第10話 鬼ごっこ

「はぁっはぁっ……」


 後ろから迫る影。

 息切れしているようだがスピードは落ちる気配がなく、油断はできない。

 僕は近づかれない程度の距離を保ちつつ、木の間を縫って走る。

 そろそろ目標地点に到着だ。


 木の上で寛いでいるルークが視界に入った。


「げっ!?」


 ルークは自分に向かって逃げてくる僕と後ろから迫っているグレースさんに気付き、木から降りるべきか否か逡巡している。

 ちらりと後ろを窺うと、苦しげな表情を湛えながらも獲物を見つけた獣のような鋭いグレースさんの視線が木の上のルークを射抜いていた。


 グレースさんの視線が僕から外れた瞬間、180°方向転換して一気にグレースさんの脇を抜き去る。


「あッ!? 待ちなさい!!」


「グレースさん、ごめんなさい!」


 グレースさんは咄嗟に手を伸ばすも僕には届かない。そして先程より速度を上げ、一気に距離を離す。


「くっ…… 仕方ないわね、まずはルークからよ」


 グレースさんは僕を追いきれないと判断し、すぐに木の上の獲物に標的を移した。


「シリウスてめぇ!! わざとだろ!!」


 グレースさんにおいつめられたルークの恨めしそうな声が遠くから聞こえる。

 すまんルーク、君の尊い犠牲は無駄にしない!


 鬼(グレースさん)をルークに押し付けることに成功した僕は、十分に距離を離してから一息をついた。


 そう、今は教会での教育の一環である鬼ごっこ中なのである。

 しかも僕らの学年は、最後まで生き残った人が捕まった人に一つだけ命令できるというオリジナルルールつきでやっているのだ。

 また時間内に全員が捕まった場合は、最初の鬼に命令する権利が与えられる。

 特に命令したいことがあるわけではないのだが、命令される側になると一体何をさせられるのか分かったものではないので、全力で勝ちを狙っている。


 今のところローガンは既に捕まっており、鬼となっている。

 ルークも捕まるのは時間の問題だろう。


 残りはクロエさんとララちゃんと僕だ。

 『魔力感知』で周囲を探ると、ララちゃんは今まさにローガンに追いかけられているようだ。

 ローガンは鈍足だが、ララちゃんは途中で転んでしまって捕まると予想する。


 となると、問題はクロエさんだ。開始後から一度も姿を見ていないし、『魔力感知』でもなぜか居場所が掴めないほどだから、よほど上手に気配を消しているんだろう。


 僕もこのまま隠れ続けるという選択肢もあるが、クロエさんがどうやってここまで隠れ続けているのかも気になる。

 よし、こうなったら絶対見つけてやる。


 まず足音等を察知されないよう、中級風魔術『防音壁サイレント』を展開する。そして気配を察知されないように魔力の漏洩を抑える。


《スキル『隠密』を獲得しました》


《『隠密』:気配を絶ち、自らの存在感を希薄にする。また『隠密』使用者を感知しやすくなる。》


 コソコソしてたらスキルを獲得してしまった。今まで裏山に行く時も散々コソコソしてたので身を隠すのが上手くなったのかもしれない。


 早速『隠密』を発動し、鬼の視線を避けるように木と木の陰を走って行く。魔力が感知できないため、注意深く木陰や林冠を目視で探っていく。

 すると、林の中央部にある木の上に何か違和感を感じた。すりガラスで景色をぼやかしているような、そんな感じだ。

 明らかに怪しい……『解析』だ。


《『隠密』『不可視インビジブル』が付与エンチャントされたマジックアイテムによる、光の屈折を確認》


 なん…だと…!?


 木を登り、違和感のある付近に手を伸ばすと、何かに触れる感覚があった。それはマント状のマジックアイテムで、中ではクロエさんがすやすやと寝息をたてていた。

 僕はクロエさんを抱きかかえ木から降ろし、マントを敷いてその上にクロエさんを寝かせておいた。これで誰かに見つかるのも時間の問題だろう。


 すまないクロエさん、君の犠牲は忘れない!!


 これで後は隠れて制限時間までやり過ごせば……


「いたぞぉぉぉ!!! ここで会ったが百年目だシリウス!!!」


「ルーク!? なんで!?」


 しまった! マジックアイテムに気を取られて接敵に気づかなかったのか。

 しかし『隠密』発動中なのになぜこんな簡単に見つかったんだ!?


「ふふふ…… こっちには秘密兵器がいるんだよ!!」


「シリウスくんが女の子とイチャついてる気配がしたと思ったら、クロエちゃんだったんだね……」


 どんな気配だよ。

 ララちゃんの気配察知能力が高すぎて恐怖を感じる。


「クロエ、起きなさい。あなたこんな時まで寝てるなんて、もう……」


「さぁ、みんな仲良く鬼になろう」


 くっ、全員勢揃いかよ……

 包囲網が狭まりきる前に、最も動きが遅いローガンに狙いをつけて突破を狙い、正面から突撃していく。

 ローガンは太い腕を大きく広げ、僕がどちらに回避しても反応できるようにどっしりと構えている。

 右側に飛び込んだ僕にローガンが覆いかぶさってくるが、すぐさまバックステップをし、左側へ全速力で地を蹴る。

 反対側に重心を大きく傾けたローガンは僕に反応しきれず、かろうじて伸ばした手が空を切る。


 勝った! 囲まれさえしなければ逃げ切れる!!


 そう油断した隙に、僕は下半身にタックルをかまされていた。


 加速しはじめた所で両足を思いっきり捕まれ、地面に思いっきり顔面をぶつける。

 涙目で視線を向けると、僕の両足に全力で抱きついているララちゃんがいた。


「シリウスくん、捕まえた!!」


 結局、勝者はグレースさんであった。

 グレースさんからは、一週間鍛錬に付き合ってほしいという命令が下された。

 僕を捕まえられなかったことがすごく悔しかったらしい。

 ということで、グレースさんの攻撃を避け続けるという鍛錬に付き合う放課後を暫く送ったのであった。

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