第12話◆不思議なヒツジ◇

 どれだけの間、意識を失っていたか分からない。

 夢もいつも通りの夢だった。

 寝心地がとても良い。今まで休む時に寝ていた木の上や岩の上とは比べ物にならないほどフカフカしている。

 少しお腹のあたりが痛く感じゆっくりと目が開く。


「……ふぁぁ〜……」


 眠い。目は開いたがとてもだるい。まだ起き上がりたくないと思い、首だけを回して周りを見る。

 この部屋の広さは大体教室くらいだな。

 白く綺麗な壁、金の刺繍が入ったカーテン、天秤付きのふわふわのベッド、窓から見える星々。

 あーずっとここにいたいなぁー。……ってここどこだよ!?

 何で王宮の、王室みたいな部屋に俺はいるんだ? しかも迷宮の中のはずなのに星? ……理解出来ない。どうなってる? ……と、とりあえず眠いし、夜みたいだし寝るか……。

 俺はまた目を閉じて眠りについた。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 眠りについてからまた、幾つか夢を見て朝を迎えた。そして、元の世界にいた頃ように俺の体は気だるさが支配していた。

 窓の外は時間で表すなら大体十時くらいの明るさだ。多分あってる。

 昼夜がある。……全く意味がわからない。

 嫌になるほどの白い壁と眩しい光、それにふかふかのベッドのダブルパンチは俺をまた眠りに誘うには十分過ぎる戦力だった。

 だが、そんなダブルパンチを受けながら、起きなければいけない理由が俺にはある。

 ーーぐ〜〜〜っ


「……腹減った」


 何日眠ったのか知らないがとにかく腹が減ったのだ。

 俺はだるい体を起こし、近くにある三面鏡がついている机に手をついて立つ。

 ふと、自分の顔が見える。そう言えば調べ物してばっかで部屋には戻らず、図書館で寝たりしていたのでろくに鏡を見なかった。

 俺の姿。それはナツ達が言っていたように白髪で、イケメンと言うよりは美少年に近い感じの人だった……。いや、こんなに真面目に状況を理解するんじゃなくて……。元の俺がいねぇぇぇぇっ!?

 身長とか肌の色しか元の素材がない。

 かっこよくなったのはいいけど……。せめて髪くらいは黒にならないか……?

 ーーぐ〜〜〜っ

 あ、俺腹減ってたんだ。よし、まずは飯だ。何か探しに行こう。

 扉に近づき扉を開けると、そこにはエプロン姿でミトンを手にはめて、一人用の鍋を持ったラビィがいた。


「……あ……」

「お、おはよう」


 まずい。目を物凄くキラキラさせながら俺を見てる。だ、駄目だっ! 早まるなラビィ! この状態で飛びつかれたら絶対火傷するから!

 でも避けたらちょっと可哀想だな。いや……。でも……。はぁ、火傷するか……。

 と、俺はタックル&火傷のを心配をしていると、ラビィは俺の横を通り過ぎた。

 ん? 飛びついてこない?

 ラビィはそのまま部屋の中を進んでソファーの前のテーブルにミトンと鍋を置くと俺の方に近づいてきて優しく抱きついてきた。


「ラビィ?」

「……今度こそ死ぬと思った……」

「それはごめん。なあ、ラビィ?」

「……ん?」

「思ったんだが何でエプロン”だけ”なんだ?」

「……駄目?」

「いや、駄目じゃないしむしろ有難いんだが……」


 いわゆる裸エプロンな訳で目のやり場に困る。

 というかラビィは絶対に裸エプロンなんて知らないよな? 誰かいるのか?

 それは後回しで。……さっき鍋持ってたよな? 初めての手料理か? 何か少し照れるな。


「テーブルに置いたのは何だ?」

「……あ、これそろそろ起きるから作ったほうがいいって言われたから作った」

「ん? 作った方がいいって言われたのか?」

「……ん」

「誰に?」

「……執事って言ってた」

「この家のか?」

「……この家は魔方陣を守るためとかなんとか……」

「ラビィ、執事の説明聞いてなかったな?」

「……聞いてた」

「じゃあこの家は誰の家なんだ?」


 そう聞くとラビィは少し困ったような顔した。

 やっぱり聞いてなかったのか。仕方ないやつだな。


「……私達の愛の住処」

「はあ……。後で俺が聞いてくるからわけわからん答えを出すな」

「……でも、ご飯の事とかヒョートのお世話とかはしっかり聞いた」

「そうだ。鍋何作ったんだ?」

「……確か。……おかゆ?」

「なんで疑問系……。この世界でも病気の後とかに食べたりするのか……?」

「……執事が裸エプロンとおかゆで落とせない男はいないって」


 おい、エロ執事どうなってやがる。ラビィがエロい子になったらどうするつもりだっ! まぁ、本音を言えばそれはそれでいいんだけどな?

 ーーぐ〜〜〜っ


「話が逸れたな。とりあえず食べていいか? 腹が減った」

「……ん、冷めるから熱いうちに」


 俺はソファーに座ると俺の横にラビィもちょこんと座った。

 早速、鍋の蓋を開けると綺麗な卵粥だった。一口食べると優しい塩味でとても美味しかった。今まで迷宮の中では最初に会ったキングオーガからドロップしたオーガ肉ばかりだったので、やっと胃が休めた感じだ。


「……どう? 美味しい?」

「あぁ、めちゃくちゃ美味い。そう言えば材料どうしたんだ?」

「……執事が用意してた」

「執事何者だよ……」


 お粥を食べ終えて少し休憩した後、俺達は家の中を散策する事にして、部屋を一つ一つ覗きながら歩いていた。

 この家はどうやら西洋館のようだった。

 三階建てで三階に六部屋、二階は俺がいた部屋とキッチンを含め六部屋、一階にはよく海外のドラマで出てくるようなエントランス、パーティールームらしき部屋、巨大な鍵と魔法で施錠された部屋、別館へ行くための階段があった。

 別館には今までの西洋風の雰囲気とは全く合わない日本風の露天風呂があった。

 ここから富士山とかが見えればいいのだが、見えるのは竹林と西洋館というよくわからない組み合わせだ。少しがっかりだな。

 風景はともかく風呂! 露天風呂だ。どうやら風呂は本物の温泉らしい。手を入れてみると少し熱いがとてもいい温度だ。夜になったら入ろう。

 これで鍵の付いた部屋以外は見終わったのだが少し気になることがあった。


「ラビィ、執事いなくないか?」

「……そういえば……。どこ?」

「いや、俺に聞かれても……。エントランスに戻るか、あの扉を調べたい」

「……ん、わかった」



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 ひとまずエントランスに戻った俺達は玄関の正面にある鍵のついた部屋を調べていた。


「それにしても何だこれ?『封印解除』使っても開かないぞ?」

「……ヘンな模様」

「確かにヘンだな。なんと言うか図形をただバラバラにしただけみたいな感じで、大した封印じゃないと思ったんだけどなぁ……」

「破れないでございましょう?」

「こんなのを破れないとか俺の魔法がポンコ……。って誰だ! ……ヤギ?」


 急に声を掛けられ誰かと思い、振り返るとタキシードを着たヤギがいた。

 ヤギが……。喋った。獣人ってやつか? いや、人獣?どっちでもいいか。

 まじまじと見ていると急にヤギが怒り始めた。


「メェー! 私は『ヤギ』ではなく『羊』でございます!」

「え、そうなのか? でも見た目ヤ……」

「ヒ・ツ・ジでございます!」


 どう見てもヤギなんだがなぁ……。話が進まないから羊ってことにするか……。


「わ、わかったよ。羊な?」

「わかってもらえたのなら良かったです。改めまして、羊の執事でございます」

「……ヤギの執事」

「ヒ・ツ・ジッ!」

「ラビィ止めとけ話が進まない……」

「……わかった」

「で、羊の執事さんよ。ここはアンタの家か?」

「いいえ、私の家ではございません。私が管理、守護しております」

「んーいまいちよく分かんないな。守護って何を守ってるんだ?」

「主に迷宮踏破者用魔法陣の守護でございます。他には掃除をしたりして過ごしております」

「あー何となく分かった。ここは迷宮の最後にある魔法陣がある場所なんだな? で、この扉の奥に魔法陣があると言うわけだ」

「左様でございます。この扉に施された魔法陣は前の部屋のボスを倒さないと開かない仕組みになっております」

「ん? ボスなら倒された筈だよな? どうして開いてないんだ?」


 間接的とはいえボスは倒されている筈だ。だが、扉は開いていない。どういうことなんだ? 俺が倒さなきゃダメとか言わないよな? 流石に傷が癒えていない今の状況じゃ無理だぞ。


「その事ですが、副神様の誰かが他の世界から人間をボス部屋に送った事で、その人間がボスを倒してしまい、その人間が死んだことにより、この扉は開かないという少々面倒な事になっていまして……」

「簡単にいうと?」

「現在踏破者がいないのです」

「え、じゃあ俺は……」


 執事は少し申し訳なさそうにしながら言った。


「未だに迷宮を攻略した事になっていませんね」


なんて事だ。まだ攻略していないということは、ボスを倒さなきゃいけないわけで……。

 今の俺の体力では、接近戦はおろか魔法もまともに狙って撃てないだろう。

 ボス戦をどう戦うか考えていると執事が多分少し笑いながら言った。笑っているのか笑っていないのかよくわからん見た目しやがって……。


「ご安心ください。人間の乱入はこちらの不手際ですので、扉を開けさせていただきます。それと羊でございます」

「お、おう……それはありがたいな」


 え、なにこのヤギ心読めるのか……? 怖いな少し気を付けるとしよう……。

 それはそうと開けてくれるのか。……良かった。俺はまた魔物退治にハッスルしなくていいわけだな。

 俺はラビィも話について行けているか見てみると目をぱちぱちさせて頭に、はてなマークを浮かべていた。

 意外とうちの子は頭が良くないらしい。


「……ヒョート今なんか失礼なこと考えた……?」

「……いや? 別に?」


 怖い怖い! 何でこの人達俺の心が読めるんだよ!

 ……うん、気を付けよう……。


「えーと、で開けてくれるのか?」

「はい、少々お待ち頂けますか?」


 そう言うと同時にヤ……。じゃなくて、執事は空中に少し大きめの鍵を出した。

そして扉に近づいて錠を外し何かぶつぶつと呟く、その瞬間に扉が光った。


「眩しいッ!」


 やがて光が収まり、目もだんだんと見えるようになってきた。


「おい、光るなら光るって言ってくれよ。爆発かと思ったぞ!」

「光るのでご注意ください」

「遅い! まぁ、光っただけだしいいか。扉は……。ん? 無い?」


 扉の方を見るとあんなに大きくて頑丈そうだった扉が無かったのだ。

 ふむ、やっぱり物理なんて存在しない世界だな。

 部屋の奥を見ると部屋の中心に祭壇の様な場所があり、それには魔法陣がびっしりと描かれていた。


「うわぁ……。なんだよあれ」

「……ぎっしり」

「さあ、さあ、どうぞ。お入りください」


 そう言われて中に入るとエントランスとは違う空気に包まれた。空気はひんやり冷たいが、何かに守られているような感覚に陥る。

 普段よりも少し心地よい空気を味わっていると執事から声がかかる。


「あの祭壇の中心へお登りください。登れば自動的にステータスが強化されますので」

「今度は急に何か起きたりしないよな?」


 執事は相変わらず表情の読めない顔で言った。


「ご安心ください。魔法陣が光るだけでございます」

「登るか。……ん? どうした? ラビィ」


 登ろうと思い、ラビィの方を見ると少し体調が悪そうに見えた。


「……ここあんまり好きじゃない」

「ここが? 何でだろうな?」

「ラビィ様は適正属性に闇を持ってらっしゃいますか?」

「……ある」

「ならば、説明は簡単です。この空間は神聖な場所ですので空気中に光属性の魔素が多いのです。だからでしょう」

「なるほど、空気中の魔素ってのにも属性があるのか」


 恐らく俺が何も感じないのは闇と同時に、光を持っているからだろう。


「……ヒョート、早く登って早く出よ?」

「そうだな。行こうか」


 ラビィがそわそわしているので登ることにする。

 階段を登り、中心へ行く。すると魔法陣が光出し……。


 ーー踏破者を確認。ステータスを確認します。


「なんだ? 声が……ん? この声どこかで……あ」

「……この女の声に聞き覚えがある……?」


 ラビィが少し威圧をかけながら聞いてくる。

 俺は慌てて返す。


「い、いや。前に会った神様だよ。技神ってやつでそんなに好きじゃない」

「……そう、ならいい」


 少し話しているとまたあの声が聞こえる。


ーー踏破者。ラビィ、ダーリン。器を確認しました。新神あらがみ化、ステータス強化を開始します。


 あいつ! まだそれ言ってんのかよ!!

 俺の背中が叩かれる。恐る恐る後ろを見ると、俺の服の裾を掴んでいるラビィがいた。


「ラ、ラビィさん?」

「……ヒョートは渡さない。神だろうと何だろうと取ろうとするやつは殺す……!」

「お、おう……」


 どうやら立ちはだかるもの全てを蹴散らす考えらしい。

 俺に矛先が向かないのは嬉しいんだけど、人間関係には気をつけないと死人がでそうだな。

 声に威嚇しているラビィを見ていると、体中から魔力が溢れ出してくる。

 溢れ出してくると言っても死神の時の試練とは違い、暴力的に膨れ上がろうとはせずに、芯まで浸透する様な感じだ。

 感覚として近いのは温泉に入った時と似ている。


「これは気持ちいいけど強くなってるのか?」

「ヒョート、ちゃんと魔力増えてる」

「そりゃ良かった。開眼してないと見えないからな。まだ良くわかんないんだ」


 ーー運命神の力を継承しました。死神のステータスの、継承中にエラーが発生しました。エラー内容は別の神による、ステータス補助です。

 能力を初期値に戻し死神のステータスを継承します。……うぅ。


 な、泣いてる? あー、力ってこいつがくれたんだっけ。

 一応感謝しとくか。

 と、手を合わせていると足元の魔法陣が白から赤へと変わった。


「ん? なん、あぁぁぁ?! いってぇぇぇぇ!? 何これ! 頭いってぇぇぇぇ!!?」


 瞬間、頭に激痛が走る。

 何これ! 頭痛とかの比じゃない! くっそ! ヤギ覚えてろよ!

 しかしそれもすぐに治まり、また声が聞こえる。


 ーー再度、継承を開始します。


「はぁはぁ……。何だったんだ……」

「……大丈夫?」

「あ、ああ、多分。それより……」


 俺はヤギ執事の方を向き、殺気を飛ばす。


「メッ!?」

「おい、ヤギこら。何が何も起こんないだ?」

「私は羊でありまして……。えー、神に仕えていましても分からないこともありまして……」

「言い訳はいいわ! お前はヤギで充分じゃ!」

「はい……」


 ーー死神の力を継承しました。迷宮踏破お疲れ様です。それとーー


 終わったので、さっさと祭壇を降りる

 あ、何か言おうとしてたな。……気にしないで行こう。


「これで終わったのか?」

「はい、お疲れ様です」


 どうやら終わったらしい。

 力を入れてもよく分からない。やっぱり戦わないと分からないのだろうか?

と思っているとヤギが石を投げてきた。


「っとと……何だこれ?」


 鉄のような色をしていて光沢を帯びている。鉱石か?


「それを握れば分かるのではないでしょうか?」

「そうか、鉄とか握り潰せばかなり強いってわかるな。……よっと!」


 それなりに魔力を繕って少し力を入れて握ると鉱石は砕けてしまった。

 どうやら本当に強くなったようだ。


「……ヒョート凄い」

「ははっ、凄いのか? ただの鉄だろ?」

「……違う、多分、ダグゼライト鉱石」

「ダグ……? 何それ?」

「……一番硬い石。私も割れる?」

「ラビィ様は運命神のようなので魔力が高くなっております。力はあまり変わってはいません。ですが魔力を繕えば簡単でございましょう」


 い、一番硬い鉱石が片手間でバラバラ……。え、やばくないですか?

 人とか触れないじゃねぇか!

 ナツとかとハイタッチしたら……。考えたくもないな。


「ヤギ、俺は人には触れないのか?」

「いえ、予想よりもかなり強いですが手はあります。それは……」

「それは?」

「『封印』です」


 ヤギがその言葉を発した瞬間に横に居たラビィが消え、俺の前に現れる。

 ラビィからとてつもない殺気を感じる。完全なる戦闘体制だ。


「い、いえ! ラビィ様、落ち着いてください!『封印』は力だけで自由に解除できます! それに『封印』とは少し違います!」

「……本当?」

「ほ、本当でございます!」


 ヤギ必死だな。それもそうか、神の力を得たラビィの本気の殺気を受けたら多分誰でもああなるだろう。

仕方ない。『封印』を受けないとラビィ以外に触れる気がしないし助けてやるか。


「ラビィ、大丈夫だ」

「……嘘だったらただじゃ済まない」

「はい、ではこちらへ……」


 俺達は魔法陣の部屋から出て、エントランスに戻る。

 そして、ヤギがどこからか取り出した布をエントランスに敷き始める。

 それには複雑な幾何学模様が書かれていた。準備を終えたヤギがこちらを向き、俺を案内する。


「カマエ様。こちらへ」


 俺が陣の中心へ行くと説明を始める。


「少し息苦しくなると思いますが、すぐに収まりますのでご安心ください」

「分かった」

「では始めさせていただきます!」


 祭壇と同じように輝き出す。

 少し違うのは色が黒いことだろうか。

 陣がすべて光った時、陣の至るところから黒い紐のようなものが俺に巻き付いてくる。

 動きが制限されあまり動けない。

 それをしばらく耐えていると、紐が体に吸収され消え始める。


「ぷはぁ! 苦しかったぁ!」

「……ヒョート?」

「何で疑問形?」

「……だって髪が」

「え、髪? 髪がどうし……」


 視界の端に見える黒い物。それはさっきまで白かったはずの物。

 俺は慌てて一本抜いて確認する。黒、黒だ。

 髪の色が戻っている。


「戻った……?」


 戻った! 元の俺が増えた!

 偶然の産物でもこれは意外と嬉しいな。


「ヤギ、なんで髪が戻ったんだ?」

「おそらく、神の器をほとんど『封錠ロック』しましたので、人間の部分が出たのかと」

「力的にはどうなった? 弱くなったのは感じるけど」

「今の状態では魔力量は変わりませんが、身体強化を使っても四分の一以下の力しか出せないようになっております。それに、その姿の時は体力や筋力等が元に戻っていますのでお気を付けて」


 四分の一以下か……。魔法ってやっぱり便利だな。

 体力と筋力が元に……。これは、不意打ち対策として常に身体強化はしておくべきか。

 だが強化はやっぱり怖いので、手加減という言葉を忘れないでおこう。


「あ、解除ってどうするんだ?」

「魔力を開放する事をイメージして『解錠アンロック』と言えば力と髪は戻ります。戻す場合は、脱力して『封錠』と言えばまた封印されます」

「髪も戻るのか……。何回も使ってると敵とかにバレそうだな」

「ご安心ください。そのお姿でも十分に戦えますので」

「そうか……。さて、これからどうするかなー」


 今、やらなきゃいけないのは手加減の練習とナツ達の所に戻る事か。

 あ、だけど他の迷宮も攻略しなきゃならないんだっけか? やる事多いな……。

 考えているとヤギがまた、何かを出しているのに気付いた。


「ヤギ、今度はなんだ?」

「これですか? これはカマエ様達に贈り物でございます」

「贈り物? 誰からだ?」

「私が作らせて頂きました。洋服でございます」

「おお!」

「お二人が迷宮攻略されている所を見ていましたが、よく軽装でここまで来ることが出来ました。普通は完全武装したS+級の冒険者でも難しい所なのですよ?」


 何級とかよく分からないな……。まあS級が高いのは分かるが。

 地上に行ったらまずは冒険者にでもなるか。そうしないと金も無いからな。


「そうなのか」

「はい、なので倒していったシルクワームの頑丈な絹集め、黒に染め、服を作らせてもらいました」


 シルクワームが役に立った! 確か鑑定の説明は……。取れる絹は頑丈で、魔力もよく通す。だったか?

 この世界の絹はいいな。長持ちして日本でよく売れそうだ。


「結構倒してた筈だけど全部使ったのか?」

「はい、かなりの量がありました。なのでカマエ様には、ロングコート、ズボン、それに革を使ってショートブーツを作らせて頂きました。それぞれに衝撃軽減を付与してあります」

「ブーツまで作れるのか……。それでラビィは?」

「ラビィ様には、インナー、長めのドレスコート、ミニスカート、ハイニーソ、ロングブーツを作らせて頂きました。因みに、スカートには暗闇の魔法を付与してあるので、中は見えません。コートには気温調節を付与してあるのでどんな所にいても適温で過ごせます」

「……ヤギ凄い」

「本気度が違うな。俺でもそうするけど」


 このヤギは何でもできるのだろうか?

 この量の洋服を作るのにどれだけの時間が掛かるのか分からないが、遠目で見てもかなりの出来映えだし大変だっただろう。

 この洋服を見てラビィは少し目がキラキラしてるので結構嬉しいみたいだ。

 家事が出来て、洋服が作れる……。一家に一台欲しいな。

 もちろん性格部分を変えて。


「メー♪ お誉めに預かり光栄です。では、二階の部屋で着替えられますので、こちらへ」


 俺達は二階に行き別々の部屋で着替えた。

 俺はすぐに着替え終わったのでエントランスに戻った。

 まだ、ラビィは来ていないようなので、着替えている間に雑談程度だが、ヤギに教えてもらった事を思い出す。

 白髪だと強いは迷信。などのどうでもいいようなこともあったが、一番驚いたのは、まだ闘神の加護での魔物の武器化は起こらないという話だった。

 武器化するのは三年の猶予期間があるらしく、それまでに迷宮攻略をして強くなればいいようだ。

 だが、起きないはずの事が起きているということは、犯人がいるという事だ。

 それを潰すのをヤギに頼まれ、渋々引き受けた。

 今思ったけど、この世界来て多忙過ぎないか?? もっと俺に優しくしてくれていいんだよ? ってかしてくれよ。

 本当に神様頼むよ。……あ、神様って俺だった。

 そんな感じで少しテンションが低くなっていると、ラビィがやって来た。


「……ヒョートおまたせ」

「っ……綺麗だ」


 綺麗。

 何がどう綺麗なのかが頭に浮かぶ前に、綺麗という言葉が反射的に出る。

 そんな綺麗さだ。もちろん可愛さも備わっている。

 漆黒の洋服にキラキラと光る白銀髪と白い肌。そして、水色の瞳と少し紅くなっている頬の相性も抜群だ。


「……ありがとう。ヒョートも恰好いい」

「そうか。ありがとうな」


 再び二人で見つめ合う。

 見ていて飽きない。これが恋なのだろうか?

 段々と二人の距離は近づいていく。


「あの〜お二人共宜しいでしょうか?」

「「……っ」」


 急に声を掛けられ俺とラビィは現実に戻される。

 ちっ……。そういえばコイツいたんだった。


「……何だ?」

「地上には戻らないのですか?」

「温泉入ってからでいいか?」

「あの露天風呂ですか?」

「そうだ。迷宮入ってるときは、『クリア』しか使ってなかったからな。そろそろ風呂が入りたい。風呂は日本人にとって癒しそのものだからな」

「では、三日ほど滞在なされてはいかがですか?」

「ん? なんでだ? 風呂入って寝て、次の日に出ようと思ってたんだが?」

「魔法の練習をしてはと思ったのですが、どうでしょうか?」

「魔法? 俺もラビィも使えるよな?」

「ラビィ様は出来ますが、カマエ様は継承の時に能力をリセットしましたので使えないのではと思ったのですが……。どうでしょうか?」


 どうでしょうか? と言われても、あれから使ってないので分からない。

 不思議に思いつつ、氷の剣を作ろうと思い発動する。

 どれだけ、手に力を入れても、集中しても、自分の魔力が減っていく感じがしないし、発動もしない。


「使えない……。どういう事だ?」

「技神様がカマエ様と考えをリンクさせ、使う魔法の魔力を計算し、カマエ様から放出していたのです」

「……ヒョートは今まで自分で魔法使ってなかった?」

「はい」

「ラビィ分かるのか? 俺全くわからないんだが……」

「……わかる。たまにいる精霊使いと似てるから」

「教えてくれないか?」


そう言うとラビィは俺に教えるのが嬉しいのか、少しキリッとして答え始める。


「……精霊使いは、精霊を使いながら戦ってくる人。

 ヒョートが今まで使ってた魔法は、ヒョートがどんな風にとかを考えて打ってた……。そう?」

「そうだな。考えたら出るって感じだ」

「……なら、一緒。自分が想像して、外部に計算を任せるやり方。だから、精霊使いは戦闘が楽になる」

「なるほど、今まで俺が使っているようで使っていなかったのか……」

「おわかりになった所で、どうなさいますか?」

「練習しないと心配だからな。ここに少し止まらせてもらう。ラビィもいいか?」

「……夜、楽しも?」

「おーいきなり何言い出すんだ?」


こうして短期間の練習が始まった。



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