第79話 先輩

 学園祭(武道祭)後、初の登校。

 周囲の目線が物凄いことになっていた。


「あっ!? シ……」

「うぉ! 優……」

「シリウ……」


 普通に歩いていたんじゃ遅刻する未来しか視えなかったため、『雷光付与ライトニングオーラ』を付与して敏捷性を強化した上で駆け足で教室まで来た。

 あの速さで走ってるのに僕と認識して話しかけてこれるような動体視力が優れている人が結構いたというのは、流石冒険者学校だなと変なところで関心してしまう。

 教室の外の窓から覗いている人も沢山いるが、流石に弁えているのかなだれ込んでくることがないのは不幸中の幸いであった。


「シリウス、おはよ。……あの外の人達、どうにかしたら? 気になってしょうがないんだけど」

「……僕も困っているんですよ。流石に授業が始まったらいなくなってくれるとは思うのですが……」


 エアさんは辟易とした様子で机にうつ伏せていた。

 人混みをかき分けて教室に入ってくるのに苦労したようだ。


「はうぅ……中々教室まで辿り着けなかったよ……」

「……燃やす?」

「皆さん、ごめんなさい……」


 アリアさんは綺麗な長髪がぼさぼさになっていた。

 ロゼさんは心なしか魔力が漏れてますよ。

 皆ごめん……


「まぁ仕方ないであるな! シリウス殿のせいではないであるよ!」

「そーそー。まぁミーハーな奴らは数日すれば収まるっしょ」

「そういっていただけると助かります……」


 ムスケルとランスロットは楽しそうに笑っていた。

 気を使ってくれているのだろう、良い友人達だ。



 結局、毎回休み時間の度に教室の外には人が集まっていた。

 トイレに行くのも困難であったため、窓から脱出して校舎の屋上から寮の屋上へ転移して寮のトイレに行くという無駄に高度なトイレの行き方をしていた。

 出してる最中に話しかけられたり群がられたりしたら嫌でしょ。


 ちなみに寮は目と鼻の先にあるため、比較的魔力消費の少ない短距離転移魔術の『次元跳躍ディメンションリープ』で済んで助かった。

 『次元跳躍ディメンションリープ』は目視可能範囲内でしか転移できないため、寮の屋上から部屋へ歩いて戻る必要はあるが。

 登校も暫くは屋上転移で済ませようかな……


 ようやく一日が終わり疲労困憊の体を引きずってまた窓から外に出ようと思っていると、教室のドアをガラリと開けて二人の男女が自然に教室に入ってきた。

 今まで教室の外に人が群がってはいたが、誰も入っては来なかった。

 その均衡が破られたことに緊張が走る。


 ……かと思われたが、その二人の姿が目に入り、また違う意味で緊張が走った。

 静寂の中、誰かがごくりと唾を飲む音が聞こえる。


「やぁ、シリウス君。大変そうだね……」

「シリウスさん、ご機嫌麗しゅう。突然のご訪問失礼いたしますわ」


 そこには武道祭準優勝者のシオン先輩と、準々優勝者のクリステル先輩がいた。

 すわリベンジマッチかと、僕含めクラスメイト一同が身構える。


「シオン先輩、クリステル先輩、お疲れ様です。ご覧の通りで参ってしまっています、あはは……ところで、お二方は本日どのようなご用件でいらっしゃったのでしょうか?」


 極力和やかな空気を醸し出しつつ、二人に話を向ける。

 先輩達は顔を見合わせてクスッと笑い、愉快そうに口を開いた。


「シリウス君、そう身構えないでくれ。武道祭については正々堂々と戦った結果だし、君と戦った僕達は君の実力を認めているから何の不満もない」

「そうですわよ、貴方は勝者らしく堂々としていればよろしいのです」


 警戒心が表に出ていたかと苦笑が漏れる。


「今日は、これからの話しをしにきたんだ。君は一学年のトップ、まぁセントラル冒険者学校のトップでもあるんだけど。そのため、僕ら三人は学園対抗戦の代表者となっている。ここまではいいよね?」


 爽やかなシオン先輩の笑顔を眺めつつ、完全に忘れていたと心の中で頭を抱える。

 そう言えばディアッカ教官がそんな面倒事もあると最初の方に言っていたような気もする……そんな面倒な話もあったな……

 苦々しい気持ちを抑えつつ、平然を装い返事を返す。


「えぇ、勿論存じております。もしや本日はその打ち合わせのようなものですか?」


 そう応えるとシオン先輩はおや、という表情をし、クリステル先輩は満足そうに頷いた。


「その通りですわ。流石シリウスさん、お話が早いですわね」


 ごめんなさい、さっきまで完全に忘れてました……


「それでシリウス君、これから時間空いているかな? もし良ければ僕の寮室で情報交換しないかい?」


 この後は寮室でトレーニングをしようと思っていただけなので、了承した。

 ちなみに人混みは、シオン先輩とクリステル先輩が優しく声を掛けるとモーゼの海割りの様に人が割れて通ることができた。


 ……これから毎日迎えにきてくれないかなぁ。



「学園対抗戦は、三対三のチーム戦になる。参加する学校はセントラル冒険者学校、スード冒険者学校、イステン冒険者学校、ノルド国軍訓練学校だ。ヴェステン癒術学校の生徒達も来るが、観戦と救急対応のためなので参加はしない。今までの傾向では、魔術師に偏っているイステンはあまり驚異ではない。ノルドは精強な生徒が多いから要注意だね。スードは剣士ばかりで遠距離魔術に弱いから比較的やりやすいんだが……今年は状況が変わってしまった」


 シオン先輩は真剣な眼差しでこちらを見つめている。

 クリステル先輩は全く動じていない様子で、恐らく前持って聞いていたのだろうと考えられる。


「状況が変わったとは?」

「今年スード冒険者学校で【聖剣の勇者】が見つかったそうだ。聖剣の所有権を王国から譲渡された勇者の力は凄まじく、スードでの武道祭では圧倒的な差で優勝したらしい。勿論、学園対抗戦に出場してくるそうだ」

「えっ!? 勇者!?」


 いきなりの濃い情報に衝撃が走った。

 勇者ってあれだよね、魔王とタメ張れるくらい強いっていうあの勇者だよね?


「うん、驚くよね。僕も最初聞いた時本当にびっくりしたよ。でもその勇者は一学年で、勇者として覚醒したのは本当に最近らしい。幸い覚醒したばかりでまだ勇者の力を引き出しきれていないらしいから、十分に希望はあるはずだ」

「それに一学年でまだ剣の腕も未熟らしいですわ。『神聖魔術』により身体能力は跳ね上がっているそうですが、隙がないわけではありませんわ」

「なるほど、それならまだなんとかなりそうですね……」


 シオン先輩とクリステル先輩は全く物怖じせずに堂々としていた。

 確かにまだ一学年ならば戦闘技術も未熟だろうし、絶対に勝てないということはないだろう。


「それに今年はシリウス君がいるからね。正直、君なら普通に勇者を破ってくれるんじゃないかって期待も少しはある」

「そうですわ。シリウスさんと我々が揃っている今年のセントラルは、正直負ける気がしませんわ」

「あまり過度な期待は……まぁ僕はともかく、お二人もいらっしゃるので、とても心強いです」


 困ったように僕が項を掻きつつ応えると、シオン先輩は意外そうな顔をした。


「えっ? 高位の魔術と剣術を同時行使できるシリウス君も勇者に負けず劣らず大概反則じゃないか。高速機動しながら無詠唱で上級魔術使ってくるなんて悪夢以外の何者でもないよ。しかも近づいても凄まじい剣術があるし、よくあれだけ戦えたと自分でも思うよ」

「反則ですわね」


 二人は目を瞑ってうんうんと頷いていた。


 いやいやいや、お二人も十分ヤバい存在ですからね?

 その二人に勝ってしまっている僕に言われたくないかもしれないけど。


「まぁ、とりあえずこれからは学園対抗戦までの一ヶ月、個人の鍛錬は勿論チーム戦の練習を放課後にしていこう。シリウス君、クリステルさん、よろしくね」

「よろしくお願いいたしますわ」

「よろしくお願いします」


 こうして放課後のタスクリストに、基礎鍛錬、ステラ商会の財務事務、喫茶アステールについてのトルネさんとの打合せに加えて二人の先輩との鍛錬が追加された。

 追加された分丸々睡眠時間が削られた形だ。

 まぁ若い体だし、この程度の無茶は効くだろう。余裕余裕。

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