推しNPC(+α)に追いかけられています!
花果唯
出会い編 こうして私は追われる身となりました
第1話 レアショップ『アスティアナ・チュトラリー洋菓子店』
アスティアナという名の世界に、特殊な事情を抱えた少女が一人。
名前はミチ。齢十八。身長百六十センチ。
黒髪黒目で地球の日本という国では平凡な女子高生だった。
だが世界を渡り、異世界であるアスティアナに来たことにより非凡となった。
まず容姿だが、黒髪黒目は珍しい方ではあるが、全くないわけではない。
アスティアナの住人がミチを見て気になる所といえば顔つきだろう。
ミチは日本人。地球でいうとアジア人の特徴を持っている。
日本では愛らしいと言われたが、西洋の顔つきに比べると鼻は低く、堀が浅い。
年齢よりも幼く見える印象だ。
アスティアナの住人は肌の色は地球よりも多いが、顔の作りは皆西洋風。
世界でただ一人アジア人の特徴を持つミチは風変わりに見える。
それでも少し変わっているなと言うだけで、異様な存在とまでは思われない。
ミチの中で最も非凡と言うに相応しい点は、アスティアナで唯一無二の店、レアショップ『アスティアナ・チュトラリー洋菓子店』の後継者だということだ。
『洋菓子店』なので、クッキーやケーキ、マカロンなどの洋菓子を売っている。
地球からすると異世界であるアスティアナに、西洋の菓子という意味の『洋菓子』と言う言葉が出てくるのは違和感があるが、これはアスティアナが日本のオンラインゲーム、『アスティアナ・オンライン』を元に作られた世界であるためだ。
アスティアナ・オンラインとはオンラインアクションRPGだ。
プレイヤーは穢れた魔力から生まれた『魔物』を刈り取り、消す者となる『デリーター』になり、世界を平和にするために戦おうという内容で、戦闘メインのゲームだった。
アスティアナ人の顔が西洋風なのは、キャラクターメイキングのパーツが全て西洋風だったからなのだ。
ちなみにミチもこのゲームをプレイしていたが、操作していたキャラクターではなくミチ本来の姿でアスティアナにやって来ている。
店に立つ時もこちらの世界にやって来たときに着ていた高校の制服にエプロン、頭には三角巾という恰好でいる。
そんな日本人からすると、女子高生がアルバイトをしているような光景を見せているチュトラリー洋菓子店だが、販売されている商品は『レアショップ』の名を裏切らない恐ろしく希少性が高いものだ。
レアショップ『アスティアナ・チュトラリー洋菓子店』はゲームの中でも現れる。
魔物を討伐するエリアの中で、レアな敵を倒すと一定の確率で現れる神出鬼没な店。
ラインナップはケーキ、パイ、シュークリーム、マカロン、クッキーなどの洋菓子。
見た目も美しく色鮮やかで珍しくはあるが、何と言っても特別なのは効果。
状態異常・即死無効化、物理無効、魔法無効、能力✕10、攻撃力基礎値増加、防御力基礎値増加、魔力基礎値増加、蘇生全回復、特殊魔法習得等々。
使用効果に制限があるものもあるが、永久的に効果のある基礎値アップなどは食べれば食べるほど強くなるのだから、存在するのが反則のような一品だ。
運良くチュトラリー洋菓子店に遭遇して購入することが出来、売られている洋菓子を口にした者はその効果に戦き再び巡り会いたいと求めるが、それが叶ったという話は聞かない。
チュトラリー洋菓子店に出会うとそれだけで強くなれるように思えるが、店の洋菓子を食べただけで強者となったものはいない。
何故なら店の出現条件が、倒すには苦労する『レアな魔物を倒す』なので、店を出現させた者は元からある程度強者なのだ。
そしてゲームではなく現実となったアスティアナでは、突如現れた謎の洋菓子店で暢気に買い物をする人はあまりなく、買ったとしても数少ない。
使用効果に制限があるものは効果が切れれば終わり、基礎値アップも一つ食べたくらいでが劇的な変化はない。
だからこそ「今度こそは大量に購入しよう」と、出会いを求める者が出てくるのだが――。
しかし、出現条件は知られていない。
突如現れ、突如消える。
探すにも情報が少ない。
探し回りたいが、出来れば己だけの情報として秘匿しておきたい。
そうやって水面下で静かに切望が広がる店――。
それがミチがこの世界に来て継承した『アスティアナ・チュトラリー洋菓子店』だ。
「お?」
チュトラリー洋菓子店のホームエリアに建つ一軒家のキッチンにいたミチは、卵白とグラニュー糖を混ぜ、メレンゲを作っていた手を止めた。
突如現れたアラビア文字のようなものがみっちりと刻まれた長方形の枠、一枚扉のような魔方陣がミチを誘うように光っている。
「誰かがレアボス倒したんだねー。もう夕方のご飯時なのにご苦労様だあ。うーん、メレンゲを途中で置いていくのは嫌なんだけどなあ。角が立ってきて良い感じだったんだけどなあ。でも最近店出してないし、そろそろ行こうかなあ」
ゲーム時代は一定の確率で出現していた店だが、今はミチの気分次第での出店となっている。
誰かがレアボスを倒し、出現条件が満たされると今のように魔方陣が出現する。
それにミチが対応すれば開店、無視すれば開店せずとなる。
ミチは十回中一回くらいは店を出せと言われていたのだが、数えるのを忘れているうちに百回くらいスルーしていた。
ちらりと開店への鍵となる魔方陣を見ると、オーナー兼師匠兼先代のあの人が冷たい目で『さっさと行け。サボるな』と言っているように見えた。
ミチは観念して溜息をつくと、この店を継いでから使えるようになった魔法でパパッと普段着から制服に着替えた。
周辺地域からは人気の高かった白のセーラー服と水色のリボンはお気に入りで、今でもこの服を着ていられることが嬉しい。
簡単に纏めていた肩甲骨まである真っ直ぐな黒髪もしっかりとポニーテールに直し、その上にレースの付いた三角巾をかぶり、同じくレースのついたメイドエプロンをつけた。
「よし、行きますか!」
気合を入れて踏みだし、扉となる魔方陣をすり抜ける。
視界が白に塗りつぶされ、思わず目を閉じる。
スッと空気が変わったのを感じて目を開くと、そこは本日の営業場所。
ずらりと並んだ洋菓子の前に立ち、ニコッと営業スマイル。
「いらっしゃいませ! 特別なお菓子はいかが?」
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