第99話 控え室

 本日は学園対抗戦の決勝戦、つまり【聖剣の勇者】ルークとの戦いの日である。

 朝から、観戦に来てくれたウルフファングをはじめ知り合いの冒険者達が顔を見せてくれ、激励をくれた。

 勇者は元来冒険者からはあまり良く思われていないようで、お高く止まっている勇者をボッコボコにしてくれという意見が多く苦笑するしかなかった。


 そうして宿を出て会場へ向かい歩いていると、向かいから見覚えのある壮年のおじ様の姿が目に入った。彼も僕に気づいたようでこちらへ近づいてくる。


「やあ、シリウス君。久しぶりだね」

「タナトさん!? お久しぶりです」 

 

 そう、以前迷宮の下層で出会った、タナトさんである。

 彼は以前に出会った時と同じ黒いローブを身に纏い、フードを被っていた。

 渋さを滲み出しつつも串を加えているタナトさん。串焼きでも食べていたのだろう、祭りを堪能しているようだ。


「迷宮ではお世話になりました。突然いなくなったのでびっくりしましたよ。どうしてこのような所に?」

「ははは、すまんすまん。あの時はちょっと急用ができてしまったのでね、挨拶もなく去ってしまってすまなかった。今日ここにいる者なら、目的は一つしかなかろう? 学園対抗祭を見物に来たのだよ。もしや……とは思ったが、まさか本当にセントラルの代表、しかもリーダーとなっているとはね。君の勇姿が見れて来たかいがあったというものだよ」


 彼は楽しそうに笑いながら僕の肩を叩いた。


「しかも今日は【勇者】と君の戦いときた。年甲斐もなくワクワクしてしまうね」

「そんな期待されてしまうと、是が非でも無様な戦いは出来ませんね」

「君ならそんな心配はないだろう? さて、決勝戦出場者をこんなところで足止めしていてはいかんな。試合、楽しみにしているよ」

「はい、ありがとうございます!」


 彼はまた深くフードを被り直すと、人混みの中へ消えていった。

 今度は普通に去って行ったなぁ。



 タナトさんを見送りそのまま闘技場の入口へ到着すると、見覚えのある顔が入口で入場者にガンを飛ばしていた。

 えーっとあの人は確か……迷宮の下層で僕を捕まえようとした、迷宮攻略兵団の下っ端君か。なぜこんな場所に?


 疑問に思いつつもスルーしようとしたところで、真横から大きな声が聞こえた。

 

「あっ!!」


 チラリとそちらを向くと、下っ端君は僕を指差して目を見開いていた。


「あの時の子ど……冒険者!! こんなところで何をしてるんだ? ここは関係者入口だぞ!」


 僕は若干うんざりしつつも、下っ端君の方へ振り向く。



 学園対抗祭の行われている現在、この闘都ドミネウスには、国王陛下をはじめ王族の方々が滞在している。

 通常時、王族を含めた王都を守護しているのはセントラル白騎士団長である【剣聖】リィン・ソードフェアであるが、闘都遠征中は異なる。

 彼女はあくまで王都の守護が第一任務であり、王都から離れることは許されていない。

 王族の警護は近衛騎士団の役割であり、対抗祭中も近衛騎士団が王族と共に闘都に滞在している。


 またそれに加え、王国随一の魔術師であり我が校の学長でもあるベアトリーチェ・ウィザードリィが国王陛下の警護に加わっている。

 どうやら国王陛下の学園対抗祭遠征時は、騎士団から毎年ベアトリーチェさんに警護の要請をしているそうだ。

 本当に何者なんだあの人……。


 それとは別に闘都には対抗祭中、普段の数倍の人間が訪れている。

 荒くれ者達が元々多く滞在している闘都に自らの力を過信した若者達が多く訪れるのだ。

 そりゃ問題は山ほど起きる。

 そのような揉め事の防止、処理、そして闘技場の警備などなど……本大会の運営のためには一定以上の力量を持った兵士が多く必要となる。

 

 そこで迷宮攻略兵団が一年に一回、対抗祭の時に迷宮外の任務に駆り出されるのだ。

 そう聞いてはいたのだが……まさかまたこの男に、しかもこんな所で会うとは思っていなかった。

 迷宮攻略兵団は人材不足なのか?


「僕は参加者ですので」


 僕はすぐに懐から学生証を取り出し、下っ端君へ提示する。

 下っ端君はそれを受け取り、まじまじと眺めた。


「シリウス……アステール……。ってお前、まさか――ぶへらぁっ!?」


 学生証と僕を交互に見て何かを言おうとした下っ端君に、凄まじい質量の拳骨が振り下ろされる。

 下っ端君はそのまま地面に叩きつけられ、頭を押さえて転がっていた。


「おい!! また人を見た目で判断してるのか貴様は!? というか、まだ参加者の顔と名前も覚えてねぇのか!? いい加減首にするぞ!!」


 凄まじい形相で下っ端君を見下ろす筋肉だるま。

 この人は確か、迷宮攻略兵団副長のワーレンさんだ。


「久しぶりだな、シリウス君。またうちの馬鹿が迷惑をかけちまった。俺らの教育不足だ、本当に申し訳ない……! しかしお前さん、相当デキるとは思っていたが、まさかその年でセントラルの代表生とはな……。そんな冒険者を入口で止めちまって悪かった。さぁ、通ってくれ」


 目つきが悪く筋骨隆々のワーレンさんはその体躯に似合わず丁寧に頭を下げて僕を闘技場内へ誘導してくれた。


「おい、アベル! お前はもう入口警護はいい! ここにいても役にたたねーんだ、見回りついでにアホ隊長でも探してこい!」

「は、はいぃぃっ!!」

 

 後ろからワーレンさんの叫び声と悲鳴にも似た下っ端君の声を背に受けつつ、僕は控え室へと向かった。



 控え室へ入ると、シオン先輩とクリステル先輩がお茶を飲みつつ楽しそうに話をして――いや、一見和やかそうに見えるが、控え室にはピリッと緊張感が漂っていた。


「シオン先輩、クリステル先輩、おはようございます」

「やぁ、シリウス君おはよう」

「シリウスさん、おはようございます」


 二人の気力と魔力の流れにより、今までにないほど神経を研ぎ澄ませていることが窺える。

 気力も魔力もほとんど身体から漏れ出していない、つまり集中して力を練り上げているということだ。


「ふふ、シリウス君もやる気十分のようだね。今日が楽しみだ」

 

 かく言う僕も、朝から集中力を高めている。

 そんな僕を見てシオン先輩は嬉しそうに微笑んでいた。


 シオン先輩からの生暖かい視線を受け流しつつ、試合が始まるまでの束の間に二人と作戦の再確認を行う。

 と言っても、やることは非常にシンプルだ。


「さて、作戦はそんなものですかね。【勇者】は勿論、メンバーの令嬢二人も能力は非常に高いようですので油断せずに行きましょう」 

「あぁ、任せてくれ」

「私も全力を尽くしますわ」


 この二人になら、安心して背中を任せられる。

 僕らは拳をぶつけ合い、決勝戦の舞台へ歩き出した。


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いつもお読みいただいている皆様の応援のお陰です、本当にありがとうございます。

発売時期などの細かい情報は、追々告知していきたいと思います。

これからも楽しいお話を届けていけるよう努めてまいりますので、よろしくお願いいたします。

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