第11話
静かに話し合える場所などそうそう無い。
小さな火花一つで手ごたえがあった。
「は、は、は」
「落ち着け、杜若」
「
これが落ち着いていられるかよ! 全身パンクロック姿の鳩羽に向かって、一体どう言う事だとまくし立てる。むちゃくちゃな靴を履いているので、立つにも歩くにも難儀そうにしていた。ここに来るまで大人しく杜若に手を引かれていたのもそのせいだろう。
「しかも何だよその格好!」
「これか、これは私も本意でない」
捜索の過程で〝
「褪衣が言うには『鳩羽は顔が派手なんだから、逆にこれぐらいしないと』とか。だからやつの姉にやってもらったのだが」
しかし、思い返してみればあいつ顔が笑っていたな。付け加える口調も苦そうである。
「わざわざ染め直したのかよ……前より濃いんじゃない? 金髪。すっげキラキラしてるし」
「いや、色味などは術の構成の手順を変えるだけでできる。どちらにしろ、これは私達の姿を人に見せかけるための幻術であるし」
はあそう、と相槌を打つ。普段、街で見かければついつい目で追ってしまうような格好なのだが、鳩羽には何だか妙にハマっている。赤と黒を基調とした服装に、鋲やら鎖やらが付属していて見ていてけっこう重そうなのだが、こういうドクロやら何やらが似合うのもやっぱり死神だけに、なのだろうか。杜若はついそんな関係の無いことに思考を走らせた。
「それで、何であんな所で」
「折り入って、頼みがある」
それを聞いてぴんときた。
「白の死神のこと?」
「知っているのか」
「褪衣が来た」
またあいつか。顔をしかめて「それなら話は早い」と続ける。
「私は、今回の白の死神捜索において、誰よりも先行する」
褪衣よりも。
「そのために、情報が欲しい」
「――――何でまた」
鳩羽らしくない話だ。今までの経験から、疑問に思う。
「褪衣の存在が危ない」
褪衣と、褪衣の家族の。
「は?」
そこで杜若は、鳩羽の複雑な事情を聞いた。義兄に憎まれていて、そのせいで褪衣が危ういこと。その影響が、下手をすればその家族にまで及びそうなこと。
「褪衣の一族は札使いという特殊な能力を持ち、彼らは個々それぞれがそれなりの地位にいる。それだけの能力がある。ただ、昔からのやっかいな決まりごとなどもあって……家柄の位が低いというだけで、あの男には憎いんだろう」
そんなことを気にする死神はほとんどいない。ただ、そういうことを気にする者が、位の高い死神の中には多い。
「何だよそれ。無茶苦茶だ」
「無茶苦茶なんだよ」
鳩羽に近づくものなら何でも憎いというそれだけなのかもしれないが。自分で思ったその考えを、口に出さず飲み込む。
そして私は、それを防ぐためにこの選択しか思いつかない。
鳩羽は額に手を当てて、深く息を吐く。白の死神の捕獲。それが大きな手柄であることは、杜若にとっても予想できる。だけど。
「残念だけど、今回だけは無理なんだ」
杜若は疲れたようにベンチに腰を下ろして、帽子を取った。
「両腕と、喉と、心臓―――獲られてる」
「! 奴に会ったのか」
「学校の屋上でね。俺も何にも知らなかったから、普通の死神かと思った。それで一方的に交渉持ちかけられて」
人質というか反保(たんぼ)というか。
「今は見えないけど、黒い輪が巻いてる」
順番に、首、胸、腕を指差す。
「向こうも情報が欲しかったんだ。捕まる気はさらさら無いみたいだよ―――逃げる気満々でさ。明日までに持って来いって約束だ」
「情報とは、死神の情報か?」
「そう。追っ手の情報全部」
「調べたのか?」
「調べてないよ」
知り合いの死神は褪衣と鳩羽しかいないし。仕事を止められている状況で、しかも
調べてみたらネットの接続まで拒否されていた。最初から当てにもしていなかったが、これでもう協力の意思は望めない。
どっちかに接触して情報を聞き出すこともできたけど―――。
「どっちにしろ、時間不足」
それでもデータベースをひっくり返して、あの手この手でできる限りの情報を集めたことは黙っていた。その中には、一緒に行動する間に取った褪衣と鳩羽の情報が入っていることも。わざわざ言うようなことじゃない。
「だけど―――杜若」
「安心してよ。確かに俺の中にはある程度死神の知識は入っちゃってるけど、こっちだってそう簡単に情報取られたくないし、交渉できるならそうして、無理でもできる限り抵抗するつもりだから。そのためにさ、
「それでも、行くのか?」
「このままにはしておけないしね」
そう言って、腕を軽く叩く。杜若は言葉を重ねる。
「行かなきゃならない理由があるんだ」
流下つばきに会わせる。
自分は、会わなければならない。
ぎりぎりまでこっちの情報は渡さずに、流下つばきと白の死神の情報を取る。再び追跡できるくらいの情報を得たら、
他に、元野姉妹に攻撃してもらうとかの案もあるが、白の死神がどのタイミングで杜若の拘束を解くか分からない以上、賭けにもなっていないめちゃめちゃな戦法である。
うまく行く確率の方がぎりぎりで、下手すれば死ぬかもしれない。まるっきり現実味はわかないが、心臓を握られている以上事実としてそれがある。
想像するだけで胸がきしんだ。
でも、鳩羽達の情報はなるべくなら渡したくない。公私混同だし甘甘な話だ。だけど単純に、嫌だ。ばっかじゃねーの? ああそうですよ馬鹿ですよ。それでも、どっちも譲れないから仕方ない。
鳩羽は思案するように顎に手を当てていたが、つかつかと近寄り杜若の隣に座った。
「出会ったときの詳しい状況と、会話を思い出してくれ」
杜若は疑問に思ったが、最初の出会いと二番目の連絡の時の状況を回想し鳩羽に語った。
「えーと、そんな感じで……とにかく、気分によるのかな。見かけがころころ変わる」
「外見、年齢が変わるのは、それだけ不安定な力が反映されるのだろう。やはり、押さえ切れていないようだな」
「喋るのにもなれてない感じで、子供っぽいっていうか。そもそも知ってる言葉が少ないような」
「未熟な言動か」
「それから」
一番印象深かったのは、言うまでも無く。
「白と黒の生き物が見たいとかって、言ってたな。単純に―――世界を見たいみたいなニュアンスだと思うけど」
「…………………」
鳩羽が足を組んで、白の死神は、という切り出しで話は始まった。
「探すに当たって担当から聞いた話だが……白の死神は、城の地下に常時拘束されていて、外出時も行動を制限する目隠しと枷を欠かさないらしい」
「へ? 何だそれ!」
「それだけ、危険だという話だったが……。そもそも白の死神というのは、大規模な事故や自然災害を決行すると決められた際に連れ出され、それを確実にするための存在なんだ」
淡々と説明をする横顔も、冷静さを強いているように映った。それだけの話であると判断して、自然身を乗り出して聞く形になる。
白の死神は不幸を呼ぶ。
「死期は自然に訪れるものだが、大規模であればあるほどその後押しをするかしないか……多少、操作と言うのだろうか。することはあるらしい」
そして、その不幸を分け与える。
口調を切り替え、鳩羽は足を組み替えた。
「私達は生まれた時から成長するに当たって、発現する能力に合わせて次第に髪や瞳の色が変化していく。それはまだ、自分達の持つ能力が決まりきってはいないからだ。だが、白の死神は白で生まれる。生まれつき、死に直結しかねない不幸を呼び寄せる能力を持っている」
だからこその拘束だ。
暴走を抑えるための地下での生活。他者との関わりを最小限に抑えて。
「特に今回の白の死神には、直属の守番(もりばん)が存在しないらしい。それも拍車をかけているのだろう。本来なら、私達より少し年下くらいの年齢になるらしいが」
「……って、ことはさ。つまり」
鳩羽は頷く。
「外の世界を見たことが無い。そう言う事だろう」
話は、部屋で耳をそばだてて聞いたのか。それとも与えられた本でもあったのか。そこの辺りは推測するしかないが――――。
「きついな……」
思わず口をついた言葉だったが、感想を一言で表している。だが、口にするべきじゃなかったと一瞬後悔する。杜若にはその生活がどんなものなのか、推し量ることはできない。
「ハク、と名乗ったのだったか」
「! ああ、うんそう」
鎌は、とたずねる。
「鎌は持っていたか?」
そう聞かれて思い返す。鳩羽や褪衣が携帯している、あの鈍い輝きを持つ刃の。
「―――いや、持っていなかったと思う」
記憶に無い。そう返すと、鳩羽は悩むようにする。
「もしや、白の死神はまだ正式に〝死神〟にはなっていないかもしれない」
「へ?」
それはどういうことだ。質問に鳩羽は考え考え、答えた。
「未熟な言動、それに鎌を見せない。見せない……が、現せないだったとしたら」
「死神が、鎌を出せない?」
「もしも名前が一文字ならば。それはまだ〝
〝成神〟の儀式? 知らないことが多すぎる。杜若の頭の中には疑問ばかりが浮かび上がった。
「初耳だな。何だよそれ?」
「私達が生まれた時に与えられる名前は、ある例外を除いて必ず一文字。そう、決まっているんだ。それが私達の区画の通例になっている。ある一定の年齢になると行われる儀式があって――いわゆる成人の儀だ。そこで初めて正式な死神として認められ、もう一字が与えられ、自分に備わった鎌の作り方を教わる」
名前が二文字になることで、正式に死神になれる。死神と認められねば―――鎌を作り出すことはできない。
「名前が二文字にならない限り、鎌は作れない」
「その、例外っていうのは?」
「黒の死神と白の死神には、さっき言ったように直属の護衛、守番が着く。その守番は、それまでの名前の他に、称号としての名を与えられる。それが『
だから今は、「銀」が存在していないということらしい。
「死神、
「まだ決まったわけではないが、例えばそう、褪衣のように二つの文字に音が二つというのは無くはないが、あれは珍しい内だ」
だから十分に考える価値がある、と鳩羽は言った。
「間接戦闘最強。しかし、鎌が出せないのならば接近戦、直接的な打撃、剣戟はできない。――――付け込むとしたらそこか」
「ん? つ、付け込むって!」
それは、と杜若は鳩羽と目を合わせる。対する鳩羽は決意の表情でそこにいた。
「お前が行くというのなら、私も行く」
死神相手というのなら、対抗するために死神がいても損は無いはずだ。鳩羽は何食わぬ顔で言ってのけた。
「え、いや、だってそんな」
「まず、杜若の拘束が問題だな。それに当たっての対策は―――」
「ちょ、ちょっと待った! 本当に来るの!?」
行ったら悪いのかという顔である。
「お前だけじゃない。私だって、行かなければならない。褪衣の存在がかかってるんだ」
「だからっていっても」
杜若は食い下がったが鳩羽に譲る気が無いのは明白だった。
それに、やはり鳩羽に加わってもらえれば。戦闘に秀でた死神の参戦は心強い。意思の強さの滲む、嵐の瞳にひたと見据えられ。
「………ったく、もう。それじゃあ情報突き合わせるよ。悪いけど、今回は俺の方も必死だからね」
杜若が必死なのはいつものことだろう。怪訝そうにそこまで言われれば、もはやためらいは無かった。
※
鳩羽は考え込んでいた。元に戻った灰色の髪を風がなぶるに任せる。立ち並ぶビルの屋上。手元に置いた鎌の柄を握り締める。鳩羽が腰掛けたビルの延長線上には、薄汚れた人気の無い建造物。白の死神が指定してきたという、廃ビルがある。
鳩羽は自分に問うた。低く、胸に向かって聞くように顎を下げて。
自分は、覚悟ができているのかどうか。
出かけるのに備えて砥いで、そのまま一晩置いておいた鎌に見覚えの無い宝玉が嵌っていた。傍にいた研ぎ師にたずねると、もごもご「ご主人からでさあ」という呟きが返ってきた。
それを聞いて―――。
わけがわからなくなってしまった。一言では言い表せない感情がこみ上げてきて、結果、自分は父親に見捨てられたわけじゃないという結論に達するまで、どれぐらいかかっただろう。それだけに強く思う。
自分の選択は、間違っていないだろうか。
こんなことをすれば。褪衣の存在は守れても、
鳩羽は頭を振った。今はとても整理ができない。そんな状況じゃない。
ただ、確かなことは一つある。
それでも、私のせいで潰させるわけにはいかない。
ちょっと眉をひそめて、杜若ならどういうだろうと考える。あのさあー……鳩羽、それちょっとクサくない? 困ったような顔つきの杜若が脳裏に浮かんで苦笑した。そうか、クサい、と言うんだった。
偽りの無い本心だといったら、驚くだろうか。
その時膝の上に飛び込んできた白い物に、鳩羽は不意を打たれて一瞬我を失った。
「あー、あー、あーっ!」
振り返れば屋上の入り口から、術の破片を撒き散らして、見覚えのある姿が。ばさりと長衣をまとう。じゃらりと飾りが揺れる。
「全くよお! いっきなり消えるとかアリですか! 結局遅れてどつかれたし!」
「……どうして」
足音も荒くずかずか近寄ってきて、どかっと隣に腰を下ろす。腕を組んで鼻を鳴らして、前を見据えた。
「こっちはせっかくさあ! 今日も延々登って迎えに行ったってのによ!」
鳩羽ん家、城に近くってさあ無駄にたけえとこにあるから!
ふと下をみると白い物の正体はコンビニの袋だった。中からは、次から次へと鮮やかなパッケージが零れ出る。チョコレート、ガム、クッキー。鳩羽の好む甘い菓子。
せっかく姉ちゃんに頼んで頭も元に戻してもらったの見せてやろうと思ったのに。ふてくされた表情で言われてみれば、呆れた記憶も新しいドレッドがいつものそれに戻っていた。
「………そうか」
「そうかじゃねーよ!」
ぽつんと呟いたのに対する反応は激しすぎるほどで、俺はなあ怒ってんだぞ! 歯噛みする褪衣は意固地に前を見たまま、絶対に目を合わせようとしなかった。
「鳩羽なあ、俺に向かってなんて言ったか覚えてないのか!? 退屈じゃねえのかって聞いたんだろ!」
「………」
「聞いたんだろ。覚えてねえのかよ」
私達なら、できる。っつっただろ、と突っかかるような言い方で。
「俺は応えたぞ」
俺もやるって。そこで、初めて視線を合わせる。いつも身勝手で軽薄で、怒っても迫力はなくて、それが見せかけなのか本心なのかは鳩羽には見分けがつかない。でもいつだって真っ直ぐで。こいつはこういうやつなのだとふいに理解した。灰色の鼠は、不満そうに唇を尖らせた。
「黙って先行くなんて、ひでーじゃんか」
「ああ……」
「何がああだよっ」
「わる……かった」
飾りを揺らして座りなおして、再び褪衣は前を見つめた。まるで見つめる先にあるものが目標だと知っているかのような様子だった。
「こうなったら地の果てまで付き合ってやるからよ。俺もちゃんと混ぜろ」
抜け駆けすんな。
「わかった」
そう答えれば、ならよしと頷く。
「何で笑うんだよ」
「ごめん」
「笑ってもいいけどよ」
妙な顔して悩んでるより数倍ましだ。
真面目な表情の褪衣の横で、口元を隠して小さく笑う。
守りたいと思っていたものが、飛び込んできてしまった。
失ったらと不安でたまらなかったのに、こいつはそんなの何にも考えていなかった。今ここに褪衣がいて、この感覚はなんだろう。
今、わかる。思いつめて悩んで、一人で来ることを選んだのに結局。
自分はこの笑いが懐かしかった。
褪衣は、もうさっきのことなどほとんど気にしていないように声をあげて大きく伸びをした。
「あーあっ。しっかし俺らだけか。どうしってかなー、
「遊都か。遊都はいつもの通りに補助に回るはずだ。構成から考えると、それに
「あいつら、別に鳩羽なら大丈夫だろとかって全然気にしないし、俺抜けてもい? って聞いたらどーせヒマだからとかって言うしさ………まあ俺も抜けてきちゃったんだけど」
「気が咎めるか?」
「俺、そんなシュショーな性格に見える? そうじゃねーよ。あいつらもいたら楽しいのかなって、そんだけ」
普段とは違って、班員は捜索に駆り出されるぐらいの選抜員だ。それだけに、さすがにつわものぞろいで性格もやはりそれなりである。平気で渡り合えるのはあいつらぐらいだと鳩羽も認める。
だんだんと言葉が消えていき、静けさが満ちる。風に車の騒音が混じってそれも遠くなり、二つの姿が一つの建物を見据えるだけになる。飛びかけた袋を褪衣が押さえて、風が勝手に長衣を巻き上げた。
鳩羽は、一度うつむいて顔を上げた。覚悟はできた。もう選んだのだから、後は向かうだけだ。
地の果てまで付き合うといってくれた褪衣の言葉に、支えられる。
今一度鎌を握り締め、再び思う。自分の選択は、間違っていないだろうか。
間違っているかそうでないかの判断はつかない。けれど今この選択に、
悔いはない。欠片一つも。
※
「もちろん、こっち側でも構わないっていうような事情がある仕事だけど」
にこやかな会話をしたのが、昨日の話。
ベルトにポーチをつけて、両手を空にした身軽な格好で階段を降りる。帽子の位置を調整して、ポーチに軽く触れて中身を確認した。財布と手帳と携帯。ペンのインクが切れてないかも昨日見た。不調が無いかも確かめた。後は、戸締りを気にして家の中を見て回る。
元野もくあに元野みなり。それは武闘派姉妹としての
部屋に戻ってから携帯を使って電話の子機と連動させ、ちょっと細工をしてから二人の携帯に同時にかけ三人での会話を可能にした。白の死神の確保における戦闘要員という仕事内容を伝えると、みなりはすぐに面白そー、と発言して乗り気になった。普段は余りそういった特殊能力者との戦闘の機会は無いらしい。
わけありの『物』の護衛が主で、そもそも人の護衛をすることも珍しく、そういうの盗みに来るのも、うわさを聞きつけたざこいのばっかりで手ごたえ無い。みなりは電話の向こうで不満そうだった。
「でも、学校行きながらのアルバイトみたいな物だし、あんまり大変でも勉強に支障がでるじゃない?」
「だっからあ、いっつもマジで退屈なんだけどー、今回は戦闘アリなんでしょー? 気合も入るって感じ」
あたしはバトりたいんだっつのーっ! と、不満を訴えるくらいでこの分ならやる気は期待できそうだ。対死神、と言う事でまた別の死神が参加することを伝え、待ち合わせ場所を周辺地図で調べて設定する。
――――廃ビルの傍にある小さな公園で待ち合わせ。
スニーカーを履きながら、あれ、勝手口は閉めたかなと思い返して、ちゃんと閉じたのを思い出す。外に出て玄関に鍵をかける。
その目線の先に舞い降りる影。
「―――よっ、
わざわざ名前を呼んでくる、わずらわしい喋り方。長衣にもはやトレードマークになった髪飾り。
「この家、ちゃんと防御してる? 探すの簡単だったぜー」
って、いうのは冗談で。褪衣の肩が、がくりと落ちる。額に凄い汗だ。
「ほんとは昨日からめっちゃ探したんだけど……――完璧だね、これ。さすがってもう感心しちゃったよ」
ばっちりガードしてあるし、気配探して辿ってもー大変でさあ。大げさに息をつく褪衣に肩をすくめて見せる。
「当たり前だろ。仮にも情報屋の親分の家だ」
「へえそうなの。初耳ー」
「褪衣って、もしかして俺のこと何にも調べてないの?」
「ん。えーと守秘義務。だっけか、ってあってえ。担当じゃないやつの見るのって基本駄目なんだよ。つーか、そこまでして調べるようなことでもないじゃん?」
「――で」
このままだと世間話の流れになってしまいそうだ。だから、元に戻す。
「どうしてここにいるんだよ」それに、鳩羽は自分だけが先行すると。
「あ、俺も参加」
褪衣は気軽に手を上げて、意思を表した。
「鳩羽は何だか知らねーけど先行くつもりだったみたいだけどさ、もともと鳩羽だけの仕事じゃねーし。だから俺も。ちゃんと話つけてきたぜ。鳩羽も了解だってよ」
「………あ、そう」
「てゆーか杜若ばっかり女に囲まれてちゃ、ずりーじゃん?」
「……そんな理由……あー勘弁してくれよもう」
お前まで燕みたいなこと言うなよなーと空を見上げて、うんざりした様子だ。
「いいか、もう最近うっとおしいんだよ。兄貴分みたいなもんなんだけどさ、やたらとなんかそういうことばっかり」
「ありゃ、まあ大体兄貴ってのはそんなもんだろ。一番にオヤジ化してくんだよな」
つい最近の出来事を思い出してしまってか、杜若はぶちぶち文句を垂れる。褪衣にも兄貴っていたのかとたずね、うちは兄弟姉妹多いんだよ、なんて会話があって。
「っと、やば。もうそろそろ行かないと」
携帯の時計を見て歩き出すが、ちょっと待ったと止められる。
「何で行くつもりだ」
「え? 電車」
そりゃあないだろう。と肩を捕まえて褪衣は言う。
「若っち、ちょっとこれ、これ出せ」
「自転車? 自転車じゃさすがにきついって」
「いーんだよ。俺じゃちょっと……ああやっぱ無理」
家の脇に止められた自転車の後輪に触れるが、褪衣は悔しそうに顔をゆがめた。
「? 出せない?」
「本体(そのまま)だと、持てるもんと持てないもんがあるんだよ。こんだけでかいと持ち上がらん。ほれ、遅れるだろ」
死神の体の都合というのはいまいちわからない。何ができて何ができないのやら。言われるままに自転車を出し、家の前に止める。
「これでいいか?」
「おーっし、えーとどう乗るんだ」
「の、乗る?」
促されサドルにまたがって、褪衣が手を差し伸べて杜若の自転車のサドル辺りに触れる。ひらりと荷台の上に飛び乗りバランスを取った。
知ってるか、と始めた。荷台から振動が伝わって自転車が揺れる。杜若の体も。
「符術っつーのにもいろいろあってよー。俺、能力としてはこういう『造形』ってのがさ、得意なんだよな―――」
振動が大きくなる。褪衣の長衣の袖が膨らみ、そこから白い紙――ありとあらゆる紋様の描かれた術符が噴き出した。途切れることなく延々と。視界を覆い隠すほどに際限なく溢れて次第に形を成していく。形が膨らむ、長く伸びる。
肌がざわついた。
「やばい、これ―――見つかる!」
すでに目の前の一メートルすらおぼつかない。周りの家々、アスファルトすら、見えない――――。
「大丈夫だ。俺にくっついてりゃ見えなくなるんだから。いいか、行くぞ。―――心配なら、結界張っとけ!」
がばっと、体が持ち上がる。杜若の口を悲鳴がついた。
顔の横を剥がれた術符が飛び交って、飛び交った術符はまた褪衣の元に戻る。辺り中が一面視界を塞ぐ紙の竜巻。
「よーっしゃああ! 行くぜ!」
足が地面を離れて、自転車が意思を持ったみたいに勝手に動き出す。せめてもの支えに必死でハンドルにしがみつく。褪衣の乗った荷台の後ろには、一対の翼。
褪衣が術符を握り締めて指を差し示し、術符で作られた翼がめちゃくちゃなまるっきり見当違いの方向に向かって―――大きくたわめて羽ばたいた。
杜若が意識を取り戻して、大声で叫んで目的地の方へ向かわせるまで―――後、数十秒。
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