第9話 同じ空気を吸ってる気がする

 老夫婦に話しかけてもらってからも、多くの人と話ができた。みんな気さくで、いい人たちだった。人の温かみとはこういうことを言うのだろう。都会と田舎の混じった、途中で大国になることをやめ、自国ののんびりとした風潮を保とうとした歴史がかんけいしているのかもしれない。

 塩分過多をいつもは気にしてたけど、今日は糖分過多だなと不安になるほどに、フライドポテトを食べてきたころ、目の前に「ここから、マイナス1番目の大通り」と英語で書かれた看板が見えた。正確には、それを見上げた。この特徴的な通りの名前、トリビアすぎて、トリビアの湖の没ネタになったという噂があった、気がする。そんなことはどうでもいいと心身の疲労が脳に訴えた。割と切実に。

 新月がでているから、というか月がないから、そして、公園の前だから街灯が少ないのもあって、辺りは暗かった。そういえば、今夜、流れ星が見れるなんて話はおしゃべり好きなアスタの人々の誰からも聞かなかった。

 いや、そんなことを振り返っている場合じゃない、と思い最後に脳のフル回転を試みる。それなら、もう一つフライドポテトを買っておけばよかった、そう思ったが、夜の11時前には陽気な屋台たちも闇に消えていた。

「冥土の土産」、この単語を言った途端に、表情をこわばらせる人や、心配してくる人もいたが、大抵の人は自分の知っていることを教えてくれた。

 まとめるとこんな感じだろう。

 ・「冥土の土産」とは、建物から飛び降りれば、願いが一つ叶うというもの。特に、ヘーゼ・ルナッツ卿という昔の貴族がアイナナ通りに面した、建物、一番有力なのは、月夜の太陽 三番館だが、色々な説があり、今はその建物は無いらしい。新たにホテルができたとか。具体的には、窓から身を投げたとされているようだ。かなり高い階から。時間に関しては早朝の三時ということだったらしい。それも、新月が出ているころの。

 ・また別の説として、「冥土の土産」で願いが叶うのは、落ちた本人ではなく、それを目撃した人だともいわれている。しかし、そんなことは確かめようがないし、第一、そうだとしたらヘーゼ・ルナッツ卿にメリットがない、と話してくれた本人たちも言っていた。

 ・また、ヘーゼ・ルナッツ卿については、色々なうわさがあった。どうやら、えらい役人だった、または、権力のある貴族だったとかで、芸術の分野に限らず、パトロンの様な事をしたらしい。どういうことかといえば、志ある若者たちがいれば、その志を実現できるような環境を一年、整えてあげるから頑張り給えといったような感じだったといわれている。しかし、それは、結果が出ればいいものの、才能のなかった若者に対しては、厳しい現実を辛辣に突きつけるものだった。だから、彼は「希望の悪魔」と呼ばれた。色々なうわさがあっても、この奇妙な呼び名だけは、噂の結びとなっていた。

 ここまで、まとめて、聞き込みはよかったけど、これから、どうしよう、と考えた。しかし、睡魔は襲ってきた。とりあえず、その、月夜の太陽 三番館とやらは今はホテルになっているらしく、ロマンチストの塔堂くんであれば、そこに泊まっている可能性が高い。こんな夜に訪れても迷惑なだけなので、明日にしよう。明日の昼前ぐらいまではホテルにいるだろう。

 そう、結論付けた山代は、公園のベンチに腰かけて、新月に見守られながら、眠りに落ちた。

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