第9話 一日

 こちらの世界に来てから、朝起きる時間が非常に早くなった。

 その分寝る時間も早いのだが。

 部屋にはカーテンなどがないため、朝日が差してくると勝手に目が醒めるのだ。


 朝起きるとすぐに着替え、同じく起きたばかり母さんに声をかけてから裏庭へ向かい生活魔術『流水ウォーター』で冷たい水を出して顔を洗う。

 最近は氷魔術を習得したお陰か、『流水ウォーター』で出す水の温度を変えることができるようになった。


 そして簡単なストレッチをした後、薪割りをしていく。

 この薪は自宅で使うだけではなく、父さんが商人へ売却もしている。

 かなりの低価格なため主収入にはならないが、僕の目的はお金稼ぎではない。


 武器に気力を纏わせる練習として、斧に気力を纏わせて薪を割っていく。

 最初は気力の消費が激しくて数本割るとヘトヘトになっていたが、今は無駄な消費も抑えられるようになり、負担も感じなくなった。むしろ簡単に割れるようになり、非常に効率的になっている。

 毎日薪を割り続ければ、自分一人なら生活していけるくらい稼げるだろう。

 (生)前社よりもホワイトな労働環境であることは間違いないが、それで生計を立てていくつもりはない。


 薪割りが終わったあとは軽く形稽古や筋トレを行い、朝食が出来る頃に家に戻る。

 朝食をとり、軽く水で汗を流してから、同じ学年の皆と教会へ向かう。この村の居住区域はある程度固まっており、また教会が少し離れた場所にあるため、必然的に他の子どもと同じ道を通ることになるのだ。


 教会では読み書きや計算を学んだり外で遊んだりと、まったりとした時間を過ごしている。

 この世界の言語の読み書きは魔術書を読み漁っているうちに出来るようになっていたし、計算は言わずもがな前世の記憶があるため、算数レベルは余裕である。

 そのお陰でシスターのご指名により、グレースとローガンの脳筋二人組に勉強を教える羽目になっている。

 正直、大学の数学などよりこの二人に算数を教えるほうがよほど難題である。頭が痛い。


 昼すぎくらいに教会から帰宅し、母さんに遊びに言ってくる声をかけてから家を出る。

 今日は母さんが狩りに行かない日なので、裏山へ足を向ける。

 母さんが狩りに行く日は遭遇して怒られる危険性があるため、母さんが狩りに行かない日は貴重だ。


 山道を走り込みながら中級魔術の復習を行う。

 これは逃げながら、もしくは武器で身を守りながらでも、いつも通り魔術を行使することができるようするためだ。

 魔物はいつでもこちらを殺しに来るため、必要なタイミングで必要な魔術を冷静に行使できるようになっておきたい。

 常にマルチタスクで仕事をしていた前世を考えると簡単なものだ。


 森の中を走っていると、『魔力感知』で微弱な魔力を三つほど感知する。ゴブリンだ。

 ゴブリンとは緑がかった肌の小人型の魔物で、前世のゲーム等に出てきた姿そのままである。

 人を積極的に襲う習性があり、特に女性や子どもが狙われることが多いため、見つけた場合速やかに狩ることが推奨されている。

 放置すると繁殖して集落を作り近くにある村が襲われることもあるため、非常に危険な魔物である。


 ただし狩人からしたら肉は食べることができず、かろうじて体内にある魔核が少額で売れる程度であるため、狩っても得をしない迷惑な魔物として認識されている。

 しかし僕は森に来ていることを内緒にしているため、肉がとれる魔物を狩っても家に持って帰れないし、魔核を売るツテもない。

 そのためゴブリン等の食肉にできないが狩る必要がある魔物は、僕が戦闘経験を積むためには逆に良い相手であった。


 ゴブリンの方へ走っていくと向こうもこちらに気付いたようで、一匹がその場に待機し、残り二匹が左右にこっそりと分かれていく。

 囮の一匹に意識をひきつけて挟撃するつもりなのだろう。『魔力感知』で位置を把握できる僕には全く意味がないが。


 ゴブリンが魔術の射程に入ったところで、すかさず両脇の茂みに『風球ウインドボール』を放ち、潜伏していた二匹を吹っ飛ばす。

 囮としての役割を果たそうと僕に走ってきていたゴブリンは、二匹が吹き飛ぶ様を見ながらも止まることはできずに、短剣を構えながら僕に突進してくる。


 まっすぐ突進してくるゴブリンに『雷撃スタンボルト』を放つ。感電し、足がもつれて転んだところに『氷矢アイスアロー』で止めを刺す。

 そしてふらついた足取りで襲いかかってくる先ほどふっ飛ばした二匹にも『氷矢アイスアロー』を放ち、止めを刺した。

 狩ったゴブリンからは魔核を回収し、死体は『発火ファイア』で焼いておく。


 魔核は木箱に入れ、森のとある場所に埋めて保管している。

 家に置いておいて、母さんにでも見つかったら大変だからだ。


 その後も鍛錬をしつつゴブリンを見つけたら狩り、日が暮れる前に家に帰る。

 家に帰ってくると、隣の庭で洗濯を取り込んでいるララちゃんに声をかけられる。


「シリウスくん、おかえりなさい。なにしてたの?」


「ちょっとそこら辺を走ってたんだ。走るのが好きでさ」


「……もしかして、裏山に行ってたの……?」


 拭った汗がまた吹き出してきた。

 ララちゃんって抜けてるようで結構鋭い時があるんだよなぁ…… これは誤魔化せなさそうだ……


「……他の人には秘密だよ?」


「ふたりの秘密……? えへへへ……」


 なにやらトリップしてらっしゃるみたいだが、秘密は守ってくれそうだ。

 ララちゃんはむやみに秘密を他人に話すようなタイプじゃないから、きっと大丈夫だろう。

 追求されたくもないので、トリップしたララちゃんはおいておき家に帰る。


 大体この時間になると空腹は限界になっているため、夕食の準備をしている父さんを手伝う。


「シリウス、最近よく外に遊びに行っているが教会の友達と大分仲良くなれたか?」


「あ、あー…… ぼちぼち…… かな? 勉強を教えたりするくらいには仲良くなったかな?」


 ごめんなさい放課後はぼっちで鍛錬してます……


「そうか、楽しそうでなによりだ。はははっ」


「今日はどこに行っていたの?」


 母さんの目が、心なしか鋭い。もしかしてちょっと怪しまれてるのかな……


「えーと、そこら辺をふらふらしてただけだよー」


 嘘ではない。本当のことも言わないけど。


「そう。大丈夫だとは思うけど、裏山には近づいちゃダメよ。最近ゴブリンが増えてるから、もしかしてどこかに巣ができ始めてるのかもしれないの。ゴブリンは子どもを襲うから、気をつけてね」


「分かった、気をつけるよ」


 確かに最近ゴブリンが多いとは思ってたけど、巣ができつつあるのか。

 あれだけ狩ってても減ってる気配がないとは思っていたけど……


 まぁこの村の狩人たちが本気出せばゴブリンの巣なんてすぐ殲滅されるだろう。それまでは皆敏感になってるだろうし、暫くは裏山には近づかないようにしておくかな。


 明日からの鍛錬はどうしようかな。

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