第98話 暴露

 皆との食事を終え、僕はエアさん達と分かれて街の中心地、噴水広場へ向かった。

 街は静まり返り、夜風が程よい涼しさでとても気持ちがいい。

 人通りもほとんどなく、散歩日和だ。


 噴水の縁に腰を掛け少し待っていると二人の少女が談笑をしながら近づいてきた。ノルド国軍訓練学校の射浜さんと青木さんだ。

 二人はすぐに僕に気が付き、手を振りながらかけ寄ってきた。


「お待たせ、シリウスくん。こんな時間にごめんね」

「待たせてしまったようで悪かったわね」

「いえ、僕も今さっき来たばかりなので大丈夫ですよ」


 時計のないこの世界で正確な時間に待ち合わせすることは不可能だ。

 待ち合わせをして一時間待つといったこともザラであることを考えると、十分ほどで合流できたのは僥倖だろう。

 

 射浜イハマさんと青木さんは黒いシャツに迷彩柄のボトムスを合わせたシンプルな装いであった。

 女子高生感溢れる二人が着ているとコスプレにしか見えない、ということは心に仕舞っておく。

 

 また射浜イハマさんは戦闘時は黒縁メガネにポニーテールであったが、今はメガネはなく髪も下ろしており印象がガラッと変わっていた。


「いやー、思ったより教官の監視が厳しくてねー。抜け出すのに手間取っちゃったよ」


 射浜イハマさんは笑いながら頭を掻き、青木さんはそれを呆れたような表情で眺めていた。


「それは……お疲れ様でした。それで、僕に用事とは一体なんでしょうか?」


 お互い抜け出してきている身だ、早めに要件を済ましてしまおう。

 僕が早速切り出すと、射浜イハマさんは口を尖らせた。


「えー、もう本題? つまんないなー」

永夢エイム、ちょっと黙ってなさい。シリウス君、単刀直入に聞くけど……君は転移者だよね? その強さも恩恵ギフトでしょ?」


 本当に単刀直入だな……。

 このように聞いてくるということは、二人はやはり転生者ではなく転移者なのだろう。


 しかし、両方とも心当たりがない。というか、全くの新しい情報だ。

 恩恵ギフト……射浜イハマさんのあの重火器を駆使していたスキルのことだろうか。

 青木さんの言い方だと、転生者は皆恩恵ギフトとやらを持っているような話しぶりだな。

 少なくとも、この二人は恩恵ギフトを持っているのだろう。


「転移者、恩恵ギフト……とは、どういう意味でしょうか? 心当たりはないのですが……」


 僕がそう答えると、青木さんは少しの間僕の目をジッと見つめ、一息ついて口を開いた。


「……私達を警戒するのは分かるわ。君を呼んだのは、私達と同じ黒髪黒目だったから――私達の故郷『日本』の出身だと思ったからよ。私達、故郷に帰りたいの。だから何か手がかりがないかと思って君に声をかけたのよ。誓って敵意があるわけではないの。というか、私達ではシリウス君に手も足もでないしね」


 故郷に帰りたい、か。

 何か事故が起こり、日本からこの世界へ転移させられてしまったのか。それとも誰かに召喚されたのか。

 事情は分からないが、二人の状況はなんとなく見えてきた。


「……ところで、最近セントラルでは喫茶店なるものが流行っているらしいわね。クレープとか、アイスクリームとか、美味しいわよね。私も久々に食べたいわ……」


 青木さんは流し目で、こちらを見下ろす。

 少々嗜虐的な表情をしており、口元が緩んでいるように見えるのは気の所為だと信じたい。


 流石は国軍訓練学校生、戦いには関係のないそんなことまで調べ上げているとは。

 自分の名義で前世の文化をこちらの世界に持ってきたのは少々軽率であったか……。


 本当は前世のことは、あまり人に知られたくはなかった。と言えど、バレたところで何か問題があるのかと言えば、そこまで問題は無い……はずだ。


 どちらにせよ青木さんは僕が『日本』と何かしらの繋がりがあることを確信している。

 しかも、二人は全てではないにせよ手の内を明かしてくれている。リスクもあるだろうに……。


 こちらもそれに応じた分は誠意を示したいと思ってしまった。


「……僕が転移者ではないというのは本当です。ただ実は……前世の、こことは別の世界『日本』の記憶があるんです」


 僕が若干の真実を告げると二人は少し驚いた顔をして僕を見つめた。


「お二人が故郷へ帰りたいという気持ちは解りました。今は何も情報はありませんが、もし手がかりを見つけたらお伝えします。ただ、僕に前世の記憶があるということは、他の人には内緒にして下さいね?」


 二人は表情を引き締め、コクリと頷いてくれた。


「ところで、転移者や恩恵ギフトについておうかがいしたいのですが……。転移者の方は他にもいらっしゃるんですか? あと恩恵ギフトというのは、先程の銃とかですかね?」

「シリウス君……ありがとう。お礼とは言ってはなんだけど、私達の情報も共有するわ。といっても、転移者の人数は私達も分からないの。こちらの世界にきてから、私達二人以外とは会ったことはないのよ。でも、絶対他にもいると思うわ。あと恩恵ギフトは……本当に分からないの?」

「へ? シリウス君、恩恵ギフトないの? あの剣とか魔術は?」


 二人は不思議そうに首を傾げて聞いてきた。本当に心当たりがない。


「はい、本当に知りません……。剣と魔術は、普通に鍛錬で身に付けたものですよ」

「嘘でしょ!? 一体どれだけ修行してるの!? 経験値百倍とか、そういう恩恵ギフトを持ってるのかと思ったんだけど……」

「いえ、残念ながらそんな恩恵ギフトはありません……。きっと師匠に恵まれているお陰ですね。別に鍛錬だって、普通に毎日授業と十時間くらいの自己鍛錬をしてる程度ですし……」

「じゅっ……!?」

「……恩恵ギフトじゃなくて努力の賜物だったのね……」


 二人はなぜか口に手を当て、憐憫の眼差しで僕を見つめる。なぜだ。


「シリウス君のことは、よく分かったわ……。恩恵ギフトというのは、私達転移者が女神アルテミシアからいただいた、謂わばチートスキルのことよ。お察しの通り、さっき永夢エイムが使っていた銃は、恩恵ギフトによるものね。私達転移者は漏れなく持っているはずよ」


 二人の話によると、とあるイベント会場で唐突に光に包まれ、気がついたら二人で真っ白な空間に転移させられていたそうだ。

 そしてそこで待っていた女神アルテミシアから問答無用で恩恵ギフトを受けたとのこと。

 消えゆく中、周囲のイベントスタッフやお客さんも一緒に光に包まれていたのを見たそうで、他にも転移させられた人がいるはずだと思っているらしい。


 そしてこちらの世界の元軍曹、現国軍訓練学校長にたまたま拾われて、ノルド国軍訓練学校に身を寄せているのだという。

 校長はとても良くしてくれるが、やはり自分たちの国に帰りたいと願い、二人は帰る手段を探すために修行をはじめた。

 そんな時に日本人そっくりな僕を見つけ、今に至っているそうだ。


 二人とも、中々に理不尽な境遇である。女神の目的は一体何なのか、二人も教えられていないということだが、非常に気になる。


 そして他の転移者がどうしているのか。

 この世界では奴隷制度もあるし、貧富の差も激しい。医療も発達していない。

 二人は幸運であったが、こんな世界に突然放り出されて生きていける者がどれだけいるのだろうか。

 それとも、助けてくれる人のところへ転移させてくれているのか。


 また、この世界の魔術の摂理から外れた現象を引き起こすことが可能な恩恵ギフトは、効果や転移者の人格によっては非常に危険だろう。


「なるほど……。他の転移者の方についても、何か新しい情報があればお伝えします」

「えぇ、お願いするわ」

「シリウス君、ありがとね!」


 安心したような表情で微笑む二人と握手し、宿へ帰った。

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