第46話 勧誘

 チラリと他のメンバーを見ると、エイミーさんは座り込んで呆然とこちらを見ており、ウルフさんも片膝をついたまま呆然としていた。

 ファングさんは口をあんぐりと開けてナイフを落としていた。


 これはもう、やっちゃうしかないか。


「グギャアアアアアア!!!」


 ゴブリンジェネラルは自らの腕を切り飛ばされたことに気づいたのか、耳をつんざくような咆哮を上げ、左腕を振り下ろしてくる。


 左腕を一蹴りして跳躍し、ゴブリンジェネラルの眼前に跳び上がる。

 そのまま一閃し、スッパリと首を切り落とした。


 後ろを振り向くと、カタカタと小さく震えながら涙目になっているマイルさんと目が合った。


「大丈夫でしたか?」


 安心させるよう微笑みながら、手を差し伸べる。

 マイルさんは目に涙を一杯に溜め、思いっきり抱きついてきた。

 突然のことに受け止めきれず、そのまま後ろに倒れ込んだ。


「シリウスゥ…… ありがとぉ……」


 僕の小さな胸に顔を埋めながら、マイルさんがそう呟く。

 どうしたものかと思いつつ、優しく頭を撫でてあげるのであった。



「で…… だ」


 数分後、バツが悪そうな顔をしながら、ウルフさんが頭をポリポリと掻きつつ近づいてきた。

 エイミーさんとファングさんも息を整え、集まってきていた。

 ……マイルさんだけは、僕の胸に顔を埋めたまま動かないでいた。


「シリウス…… ありがとう、助かった。色々話したいことはあるが、とりあえず…… マイル、そろそろここから出る準備するぞ。次のパーティもいるかもしれねぇし」


 ポンポンとマイルさんの肩を叩くウルフさん。


「やだ、ここに住む……」


 マイルさんはいやいやと頭を振る。


「マイル、ばかなことやってんじゃないの! ほら、離れなさい!」


 エイミーさんがマイルさんの首根っこを掴む。


「しりうすうぅぅぅ……」


 剣士であるエイミーさんの膂力に抗うことは出来ず、マイルさんが僕から引き剥がされていった。


「あー…… うん。とりあえず、上級ゴブリンの素材だけでも剥ぎ取るか。ジェネラルは…… シリウス、お前のものだ」

「いえ、ジェネラルや他のゴブリンたちを安全に倒せたのは、ウルフさんが押さえ込んでくれていたからです。僕はちょっとお手伝いをしただけですので、皆さんで分配してください」

「そういうわけにいくか!! お前がいなければ! 俺たちは、マイルは…… 」

「……わかりました。それでは、ゴブリンマジシャンの魔核をいただいてもいいですか? ちょうど今日受けた依頼の中に、特筆素材として入っていたんです。いただけると非常に助かるのですが」

「いや…… いや、わかった。 ……ありがとう」


 ゴブリンジェネラルの魔核は結構な値段で売れる。

 それこそ、Dランクパーティからしたら、ちょっとしたボーナスのレベルだ。

 今回、身を挺して戦ったのは『ウルフファング』の皆だ。

 横からトドメを奪った僕がジェネラルを受け取るのは、違うだろう。


 みんなでゴブリンたちの魔核を回収し、ボス部屋を後にした。

 ボス部屋の先にある階段から下に降りるとちょっとした広間になっており、冒険者たちが休んでいた。

 広間の端には迷宮転移盤が設置されていた。

 安全地帯のような部屋なのか?

 なぜ迷宮にわざわざそんな攻略に都合のいい部屋があるんだろう。謎である。


 そんな疑問を頭の隅においやり、広場の端で一息をつく。

 ようやく皆の緊張の糸が切れたようで、各々座り込んで水分補給をしていた。


「それにしても、ほんとに助かった。シリウス、改めてありがとう」

「シリウス…… 結婚して」

「ちょっとマイル! でも、本当に凄かったわ。動きが全然見えなかったもの…… 見くびってごめんなさい」

「あぁ、ゴブリンの首を一太刀でスパスパ斬っていくんだもんよ。ビビったぞ」


「あ、あはは……」


 各々目を輝かせながら、戦いの感想をまくし立てる。


「シリウス、うちのパーティに入ろ?」


 マイルさんが腕を抱き寄せ、にじり寄ってくる。

 ふよんと発展途上の胸部装甲に腕が包まれ、顔が赤くなっていくのを感じる。

 実は、前世では彼女もできたことはあるが、仕事が忙しくすぐに分かれてしまい、あまり女性に対する耐性が少ないのである。

 正直、普通に綺麗な人なので対応に困る。


「あ、えっと、その……」


 キラキラとした瞳で見つめてくるマイルさんを直視出来ず、視線を彷徨わせる。


「待て、マイル。確かにシリウスがうちのパーティに入ってくれたら大助かりだが…… こいつは、俺らのパーティに収まるような玉じゃねぇ。俺らではこいつの枷にしかならねぇ。おまえも分かってんだろ?」


 マイルさんは俯いてしまう。


 なんと答えたものか逡巡する。

 確かにパーティプレイは楽しかったが、力量差がありすぎるというのも事実であった。

 メンバー間の力量差がありすぎると、パーティに不和を呼ぶ。冒険者の常識である。


 またなにより、僕はまだ学生である。

 基本的に週末にしか冒険者として活動はできないし、それも毎週できるかは分からない。

 同級生に誘われたり、学校行事があったりするかも知れない。……ないかも知れないけど。

 そう考えると、やはり僕がこのパーティに入るというのは、中々難しい話であった。


「皆さんとのパーティプレイはとても楽しかったです。でも実は僕、冒険者学校の学生なので、本格的なパーティに所属するのは難しいんです。確かに、もっと深い階層に潜ろうとも思ってはいますが……」

「あー…… 冒険者学校の学生だったのか。なら尚更、だ。諦めろ、マイル」

「むぅ……」


 マイルさんはぷくーと頬を膨らませつつ、渋々と言った形で僕から手を離す。


「あの、でもまたこのように一緒に依頼をしたりとか臨時パーティを組むことはあるかもしれませんし。同じ冒険者として、仲良くしていただけると嬉しいです」

「あぁ、それは勿論だ。なぁみんな!」


「シリウス君なら大歓迎よ」

「あぁ、下手な奴らと組むよりシリウスと組んだほうが絶対にいいしな」

「……毎日でもいいよ」


 皆が笑顔で肩をバシバシ叩いてくる。

 本当に、温かいパーティだな。


「……皆さん、ありがとうございます。では、僕はそろそろ先に進みますね」


「もう行くのか、流石だな。俺らはこれで今日は戻ろうと思う。お前なら大丈夫だと思うが、あまり無茶はするなよ」

「シリウス、またね」


 『ウルフファング』の皆に一礼し、十階層の探索に進む。

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