第10話◆迷ってわからなくなって◇

 奈月穂達が入学式を上げる少し前、迷宮の中では、魔物の粉砕される音が絶えず鳴っていた。


「なぁラビィ、これ出口あるんだよな? もうそろそろ四十階になるぞ」

「……そのはず。……だけど心配になってくる」


 俺達は脱出した部屋から三十八階降りていた。しかし、下層に降りれば鬱蒼うっそうと木や草が生い茂るジャングルだったり、下が見えない崖だらけの細い道の迷路だったりと全然ゴールが見えない。

 変化があり面白いのだが、それを三十八回も繰り返されると飽きてくる。魔物を倒すのも弱点を見つけるまでは楽しいが、見つけてからは作業だ。


「この何回目かのジャングルが終ったら休むとするか。……いいよな?」

「……ん。大丈夫」


 迷宮内では、時間の経過がよくわからないので、次の階への転移魔法陣を見つけて、疲れていたら魔法陣の前で交代しながら休むという方法を俺達は行っていた。

 雑談をしながら、次への魔法陣を探しているとバキバキと木がなぎ倒される音が近付いてきた。


「今回も”階層主”の登場か。コイツは注意しないとな」

「……ヒョートも油断しないで?」

「うっ……。その説はごめん」

「……ん、別にいい。ヒョートが生きていれば……」


 この”階層主”と言うのはその階層の生態系の頂点に立つ奴だ。

 前にも普通の熊かと思って油断していたら、斬撃ざんげきを飛ばしてくる熊で、かなりの重傷を俺が負った。その時は物理が効かないラビィが倒して事なきを得た。

 それにしても俺が生きていればいいか……。油断してる場合じゃないんだけど自然とニヤけてしまう。いい子だなぁ!


「キシャァァァァ!!」


 黙れ! 虫風情むしふぜいがっ!! ……何だコイツは?

 足が生えている部分はカブトムシっぽいんだが、胴から上はカマキリに似ている。ただ、全長が五メートルくらいあって鎌が四本あるんだよな。はっきり言ってキモイ。レベルと名前が気になったので『超鑑定』を使う。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


ビトランティス Lv.390


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 レベル高くないか!? 一つ前の階は半分くらいだったぞ?


「ラビィ、ちょっとやばいかもな。コイツから離れよう!」

「……ん」



 俺達は攻撃される前にビトランティスから距離を取る。だが、さっきよりスピードを上げ、木をなぎ倒しながら物凄い速さで向かって来る。


「結構速いな……。ラビィ先に行って武器化の用意を頼む。すぐ追いつく」

「……すぐ来て」

「あぁ。もちろん」


 俺がラビィと離れたわけは、かなりの範囲に俺が魔法を放つからだ。ラビィなら普通に避ける気もするが離れさせとけば、危険もないだろう。

 ここに来るまでに魔法などの練習をしていたが、魔法というのはイメージさえしっかりしていれば何とかなるようだ。

 俺が今放つのは氷結魔法。俺はしっかりと”想像”して魔法を放った。


「『フリーズエリア』」


 唱えた途端に俺を中心に半径百メートルほどに青白い魔法陣と文字列の線が広がり土、草木、空気までもが音を立て凍った。

 肝心の魔物は魔力で障壁を作ったのか凍ってはいなかった。恐らくコイツは防御障壁を自在に張れるのだろう。

 例えば手の鎌に薄く障壁を張れば切れ味も耐久も上がる。そうやって敵を斬りまくってレベルを上げてきたんだろうな。この階層じゃチートだな。

 攻撃を受け魔物は怒ったようで、声なのかわからない音を上げる。

 だが、それでいい最初からこれで倒そうなどと思っていない。俺は周りを凍らせさえすれば良かった。

 虫の足は凍った道の上ではまともに動けないだろう。まあ、これで倒せたら何の苦労なくてラッキーだったんだがな。

 俺は上手くいったと少し笑いながら後ろを向き走り始めた。だが考えが甘かった。

 カブトムシ、カマキリこの二つに共通する事がある。それは、”飛ぶ”ことだ。飛ぶ能力は魔物になっていても持っているだろう。姿が全然違うからすっかり忘れていた。

 早く次の手を考えよう。

 足元を凍らされても飛んでしまえば関係ない。……なら、空中も防ぐまでだ。

 後ろを振り向くと、魔物は絶対に虫じゃないだろという羽音で飛んできていた。

 俺はやっぱりなと呟きながらバックステップで飛び、魔法を発動した。


「『エクレールネット』」


 木と木の間に幾つもの雷のトラップを仕掛けて置いた。

 これは触ると電気が筋肉に作用し、痙攣けいれんを起こすのだ。昆虫は外骨格の動物で、確か中身は内蔵やら筋肉だった筈だ。守る為に障壁を張ろうが雷をかなり強めにしてあるからきっと少しは効くだろう。

 俺は再びラビィの方へ走った。途中後ろで苦しそうな魔物の声が聞こえた。どうやら上手くいったようだ。

 少し走っていると武器化の準備を終えたラビィが立っていた。


「……ヒョート遅い。……すぐ来るって言った」

「ごめん。少し手間取った」

「……むぅ。なでなでして。……そしたら許す」

「撫でられるのそんなにいいのか?」

「……アレは止めれない」

「そうですか……終わったらどうせ休むし。いいぞ」

「……やったー。早くー」

「棒読みで喜んでるのかよくわからんぞ……」


 ラビィが寝るときに我慢出来ず、つい頭を撫でたらそれにハマってしまったらしく、移動の時も撫でてほしそうにしているのだ。そんなにいいか? わからん。

 俺としては合法的にラビィのサラサラした髪に触れるから喜んで撫でている。

 それより、今回の武器だがあの大鎌と張り合う気は無いので双剣にきまりだ。

 そろそろ話している時間もないので手を繋いで、ラビィが武器化する。


「さぁ、終わりだ」


 武器化が終わると同時に木が俺の方向に幾つか倒れてくる。それをけて倒した犯人を見る。どうやらかなりご立腹のようだ。魔力をかなり使って障壁を張っている。普通の奴なら見えないが、生憎だが俺は魔眼を持っていて、魔力で長くなった鎌の先も見える。大体の魔物は避けたのに切られたって感覚だったんだろうな。だがそれは通じない。残念だったな。

 少しの間睨み合い、魔物の鎌が連続で振り下ろされた。


「鎌江流双剣術『ながれ』」


 この階層のに来るまでの間、俺は魔法だけをやっていた訳では無い。

 他に練習していたのが鎌江流武術だ。説明を読んだがどうやら鎌江流は”全ての物”を武器として扱う武術らしい。そんな武術など、もちろん日本にいた時にやっていない。

 なので、俺がやってるのは前に漫画やらアニメやらで見たものを真似してやっているだけだ。名前はまぁ、ほら。……かっこいいし? 雰囲気出るし? いいよな?

 だが、完璧に再現するにはラビィが武器化して、ステータスを共有しなければならない。一人でできないのが悔しいんだよな。俺のお荷物感が否めない。

 三十秒ほど経ち、そろそろタイミングもつかめてきた頃なので反撃することにする。


「ワンパターンなんだよっと!」


 氷結魔法と天雷魔法を同時に放つ。

 氷結魔法は地面から氷の柱が生えて四本の腕を止め、天雷魔法は超微弱の電流を自分に流し、思考回路を通常時よりも引き上げる。

 いつもより遅くなった世界で俺は魔物を解体していく。

 鎌、足、胴、頭。魔物が悲鳴を出す前に全てがバラバラになり、戦闘は終了した。


「……猟奇りょうき的なバラバラ殺人者……。ヒョート」

「いや、俺は犯人じゃないからな? しかもこれは人じゃない」

「……何でバラバラに?」

「ん? それぞれの部位を傷つけずに倒すと良いのがドロップする。そんな気がするんだよ。まぁ、ここではどんな事しても食べ物はドロップしないけどな……」


 迷宮では魔物を倒すとドロップアイテムという物が手に入る。

 その魔物の素材がランダムで取れるって事だ。自身で解体してしまえば全て手に入るのだが、残念ながらどこの部位が使えて、どこが使えないのかが全くわからない。というか昆虫の肉なんか食いたくもない。

 地上に戻ったら誰かから解体のやり方を教えてもらうか。


「……食べ物は地上に行かないと無い。今は我慢」


 ラビィは少しからかうようにそう言った。


「お前は俺の魔力吸ってるだけだろ!」

「……毎日美味しいです。感謝なりー」

「たまに変なボケするよな……。真顔の棒読みで微妙だけど」

「……ご褒美。撫でて?」


 これはいつもの事なのだがめちゃくちゃ可愛い。

 ローブ一枚の美少女が抱きついてきて、頭を胸のとこにすりすりしてくる。俺はもう、悟りを開かなくては耐えられん。いや、悟りを開いても女性特有なのかラビィがそうなのか、甘い匂いで最終的にはアウト寸前なんだがな……。

 せめて外に出て宿屋に着くまでは理性を保たなくては……!

 だが、本当に俺と結婚する気あるのか? こんなに可愛いと俺なんかでは釣り合わないしもったいないような……。

 ここ出た瞬間に『さようなら』なんてされたらもう、俺は立ち直れないぞ。

 あぁ、なんか考えてたら思考がネガティブに……。

 これは置いといて、いつもの作業を始めるか。


「はぁ……。ちょい待て。今虫除けするから」

「……悩殺のうさつ出来ない……。ヒョート、悩み事?」

「何でもないよ。ほら、離れてないと感電するぞ」


 毎回休む時に襲われるのは嫌なので、『エクレールネット』を周囲に張り巡らせているのだ。触れたら死ぬ電圧で置いてあるので階層主以外はそう簡単に近づいてこれない。つまり、階層主を倒したこの階は安心ってことだ。

 全て張り終わり、木に寄っかかり足を伸ばすとラビィがやってきて俺の太ももに寝る。俗に言う膝枕である。いつもこの格好で撫でられながらラビィは寝るのである。

 俺は撫でながらラビィが起きるまで考え事にけることにする。

 さて、一番の問題からだが、ラビィの服装どうにかならないだろうか? ローブ一枚ってジャンプとかすると中が見えて戦闘に集中出来ないんだよな。そう言えばシルクワームっていう虫がいたな……。シルクって絹だよな? 服作れるのか? でもシルクって確かデリケートで戦闘には向かないような。

 この問題は保留か。


「すぅ……。すぅ……。ヒョート……」

「ん? 寝たか……。はぁ、いままで付き合ったこともないから不安だな」


 二つ目は俺がラビィの事を好きなのかということだ。

 もちろん好きか嫌いかで聞かれたら間違いなく好きだ。だが、それがラブなのかライクなのかということだ。

 結婚してくださいと言われた時、反射的に”はい”と言ったが本当にもっと良く考えればよかった。

 この世界。いや、元の世界でもそうだが金や権力もないし、性格だって面倒くさい事からすぐに逃げるし、平均的だ。この力と髪は元の俺の物ではないし……。

 そもそも俺は向こうの人間でラビィはこっちの人だ。ラビィに関しては人ですらない。


「はぁ……。叩けばホコリってやつか? ダメダメだな」


 つい声に出てしまった。ラビィが起きたら可哀想だな。気を付けよう。

 さっきのと含めてラビィを本当に信じていいのだろうか?

 気にし過ぎとか、不安だからと言ってしまえばそうなのだろう。だが、自分の人生だけではない。ラビィの人生もかかわってくる。俺と一緒になって、神に殺されてからじゃ遅い。

 ここで『何とかする!』とか言えば男らしいのだが、生憎あいにくどうにか出来るほどまだ俺は、強くない。

 考えたらキリがないな……。ここから先どうしようか。

まず、このラビィの件を迷宮から出るまでになんとかしないといけないよな。

 その後は出てからじゃないと決められないか。

 よし……。ラビィが起きたら話そう。

 俺は眠気に身を任せ眠った。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 暗い……。暗い場所。どこを見渡しても暗い。

 だが、俺だけでない。後ろには動かないラビィがいる。そして俺の前に『誰か』がいる。顔や服装はわからない。だが確かにそこにいる。

 ここはどこだ? 俺は木に寄っかかって寝ていたはずだ。夢か……?

 少し考えているとその”誰か”が襲って来る。俺もラビィの方へ後退しようとしたが途中で見えない壁のようなもので防がれた。

 一人で戦うしかない。そう思い魔法を展開して放つ。だが、全て軽く避けたり壊されたりして全く歯が立たない。間違いなく俺より強い。

 いくら続けても俺はコイツに勝てない。

 それでも魔法を打ち続けた。だが、決着がつく瞬間。それは一瞬だった。

 何が起きたかわからない。ただわかることが一つ……。

 それは俺の体に穴がいくつも空いている。それだけ。俺は死んだ。ラビィが可愛い顔を歪めて泣いている。俺の事が好きなのか? 分からない。 身体がだるい目を閉じよう。


「……ヒョート?」


 声だ。もう聞きなれたラビィの声。でもどこから? 一緒に揺さぶられる感覚もある。


「……ヒョート」

「……っ」


 起きた。死んでいなかった。そうだこれは夢だった。妙にリアルな夢。こんなことは現実で起きて欲しくないな。


「……大丈夫?うなされてた。それに汗……。やっぱり悩み事?」

「……いや、ただ変な夢を見ただけだよ。心配しなくていい」

「……でも」

「それより……。話があるんだ」

「……ん?」


 少々強引だが考えていた話をしよう。

 少しラビィは心配そうに、だがどこかわくわくしている様な感じで俺の話を聞いていた。


「えっと……。言いづらいんだけど」

「……なに?」

「ごめん。迷宮出たら別々の道を行かないか?」

「……え?」


 その『え?』はか細く泣きそうな声で言われた。

 ラビィは続けて話し出す。


「……どうして……。い、一緒にって……私の事嫌い? な、何で……?」

「落ち着けラビィ。お前のことは嫌いじゃない。話したかどうか忘れたけど、俺は神と戦わないといけないかもしれない。だからラビィを守れないかもしれない。ラビィだって死にたくないだろ?」

「……」


 泣いている。別の道を行く理由が神と戦うからとか嘘くさいな。

 俺も仲良くなれて凄い嬉しかったし、楽しかった。でも、死んだら意味がない。可愛そうだが話を続ける。


「俺が”はい”って言って、勝手に喜ばせて悪いと思ってる! ただ、お前を巻き込みたくないんだよ」

「……」

「この迷宮が終わるまででいい。それまでに決めといてくれないか……?」


 その後ラビィが泣き止み、俺も目がちゃんと覚めた頃に移動を始めた。ラビィばずっと下を向いたままだ。

 転移魔法陣まで来てその上に乗る。次は何か。なんて話をしたりする事はない。

 無言で転移された先は、広い空間。神殿の内部見たいな感じで壁は白く、赤や金で装飾された柱が、奥の巨大な扉の前まで綺麗に並んでいる。

いよいよボス部屋か。どんな魔物だろうか。ここまで虫だったから

虫だろうか? 少しづつ近づき扉の前までやってきた。


「開けるぞ?」

「……」


 話しかけたが下を向いたままだ。ボスは俺一人か?そうなったとしても頑張ろう。

 負けることなど絶対に無いようにしよう。そう思いながら扉を開けた。

 扉の向こうは先程の綺麗な空間とは真逆で、壁に松明たいまつがあり、壁や床はむき出しの岩で天井はかなり高い荒れた空間だった。

 色んなところに岩がゴロゴロと転がっている。ボスらしき生物はいない。

 俺はボスを見つける為に『サーチ』を発動した。

 だが、ボスは見つけられなかった。その代わり、ここではありえない反応があった。


「人間……?」


 そう呟くと岩の影からそいつは出てきた。


「バレちまったかぁ! なら仕方ねぇ、堂々と行ってやる。倒しに来たぜぇ! 魔王様よぉ!」


 服装は異世界の物だが。その姿は紛れも無くただのチャラい日本人だった。

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