は更に高まった。


 そんな時だった。


「いらっしゃいませ! 特別なお菓子はいかが?」


 場違いな若い娘の声が洞窟に響いた。


「?」


 その場にいた全員にその声は聞こえた。

 確かに聞こえていた。


 だが――。


「マグマにいるサラマンダーがそろそろ出てきそうだ! 全員、構えろ! レオンはもう一発頼む!」

「はい!」


 揃って無視をした。

 サラマンダーの動きを察知したこともあるが、誰もがその声を「気のせい」「幻聴」と判断したからだ。

 命をかけて戦っている緊張状態では、いるはずのない恋人や母の声が聞こえることもある。

 リーダーであるグレンにも駆け出しの頃そういう経験があった。


「あれー、シカトですかあ!? 久しぶりなのに悲しいよお」


 尚もはっきりと聞こえる幻聴が少し気になったが、サラマンダーが二体という緊急事態に余程切羽詰まっていたのだなと自嘲するとマグマを睨んだ。

 するとサラマンダーを押しつぶしていた岩が砕けた。

 同時にこちらへ向かって飛び出して来るマグマに濡れた灼熱の巨体。


「来たぞ! ……っ!?」


 突撃に備え、構えていたグレン達の上をサラマンダーは越えて行った。

 その先には再び上級氷結魔法を放つため、後退して詠唱をしているレオン。

 サラマンダーは一気にトドメを刺すことの出来るレオンを狙ったのだ。

 振り返り、サラマンダーを追ったグレンは焦った。

 詠唱時のレオンを守る役割を与えていたはずのデリーターが持ち場から離れていたのだ。

 サラマンダーを一匹倒した気の緩みが招いた油断だった。


 サラマンダーのターゲットとなっていることに気がついたレオンは詠唱を中止し、回避に移る。

 詠唱に時間のかからない低級氷結魔法を行使し、サラマンダーの動きを翻弄する。

 思うように進めなくなったサラマンダーは動きを止め、大きく口を開いた。

 何度と繰り出されていた灼熱のブレス攻撃が来ることを予想し、レオンはバリアを張る。

 だが――。


「!?」


 今までのように炎を受け流そうと構えていたレオンだったが、襲ってきたのは灼熱の炎ではなくマグマを濃縮して作ったような岩の塊だった。

 炎よりも物理的な衝撃が大きい。

 咄嗟に物理防御力を上げたバリアに変化させる。

 その瞬間に凄まじい衝撃がレオンを襲った。


「……ぐっ!」


 全身の骨が軋むような痛みを感じたが……レオンは無事だった。

 元のバリアだと破られてしまっていただろう。

 咄嗟の判断が功を奏した……と思ったのは一瞬だった。


「しまった!」


 レオンはすぐに気がついた。

 レオンがバリアで塞いだことにより、マグマの塊が軌道を変えて飛んで行ったことに。

 その勢いは衰えておらず……その先には人影があった。

 レオンが弾いたことにより、仲間に危機が迫っていたのだ。


「逃げてください! ……って…………誰!!!?」


 レオンは混乱した。

 人影の正体は仲間ではなく、メイドのようなエプロンをした娘だったからだ。

 しかもその娘の背後にはさっきまではなかった店がある。

 店の規模はキングサイズのベッドほどの小さなもので、移動が可能な屋台だと思うが造りはしっかりしている。

 クリーム色の建物に、濃い緑と薄い緑が交互に並ぶストライプ柄の幕が屋根として掛かっていて、その下には様々な柄のフラッグガーラントがつけられていた。

 若い娘が好みそうな店構えだ。

 店の幅いっぱいまであるショーケースに、ケーキが並んでいるのが見えた。


「ケーキ屋?」


 レオンは混乱した。

 火山の山頂、凶暴な魔物が住まう空洞にケーキ屋があるはずがない。

 これは幻覚かもしれない。

 ……だが、はっきりと見える。

 これが幻覚ではないのなら、あの娘を助けなくてはいけない。


「……あっ!」


 「いや、だが、こんなところにケーキ屋だなんて……」と迷っている内に、マグマの塊は娘を襲っていた。


 次の瞬間――。


 どうか幻覚であってくれ! と願うレオンは、「やっぱり幻覚か」と思うような光景を目にする。


「ん? 何だか胸がときめく美声が聞こえたような……って、わあ! 何か飛んできたあ!」


 ハツラツとした声が聞こえたかと思うと、娘を直撃したはずのマグマの塊が突如軌道を変え、地面にめり込んだのだ。

 その衝撃で洞窟内が揺れ、天井からはパラパラと岩の欠片が降って来た。


「……」


 何が起きたのか分からず、レオンはサラマンダーの討伐が済んでいないというのに固まってしまった。


 グレンが固まったと同時にリーダーであるグレンも固まっていた。

 レオンと違う点は、グレンの場合は『何が起きたか分かったから』だ。


 レオンと同じように娘と店の存在に気づいたグレンは、マグマの塊が娘へと軌道を変えた瞬間に駆け出していた。

 娘を助けようとしたのだ。

 だがマグマの塊はグレンより早く娘へと辿りついてしまった。

 グレンが娘まであと三歩というところで悲劇は起こ――らなかった。


 グレンは見た。

 娘がまるで蚊を払うかのような気軽さでマグマの塊を叩き落としたところを。

 手首のスナップ一つで、マグマの塊が地面にめり込んだのだ。

 そして娘の危機に気づいたものの、グレンのように動き出せず、呆然と一部始終を見ていた一人のデリーターが呟いた。


「あ、あの子の手、どうなってんだ?」


 フリーズから解けたグレンは、「いや、手、とかいう問題じゃないだろ……」と心の中で仲間にツッコミを入れつつ娘に聞いた。一応聞いた。


「……君、大丈夫か?」

「お客様っ!?」


 グレンに話し掛けられた娘は顔を輝かせた。

 不思議な顔つきをしているが、ぱっちりとした目の黒いつぶらな瞳はグレンが幼き日に飼っていた兎のぴょん子に似ていた。

 とても愛らい少女だった。


「いらっしゃいませ! どうぞ、見ていってください!」


 娘はマグマの塊を叩き落としたものとは思えない柔らかく白い手でグレンの腕を掴み、ショーケースの前へと導いた。


「これは……凄いな」


 そこには色とりどりの洋菓子が並んでいた。

 ショーケースの中にはケーキやシュークリーム、マカロン、プリンやゼリー等、低温保管が望ましい商品が並んでいたが、上に置かれたカゴの中にはクッキー等の焼き菓子もあった。

 どれも繊細な仕上がりで食べるのが勿体ないが、美味しそうで食べずにはいられないと思えるような品だ。

 思わずグレンの喉がごくりと鳴った。


「どれになさいますか?」

「あ、いや……俺は……」

「ふふ、お客様。ずばり、甘党ですね!」

「!?」

「隠しても駄目ですよ! お客様の目が輝いていますから。バレバレです!」


 お見通しよ! とサムズアップする娘が指摘した通り、グレンは甘党でスイーツ好きだった。

 特に好きなのはショコラだ。

 飼っていた兎のぴょん子も、親に兎に興味が無いフリをするため「雌の兎だからぴょん子でいいだろ!」と言ってしまったが、心の中ではショコラたんと呼んでいた。

 毛色はキャラメル色だったが、誰が何と言おうとショコラたんだっだ。


 今のグレンは齢四十五になる中年で、Sランクデリーターに相応しい筋肉質な体だ。

 顔の造形は整っているが、髪と同じ灰色の太い眉毛と無精ヒゲは男臭く、スイーツより丸焼きにした肉を骨ごとむさぼり食っているのが似合う。

 それを誰よりもグレン自身が理解していたため、甘党でありスイーツ好きだということは今までひた隠しにしていた。


「いや、俺にはスイーツなど……」


 初めて自らの秘密がバレたという動揺は、グレンから「今は戦闘中だ! こんな時にケーキなど食べていられるか!」という当たり前に出てくるはずの台詞を奪っていた。

 実は先ほどから再び暴れ出したサラマンダーが彼の仲間達に襲いかかり、次々と吐き出されるマグマの塊によって地面の至る所が抉れ、身動きが取り辛くなり大ピンチになっているのだがグレンは気づかない。


「もしかして、スイーツが好きってことが恥ずかしのですか?」

「……こんなおじさんがショコラ好きなど…………あっ」


 グレンはつい、特にショコラが好きであることを自白してしまった。

 慌てて口を塞いだが、時既に遅し。


「こ、此処は暑いな!!」


 赤くなった顔は、この空洞に篭もる熱気のせいにした。

 だが娘はそれもお見通しのようで、聖母のような目でグレンを見つめた。

 それはグレンの顔を更に赤くさせた。


「ガチムチおじさん」


 娘は無骨なグレンの手をそっと両手で包み、慈愛に満ちた表情を浮かべた。


「私の作ったショコラケーキ、とっても美味しいんです。美味し過ぎて、余計なことは考えられなくなりますから。何も考えずにショコラを楽しんでください」

「君……」


 呼ばれ方が一瞬気になったが、ぴょん子に似た……いや、ショコラたんに似たつぶらな瞳を見てそんなものは吹き飛んだ。

 初めて好きなものを好きと言えない弱い心を許して貰えた気がした。

 グレンは長年の苦しみから解き放たれたような思いになった。


「ひとつ、頂こうか」


 グレンの言葉に、娘は何も言わず笑顔で応えた。


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