エピローグ☆

「これで、よしっと」

 ひかりはぱんぱんと音を立てて手をはたき、額の汗を拭った。

 あの大変な日から三年の月日が過ぎた。ダイヤモンド・グローリーのビルの最上階にある、メモリアルセンターに通うことを洸が欠かした日は無い。二つ、芝生の上に丸い石が並べられている。刻まれた名前も二つだ。

 Sonata Hoshimura 

 Hio Hoshimura

 石には両親の名前が彫られている。洸は二つの石に向かって、両親の顔を思い浮かべて笑いかけた。

「今日もあたし、頑張るよ。だから、ちゃんと、見ててね」 

 そして、彼女はもう一つの墓石に目を移した。

 Belinda bluebird

「勿論あんたも」

 墓の周りに咲き乱れた、ありとあらゆる様々な種類の美しい花が揺れる。この場所が作られた時、皆でそれぞれ好きな物を植えたのだそうだ。できる限り、多くの種類を、ここにいる誰かの好きな花が、欠かさずあるように。

 天井には、大きな絵が描かれている。千切れ雲の浮かぶ空の絵だ。絵の上手な人や、絵を描くことで特殊能力を使える人の手によって描かれた空は常に変化している。しかし、空はいつも快晴で、今まで曇ったことは一度も無い。

 それも、慰めなのだろうか。誰かのための。

「ひかりー」

「あ、皆」

 センターの入り口にはチームの皆がいた。洸を見つけると、次々に中に入ってきた。リタ、デリスト、スー、龍巳たつみ聡貴さとき、と順番に続く。

「おはよ、洸! いつも感心ね」

「おっはよ、リタ」

 洸はリタの右腕の文字に触れて言った。

「今日もリタに幸運がありますように」

「そうね」

 リタはくすぐったそうに笑った。

 リタの腕に刻印されたナンバーは-07-

 ラッキーセブンだ、と見せてもらった時に、洸は真っ先にそう言った。

 その時リタは一瞬きょとんとしたが、重ねて「リタにぴったりだね」と言われると、ちょっと泣いてから、笑って相槌を打った。それから、彼女は袖の無い服を着るようになった。屈辱の傷から、幸運のお守りへと姿を変えたのだ。

「おーB・B、元気してっかー?」

「馬鹿だな、死んでるんだぞ。元気にしてるもなにも無いだろ。いつも、多分、元気なんだ」

「そりゃそっか」

「聡貴の説に賛成だな、俺も」

 龍巳は背が伸びた。だが、姿も雰囲気も余り変わっていない。いつもよく笑っている。聡貴はそれなりに背が伸びてもまだ低い方で、事あるごとにからかわれていた。まだこれから伸びるんだ、と言われる度に反抗している。

 デリストはもう大人と間違われることも多くなった。彼は今、トレーナー見習いとして、日々勉強に励んでいた。

「あれ?」

 洸はその時気付いた。一人足りない。

「あー、紅恋は、出かけてるよ。いつもの屋上」

 龍巳はにんまりと洸に笑いかけた。

「あ。そうか、今日だったんだ。もう三年も経つんだ。そろそろ……そっか」

 洸はすぐに察した。思い出した、と言うべきか。

「そういう訳で、二人っきりにしてあげましょうね」

 スーはにこにこしながら言った。

「じゃあ、先、行ってよっか」

 洸が提案すると、皆はすぐに同意を示した。

「ねぇ」

「んー? 何?」

 メモリアルセンターを出て、廊下を歩きながら、龍巳の横に来てこっそり訊ねた。

「あのさ、紅恋のこと、何で名前で呼ぶの?」

「え? 何でー?」

 龍巳は意地悪く笑った。洸はむっとしながら、少し唇を尖らせた。

「知らない……知らないっていうか、何でかって思って」

「意味なんかないよ。じゃーさ、気になるなら俺さ、ひーちゃんのこと、こーやって呼ぶよ」

 龍巳は彼女の耳に口を寄せて囁いた。

「ひかり」

 洸の顔は急速に赤くなった。

「どー?」

 龍巳の笑顔がこんなに憎たらしく感じたのは久しぶりだった。恥ずかしいやら悔しいやらで、洸は言葉に詰まったが、どうにか声を押し出した。

「……っ! いいよ! それで! ほら、早く行こ!」

 洸は赤い顔を見られないために、皆に声を掛けながら走り出した。

「呼び捨て、いやだって言ってたのにな」

 龍巳はまさか〝いい〟と返事があると思っていなかった。口元に手をやって、紅潮した顔を隠し満足げに笑った。

「これは……嬉しいびっくりッスなー。へへ……」

 そして後を追って楽しげに駆け出した。

 今日も、きっと空は青く晴れる。

 洸は、走りながら廊下の天井を見上げた。透けて見えるようだった。遥かな、遠く広い天空が。

 あたしの髪の色と同じ、青。

 今、それがとっても、得意なの。

 お母さん、お父さん、心配なんかしないでよ?

 暗闇はまだ怖いけど、あたしには皆がいる。

 もう、両手に光がある。

 だから


 あたしは今日も、元気です。


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