優の章

私は人間の負の感情を咀嚼します。

その行為は正義も悪も関係ありません。何故なら私は清純でなければ、邪悪でもないのです。

所謂中立。

そう語る私は今日も死ぬために誰かを助けるのです。

季節は夏を終えようとしていた頃でしょうか。

良い素材を見つけました。

笑えるぐらい哀れな小娘に私は同情を感じました。23歳で借金取りに命を奪われたのですよ?哀れ以外の表現を私は知りません。そして、自業自得と思い過ごす方法に目を瞑ってあげたくなるのです。

その子は男からの愛情に飢えていました。

彼女はブランド物の時計やブランド物の眼鏡を鳩村洋介というホストに買い与えている内に美容師の資格を取る余裕がなくなりました。そして、底尽きた金を鳩村に見せる程、心の強い子ではありませんでした。

彼女の死因は借金です。

惨たらしい最期だったので詳しく書きません。


下から7つ目の尾をちぎります。

腐敗した肉の塊となった真潮優に掲げます。完全に元に戻るのに3日かかるでしょう。スライムにポーションを投げるのとはまた原理が違うのです。最も彼女は皮肉なことに人間スライムでしたが。


【闇枕】という組織が私を追っています。

彼が盗んだ研究材料は全て私に残されました。

【闇枕】の最高幹部、コードネーム、クロノが真潮優の息の根を止めました。それを救うのはむざむざ研究材料になるつもりではないという自己流アピールに繋がると考えています。

黒魔術組織など潰れるべきです。誰かの不幸のために好奇心を満たす輩はろくでもありません。

私は正直、彼を生かすか殺すか迷っています。選択肢は2つなのに右か左かという問題程簡単ではないのです。

私の選択が多くの人を不幸にする--。私のやろうとしていることは真っ黒。どこにも美徳はありません。それなのに解決策はもう分かっています。

迷っていると言いましたね。あれは嘘です。しかし、私は選択したくないのです。

つまり、選択したくない選択肢しかないという状況です。

今は考えないようにしましょう。

頭の中が掻き乱されて平静を保てなくなります。この体は私の精神構造をも現しているので、月葉という女が如何に姑息に生きてきたか物語っています。

愚かな私を満月が赤々と照らし妖狐の影を家々に広げます。狼にも似ている模様は私が今までしてきたことの罪深さを現しているかのようです。

私のやっていることは前述した通り善でも悪でもありません。人助け?違います。気に入った玩具を治しているのです。


琴音は私を否定しないでしょう。

琴音だけは私を愛というベールでシルクのように優しく包んでくれます。

「月葉、また救ったの?」

--自然の成り行きを捻じ曲げたに過ぎません。

「後、6人ね。月葉にしてはペースが早いんじゃない?3年後には貴女、死んでます」

私は項垂れ、つれない目付きで微笑しました。氷の目線で巫女を見ます。見定めようとしても何も得られませんでした。

炎が高々と燃え盛ります。

夏と炎の熱気で私も琴音も汗を強かにポタポタと落とします。

--死が何ですか?私は死者を愚弄しています。今更、怖くありません。

「貴女は私の側で生きながら得るべきよ。ただの我儘に耐えられないのかしら?」

琴音は優しく私の頭に触れました。

鼠のような声を出して、喉を鳴らしつつ、甘えます。その瞬間が幸せなのです。

死者は幸せではありません。後悔ばかり先走ります。それでもたまに--ほんのまぐれに私のような存在がいます。

しかし、本当に私は死者なのでしょうか。化物、妖怪に人権はあるのでしょうか。死に人のなりそこないには、幸せなど、ご都合主義の賜です。

--3人目が待っています。

「古の神々の祝英が貴女を永続として守り給わんことを」

琴音が炎の中にお香の香りがする金の粉を振り撒きました。

私は紅の瞳を見開き、氷の微笑で時が揺れるのを待ちました。

時計の針がヤケに煩く耳を刺激します。

私は安息の眠りに落ちました。


真潮優の瞳の中で私は起きます。

優は混乱しきった様子でしたが、鳩村洋介の怒った顔を思い出して震え始めました。

--バカなことはやめなさい。もう貴女が怯える必要はないのですよ。

優が頭を抱えて汚い川辺に浸った服に顔を埋めます。

「誰?洋ちゃんは?私なんかより洋ちゃんを守ってよ!誰なの?」

私は怒りを抑えるのに必死でした。この子はスッカリ洗脳されています。鳩村洋介の本命は鈴木絵梨花という高飛車な女なのに気付いていません。

--名乗る程の者ではありません。愚かな女よ。貴女の世界は哀れなものです。何万と貢いでも男の心は動かせませんでした。鳩村の人生を狂わせましょう。貴女がそれを望まないのなら、もう一度、ゲル状の塊になるがいいです。

私の言葉は氷のように響きます。

優は頑固に拒みました。

「洋ちゃんに何かしたら、タダじゃ置かないから。この化物」

私は不可思議に頭を傾けます。

マインドコントロールが効かない?

--クロノに何をされましたか?銀髪で長い髪の女です。30代前半の見た目でしょうか。注射でも打たれましたか?

真潮優は少し考えて言いました。

「呪文のようなものを最期聴いたわ」

私は歯軋りし、自らの肉体に攻撃しました。

黒いオーラが優の周りを徘徊し、旋風した後、塵と化し、川辺に散らばります。

簡単な暗示を無視する黒魔術です。最悪、琴音の力を借りなくてはなりませんがこれぐらいの黒魔術は多少強引に私でも取り除けます。

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短命妖狐 サーナベル @sarnavel

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